システム・クラッシャーのレビュー・感想・評価
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少年とケアラーが築く関係性のドラマに引き込まれる
子供をめぐる状況に真摯に向き合った良作である。思い通りにならないと感情の歯止めが効かず周囲に牙を剥き暴走してしまう一人の少年がいる。その思いを十分に受け止めきれない母親がいる。そして彼の精神状態をどうにか良い方向へ導こうと懸命にサポートするケアラーがいる。本作は決して安易なハッピーエンドで問題をうやむやにしようとせず、少年と父子にも似た関係性を築く男性ケアラーの視点を介して「この子に何をしてあげられるのか」の試行錯誤や現実に私たちの意識をしっかりと参加させていく。そこで両者の心が通じあって心が安らぐ瞬間もあれば、逆にすべての努力が無に帰したかに思える瞬間もあって、さらにケアラーにはケアラーの守るべき生活があるわけで、その線引きも大切なのだということを痛切に突きつけられた気がする。希望や絶望ではない。これだけの選択肢とサポート体制があることに興味が湧いた。日本の現状についても知りたくなった。
母親以外には顔を触らせない『大人は判ってくれない』✕『ショートターム』✕『東京物語』
ここに決して悪い大人が出てくるわけではなくて、皆職務を全うしようと懸命に働いているけど、一方で"ベニーに何か悪い原因があってそんな彼女を変えよう"・"'変わらないといけないのはベニー"と決めつけてかかる図式もあるかもしれない。
だから(彼女が体系的には主人公だけど)作中で変化が求められる本当の物語の主人公は大人側なのかもしれないとも思った。現場を知る人からしたら、そんな綺麗事でないであろうことはもちろんなのだけど!『大人は判ってくれない』✕『テルマ&ルイーズ』のように、最後は観る者に問い・投げかけてくる終わり方だった。
ヘレナ・ツェンゲルの熱演!居場所が欲しい、家に帰ってママと暮らしたい。ファーストカットが、ベニーのかわいらしい靴下から始まるのも、(方法が周囲に危険が及ぶほど極端・破壊的かつ間違っているだけど)結局のところ彼女もまたふつうの子どもが求めていることを求めているということだろうか。
暴力的なあまり入ることができる施設がなくなるほど"システムクラッシャー"な少女ベニーと、大人たちが匙を投げても彼女をどうにか助けようとするソーシャルワーカー達の奮闘を描く。そして、昔は娘の顔にオムツを押しつけ、今では娘を怖がり逃げる母親…。自身にも過去ありで、そんな経験から型破りに彼女と向き合うアルブレヒト・シュッフ演じるミヒャのキャラクターもよかった!
だけど、赤ちゃんが顔を触る分には問題ないという、つかの間のほっこりシーン。重要!!
ベニーにもそんな一面もあるということが観客に親近感を覚えさせ、暴力的な面だけでないことを示す。かと言って、ミヒャの妻のことは誰も責められないのだけど。
「やる気ない」
「なくてもできる」
「あんたの家族を殺したら独り占めできる」
勝手に関連作『大人は判ってくれない』『ショートターム』『東京物語』
統合失調症
精神を病んだ幼い女の子ベニー、母親に育児放棄され施設をたらい回し、医者は治療しているようだが一向に改善しない、可愛くて狂暴、子役の演技は見事だがあまりにも暴力的な少女の様は現実を越えた演出にしか見えない、結局、最後は自殺かい、なんでこんなひどい子供と無能な大人たちの映画をわざわざ撮ろうとしたのか意図不明、観ていて辛いだけの愚作と思ったら ベルリン国際映画祭で銀熊賞をとっている、まったくドイツ人って理解不能、そこでウィキペディアで調べてみたら・・。
脚本・監督のノラ・フィングシャイトさんは住居を失った女性のための宿泊・支援施設「カリタス女性シェルター」のドキュメンタリー映画撮影中にどの青少年福祉サービス機関にも受け入れられなくなっていた14歳の少女に出会い衝撃を受けたようだ。
フィングシャイトさんは5年間、教育支援学校、緊急宿泊施設センター、児童精神科病棟を調査、時には実際に勤務もして施設や機関の職員、児童・青少年心理学者にも話を聞き脚本を書いた。
