花筐 HANAGATAMIのレビュー・感想・評価
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横尾忠則の絵を思わせる過剰なまでに饒舌な映像世界
癌により一時余命3カ月と言われたとはとても思えない、大林宣彦監督のエネルギッシュで自由で工夫と企みに満ちたこの最新作のパワーには驚かされる。檀一雄の小説世界に自らの夢や幻想、さらには現代の「唐津くんち」(祭り)の実写も組み合わせ、一時期の横尾忠則の絵のような過剰さを思わせる。昭和レトロなセットや衣装おかげで戦争の時代の青春はノスタルジックでありながらどこか戯画的でもある。
キャストの中では、病弱な美那と対照的な位置づけとなる、豆腐屋の娘を演じた山崎紘菜の健康的な魅力が光っていた。これまで彼女が出ていた作品を結構観ていたのにあまり印象がなかったが、今後は注目していきたい。
面白い瞬間しかなかった
戦争というのは嫌でも「死」を連想させる。戦争を始める人たちではなく、この作品に登場するような普通の人にとっては。
戦争が始まれば死んでしまうといったような直接的なものではなくて、心や頭のどこかに「死」が張り付く。
そうなってしまった心と頭は平穏な生活の中ででも「死」について考えてしまうことになる。
平時に、それなりに幸せで平穏に暮らしている若者であれば死ぬことなんて想像すらしないものなのだ。
「死」について考えるとき表現することは、対になる「生」だ。
「生」は食や性でで表すことになる。直接的な性描写はないけれど、この作品にはそれらの場面が多い。すると死の影が浮かび上がる。
もちろん食と性だけではないが、「死」が間接的に見えてくる仕掛けは面白いし、実に巧妙だ。
主人公たちの学び舎。
入り口のドアの外は桜の木が並ぶ。ドアのすぐに外に廊下などがない。
逆側の窓の外。すぐ目の前が海で、海岸線が足元にあるかのよう。
つまりありえないような教室なのだ。もうこのメチャクチャさだけで最高なのである。
多くの人にとって本作は面白くないだろうが、私にとっては面白い瞬間しかなかったくらいに面白かった。
大林宣彦監督ファンの卒業試験のような作品です
花筐/HANAGATAMI
筐とは、辞書で引くとその意味は、竹で編んだ四角い目の細かいかごということで、特に愛用のもののことだそうです
四角い寝台との意味もあるとありました
劇中にも寝台が出てきますね
ストーリーはあるようなないような、戦争直前の九州唐津での青春群像としか説明しようのないものです
物語を読み解こうとしてもそれはあまり生産的なことではありません
大林宣彦監督の映像世界を堪能することに集中なされた方が良いと思います
本作は大林宣彦監督が余命宣告受けてからクランクインした作品です
ですから自らそれを意識して製作された作品ということです
しかし、大林宣彦監督の熱心なファンで、大林宣彦監督の作品はすべて観たいと思う方ならともかく
大林宣彦監督作品はまだあまり観たことがないという方には、最初に観る作品としてはお勧めできません
本作を最初に観て、大林宣彦監督作品とは全部こういうものなんだと思いこまれてしまうといけないからです
まず尾道3部作、尾道新3部作などをまず観て、大林宣彦監督作品が段々と大好きになって、その他の作品も粗方観たころ、きっと自然に本作を観て観てみたいと思う時が来ると思います
本作を観るのはそうなってからにされることをお勧めします
それからでも遅くありません
なぜなら大林宣彦監督ファンの卒業試験のような作品だからです
演劇と捉えれば良いのか…
抑圧された時代を生きた若者達の姿が切ない
戦争に向かう流れの中、唐津を舞台に、心優しい俊彦(窪塚俊介さん)、一本気な鵜飼(満島真之介さん)、斜に構えた吉良(長塚圭史さん)、お人好しの阿蘇(柄本時生さん)が、当初牽制し合うものの、互いの個性を認め、交流を深めて行く。若者らしい真っ直ぐな眼差しと思い、淡い恋心、葛藤と絶望を、大林宣彦監督らしい独創的な映像と色彩で描いた作品。
「叔母」という言葉がそぐわない常盤貴子さんの憂いを帯びた妖艶な美しさに魅了された。
大林宣彦監督、熱演の満島真之介さん、他全てのキャストの皆さんの反戦の強い願いが感じられる作品でした。
命を賭して行進する若者達の姿が胸に沁みる。
国の為に命を捧げる事の重みと苦しみを思った。
映画館での鑑賞
殺されやしないぞ、決して。戦争なんかに。
先週の『野のなななのか』に続き大林監督作。
『野のなななのか』とは違った難解さ、良さのある反戦映画となっていました。
戦争の影がちらつき始めた1941年の唐津。
アムステルダムから帰国した俊彦を中心に、若者たちの青春模様が描かれる。
幼い俊彦は、アポロ神のように雄々しい鵜飼や虚無僧のような吉良に憧れ、肺を患い先が長くない美那やあきね、千歳に惹かれ、青春ゆえの恋や友情、葛藤を経験していく。
しかし、そんな彼らにも戦争が迫ってきて…
『花筐』は檀一雄の純文学、もっというと能の演目の一つということもあって、予習が必要な作品のように思いました。
『野のなななのか』が舞台的で難解だったのに比べ、こちらは芸術的で文学的な難解さ。
大林映画は色彩感覚がすごいですが、これはよりカラフルで絵画のよう。