当初はドキュメンタリーも考えたようだが現実は遥かに悪いのでもっとワイルドでエネルギッシュな映画にしたかったそうで、ベニーのように深刻なトラウマを負った子供たちへの関心を高めるために本作を撮ったと述べているそうだ、確かに誇張はあるが実話ベースとは驚きでした。
「システム・クラッシャー」原題:Systemsprengerは「システム破り」ですが、子供を「問題児」としてラベル貼りするのではなく現在の福祉システムが、極限のトラウマを抱えた子供を救うのに適していないというシステム側の不備を指摘する文脈で使われるようです。日本では保護施設の実態はどうなんでしょうかね・・。
悲しいけど突き抜け過ぎて思わず笑う
【”ママ、ママ、ママ!と金切り声で母を求める可愛い少女の怒りと哀しみ。”今作はADHDの少女と彼女を支える寛容な人達を描いた作品であり、ADHDの子供に対する一つの接し方を描いた作品でもある。】
■少女ベニーは、いつでも何かに怒っている。そして、一度その怒りに火が付くと、制御不能になってしまうのである。
学校にも行きたくない。施設にも居場所が無い。
だが、そんな彼女に施設福祉課のバファネ(ガブリエラ・マリア・シュマイデ)は優しく寄り添い、彼女の行く末を心配し、通学付添人のミヒャ(アルブレヒト・シュッフ)は、叱るべき時には厳しく叱り、時には自分から申し出て、ベニーと二人で電気も水道も無い自然の中の小屋で三週間過ごすのである。
バファネもミヒャも物凄く忍耐強く、彼女に寄り添うのである。
ミヒャの妻エリも、幼いアーロンが居るのに、突然訪れたベニーを自宅に一晩受け入れるのである。ナカナカ出来る事ではないよ・・。
今作ではベニーが求める母は余り登場しない。テロップでベニーが父に幼い時に、おむつを顔に付けられた事で、彼女が誰にも顔を触らせない事が、観る側に伝えられるが、そのシーンは描かれない。
今作は、ADHDを抱える子供に対する一つの接し方を描いた作品である。
ADHDの娘との同居を拒む母の想いも描かれる。分かる気がする。毎日、あのトーンで暴れられたら、彼女が懸念するように小さな弟への影響も出るであろうから・・。
ADHDは詳細は解明されていないが、脳神経の異常が齎す異常行動である。それゆえに接し方は難しいであろう。だが、今作ではその一つの方法が示されていると思う。
■今作から読み取れるのは、そういう子供を隔離しない。孤独にさせない。何かを無理強いさせない。決めつけない。意見を尊重するという事であろうか。
ラストショットでの、里親に出されたベニーが飛行機に乗る際のゲートから脱出し、空港内の通路を凄いスピードで走り、宙に両手を広げて飛翔するシーンが、実に印象的な作品である。
傲慢で無能。
毒を持つ生き物は、捕食者の目に「ふれるな危険」を警告する為に色鮮やかに進化したらしい。
普段はシャーシャー言ってる迷惑な野良猫が雨に打たれていたら可哀想に思うが、飼う事も、糞の片付けもしない私は偽善者だと思う。
無意識のうちに、ベニーの事もそう言う目線で見ていたと思う。同情は思い上がりである。
明らかに健常者ではない母親の言動には嫌悪感を抱いてしまうのだから、要するに、可愛くない動物のゴタゴタにはイラついてしまうのだ。
安全ガラスで自分との間に壁を作った大人達を嘲笑い、映画と観客の隔たりであるスクリーンにヒビを入れて、彼女はどこかへ去っていってしまった。
さようなら、ピンク色の猛毒。
大人たちの無駄をのらりくらりと交わしながら、何処かで安らかに死ねることを祈る。
奥深い絶望の暗闇に沈められた気分に
発達障害と小児精神病を描いている。
救いがない。
全く救いがなく、これでもか、これでもかと絶望が深まっていく。観終わった時には、5段階くらい奥深い絶望の暗闇に沈められた気分になります。
本当にどうしたら良いのか、と突きつけられるけれど、答えは全くない。
凄い、としか言えない映画。衝撃的だけれども素晴らしい映画です。
私が知らない素晴らしい映画は、世の中に沢山あるんだなー、と改めて思う。
ベルリン国際映画祭 銀熊賞、その他各国の賞を総ナメにしました 。 ...
ベルリン国際映画祭 銀熊賞、その他各国の賞を総ナメにしました 。
主役のヘレナ・ツェンゲルは5才でデビューし10才でこの役を演じてドイツのアカデミー賞で史上最年少で主演女優賞を受賞。この後トム・ハンクスと2人でロードムービー『この茫漠たる荒野で 』に出演しゴールデングローブ賞助演女優賞にノミネートされた。 とにかく演技が凄い。こんなに小さい子供がこれ程の演技をするのか?と強烈な印象を受けました。今後が楽しみな女優さんでした。
誰がどうすればいいの?
最初から最後まで見逃せない「救いのない」作品
ヘレナ・ゼンゲル演じるベニー(バーナデット)の攻撃性が凄まじく、
正直めちゃめちゃ怖かったです。
もうホラー映画といっても過言ではないくらいの恐ろしさであることに加え、
私自身、人生の折り返しを過ぎ、いまだに知らないことがあるのかと
本作を観たことの意義をあらためて感じた次第です。
ベニーのふつうの時と、キレたときのギャップが大きすぎて
本当に恐ろしくなりました。
身近にベニーのような子どもがいたら、まともに接することができるのか?>自分・・・
と、自問自答しながら観ていたのですが、
ベニーに寄り添う通学付添人のミヒャには心を開いたか!?と思わせつつ
そういうことではないという、本当にどうしようもない、解決しない、出口が見つからない
といった閉塞感しかない作品です。
それでもベニーは少しずつ成長してはいるものの、
やはり親なんでしょうね。
母親も完全にビビって一緒に住むことにひより、結局突き放してしまいますし、
そもそもベニーは父親からの虐待を受け(オムツを顔に押しつけられる)、今のようになっているわけですから
ベニーが悪いわけではないんです。でも、でも、モンスター級の子どもになってしまった。
それはやはり両親に原因があるのだと思います。
最近の邦画が顕著ですが、だいたいこういう子ども(から成長した青年・大人もですが)は
やはり親にその原因があるというのは、一貫して間違いないところです。
『あんのこと』のレビューにも書きましたが、本当に子どもに愛情を注げるご両親のもとに
子どもを授けてほしいと切に願います。
それにしても主演のヘレナ・ゼンゲルの演技は凄まじかったですし、素晴らしかったです。
今後にも期待しています。
めちゃくちゃすごい
主人公のベニーがとんでもないきかん坊で、重度の発達障害がありそうで、本人も辛そうだ。見ていて胸が痛むのだけど実際身近にいたら手に負えない。お母さんもお母さんで、問題人物ではあるのだけど、そこらにいくらでもいるレベルで彼女は彼女で二人の子どもを育てていて大変だ。そこで福祉が手厚く機能しているのがありがたい。
ミヒャが山に連れて行ってそこですっかりいい子になるかと思ったらまったくそうではない。あそこまでやって無理なら、無理なものは無理だ。かかわる人々全員がダメになる。どうしたらいいのか全く分からない。
アフリカに行くかどうかという結末だったが、そこでもダメならどうなるのだろう。ベニーが機嫌のいい時、とてもかわいらしくていい子な瞬間があるのが切ない。
子どもの頃母親によく「そんなに一人がいいなら山に行って暮らしなさい」とよく言われたものだが、実際一人で山で暮らすしかないかもしれない。時々食べ物を届けるとかして、病気になったらお医者さんに連れて行ってもう誰も関わらずに暮らしてもらう。それも残酷なのだけど、隔離施設や刑務所よりはいいのではないだろうか。
クラッシャー
怒りを制御できない人というものはいるもので、原因の要素は色々あるのだろうが、この映画の主人公は過去のトラウマ、家庭環境、脳の構造…最強のクラッシャーとなっております バンバンビガロ~♪
周りの何人もの大人が愛を与えますが、それも限界がありますので(肉親ではないので)終始、主人公の行動にはガクガクブルブル((((;゚Д゚))))
韓国映画「ビニールハウス」みたいな結末だけは勘弁!と思いながらの鑑賞(終盤危ういシーンはありますが)
付添人ミヒァが「北の国から」みたいな田舎に短期で連れて行き、主人公も「人生最高の休暇ダヨ!」と喜んでいまして、普通のドラマなら一件落着、心機一転、強く生きてイコウ~オワリ!と、なるはずが、この映画、そんな甘くは…
田舎の小屋を見た主人公ベニー、「電気は⁉ネットは⁉」と言いながら、結構すぐ生活に馴染んでいましたが、その点だけは「北の国から」の純よりは良かった点でしたね オワリ!
ショッキングピンク
とてもリアル
映画館にて鑑賞しました。
以前の職場の同僚から「そういえばこんな映画やってるらしいですよ」と言われ、見てみました。
この、支援を行っても結局同じ状況を繰り返し、どんどんと居場所がなくなってしまう、という負の連鎖。また、彼女の年齢から支援の対象にならないというシステムの狭間、ものすごくリアルですね。
母親の「帰れる」と言って「やっぱ無理」とか、とんでもないですね。ただ、ああいう親、いますよね。無理といった理由もわからなくはないんですけどね。
にしても主人公ベニー役の俳優さんすごいですね。ビックリです。この演技でめちゃくちゃ映像に真実味があったと思います。
いくらさまざまなシステムを作っても、結局(システムにとっての)イレギュラーは存在してしまうんですよね。そのような存在を本当に救いたいと思うと、本来システム上では存在しない「善意」を頼らざるを得ず、支援を受ける側もそこしか頼るところがなくなる。。。(この映画だと、病院の特別措置入院やミヒャの家に泊めるという対応)
本作はドイツをはじめ世界の映画賞で数多く受賞しているとのこと。リアルさやあるある感はとてもよくできた映画だと感じますが、このような世界に関わったことがないであろう人たちが、どのように感じて票を投じたのかはとても気になりました。
関係者への取材や体験を行い、5年間のリサーチをして本作を作られたとのこと。様々な描写や展開があるあるでした。
私が愛してる。
最高だった!!!
特にラストシーン。ベニーを大肯定ですよ。
バックには最高にロックな音楽。飛び立てベニーですよ。
だって私たち観客は、この120分を通して、
ベニーのいい面をたくさん知ったんですからね。
優しさも、ありがとうって言う時の温かさも全部見てきたんですからね。
とはいえ、良くも悪くも私たちは、本当に見ていただけだ。
実際に、壊された、害を被った人たちがいる。
そして、観てるだけの私たちが何かを侵されることは無い。
ベニーと自分との距離を保っていられる。
しかし、私はどうしても自分の少女期とベニーの姿が重なってしまって、
俯瞰しては見られなかった。自分の中に取り込んでしまった。
だから、どうしてもベニーを擁護してしまう。
だけどきっと、この映画は社会のどこかに隠れているベニーの為に作った映画だろう。
そう思わずにはいられない。
エンディングソングが物語っている。
ニーナ・シモンの『Ain't Got No』
「何もない 愛もない」と歌いながら、
「それでも私は持っている。誰にも奪われないものを」
「命を持っている」と歌いあげる。
持たざる者たちに贈る物語なのだろう。
『17歳のカルテ』や『歓びのトスカーナ』に続く映画を見つけてしまった。
個人的には、『二トラム』や『オルガ・へプナロヴァ―』で気になっていた、
衝動を抱えた子供と親の物語が、しっかりと見れたような気がして良かった。
しかし、『二トラム』はかなりドメスティックなものだったけれど、
今作はとても社会的で、社会とは本来こうあるべきだと思いました。
社会に受け皿、というかシェルター的なものがもっと普及してほしいです。
小さな子供が家に居たり、影響受けちゃうと思ってしまう恐怖って分かるもん。
そんな時に、ただ突き放すんじゃなくて、程よく距離を保てる社会があるといいよね…。
ちょっと理想主義的だけれども。
それから、ブリー・ラーソンが出てた『ショート・ターム』が最も近いかもしれない。
あれは2013年の映画で、今作ではその先をきっちり描いていた。
ベニーはラストで、
本当に真の意味での孤独を味わうんだと思うんだけど、
それでも世界は広いと知ってほしいし、
この先もまだまだ色々なものを見てほしい。誰も傷つけずに。
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