相変わらずの血の表現や裸で馬に跨るところ、部屋が海になるところなど、クドいくらいのセンスは大林監督だからこその唯一無二の映像でした(モノクロからカラー、ストップモーション、海に飛び込むなど『時をかける少女』に近いものを感じました)。
原作読んでからなら、だいぶ語れることも多くなるかと思いますが、やはりテーマは戦争によって散っていった若者たち。
「おくにのために」の戦時中、病気で自分は役に立てない非国民だと、彼らは“自分”とは何なのかを模索する。
“勇気を試す冒険”、自分と他者との比較、命の重み。
俊彦の青春は鬼ごっこの鬼のようだった。
じわじわと日本人を蝕んでいった“戦争”という毒がよくわかる映画でした。
唐津のおくんちも素敵。
コロナ禍が開けたら是非とも行きたいお祭りですね。
とはいうものの、劇場のシートの座り心地と前日の寝不足で少し夢の世界へ。
最近もう一度観直したい映画が多いんですが、特にこの映画は観直したい映画でした。
追記:キネマ旬報シアターで鑑賞したため、上映終了後に『第91回キネマ旬報ベストテン』表彰式での監督の受賞コメントの映像が特別に流れました。
監督のこれからの時代への期待と平和な世の中への希望を、一所懸命熱く語られていました。
最後の「あと30年は映画を作る」という自信に満ちた言葉。
その願いは叶いはしませんでしたが、その後遺作をもう一本撮られた熱量は本当に素晴らしい。
多分今日のインタビューを忘れることは一生無いと思います。
お疲れ様でした。
てんこ盛り
もはや、この創造性は、手の届かない所に
めくるめく、個の世界に、矮小な思考がついて行くことなどできない。しかし、ビジュアル的な快楽だけで、この長い叙情詩を不思議と噛みしめることが出来たわけで、何物も寄せつけない創造性ながらも、途轍もないメッセージをしっかりと受けとめることができた気がする。
混乱きわまりないこの映像の塊は、ともすると独りよがりなものに捉えかねないけれど、その想いが強く反映されていると感じることができるし、数々の名作を生み出してきたからこそ、この偉業が成し遂げられていると、個人的には全面肯定して鑑賞しきった。
分かりづらいし、陰湿で生やさしくないので、気軽に見ることはできないかもしれない。ワールドワイドとはいかない作品だし、いろんな意味で狭い世界でしかないと思える映画だったけれど、この創造性を超える作品は世界を見渡しても数少ないはずと思います。
大林宜彦、戦争の警鐘と映画への執念
コラージュが織りなすシュールレアリスム
映像もコラージュ 編集もコラージュ
台詞もコラージュ 脚本もコラージュ
音楽もコラージュ 引用もコラージュ
コラージュが織りなすシュールレアリスム!
一歩間違えればヘンテコな映画になってしまうのですが、
大林監督の老齢にしてますます鋭敏なる手腕!
明確なヴィジョンと緻密な計算。
病を押し退けるほどのパッションが
作品をきれいにまとめあげているし、
余韻余白を多分に残してあるのはさすが!
そしてラストカットの、
座り主のいないディレクターズチェア…
ひょっとしたら、監督はこの作品で最期になることを
覚悟してこの作品に挑んでいたのかもしれない…
でも、臨終の間際まで映画を撮り続けました。
あらためて、
ご冥福をお祈りするとともに
感謝の気持ちを捧げます。
ヒトの想いや感情も
うつろえばコラージュに見えるかもしれない
未来から見たら過去に起こった出来事は
つぎはぎだらけのコラージュの積み重ねかもしれない
戦争も平和もまた、歴史のコラージュの一部かもしれない
そんなものを繋ぎ合わせて、つじつまを合わせて
わたしたちは生きているし、活かされてもいる
狂ってる
おじさんたちが学生を演じているのがまず変だ。主演の窪塚俊介さんの演技が天真爛漫みたいな感じで変すぎる。全裸で馬に乗るのが気持ち悪い。全編に渡って合成が変だし、長すぎる。映画館で見なくて本当によかった。戦争の悲惨さに関係なくそもそも狂っている感じがする。
飛びます、飛びます
大林監督が原点に戻ったような雰囲気の色使い。すぐに思い出したのは『HOUSE ハウス』(1977)だった。調べてみると、檀ふみの父親でもある原作者の壇一雄さんは山梨県都留市とあるので何だか懐かしくなった。都留市出身なんて根津甚八くらいだと思ってたのに。そんな壇さんも肺がんで亡くなり、同じく余命宣告された大林監督も肺がんという共通点があり、映画化する資格をもらったと言わせたとか。
舞台は第二次大戦直前の佐賀県唐津。アムステルダムに住む両親の元を離れ、唐津に暮らす叔母の家に身を寄せていた榊山俊彦の物語。肺病を患い、従妹にあたる美那にほのかな恋心を抱きながらも、学友の鵜飼、吉良、阿蘇と仲良く青春を謳歌し、女友達の千歳やあきねとも交流してゆく。しかし、時代は軍国主義一色の時代。やがて彼らも茶色い戦争に染まっていくかと思われたが・・・
吐血、バラの花びら、指の血、とにかく赤い色を中心に、海に浮かぶ孤島と大きな月。幻想的な中に若者たちの虚無感と自由な死生観が絶妙なタッチで描かれていた。戦争というものはすべてを破壊する。彼らの友人、女友達、身内の美少女と麗しき叔母。直接の戦争を描かずに、赤紙や出征する少年兵の亡霊のような行進が気味悪さを強調する。また、学友たちの“性の象徴”として存在していた美那(矢作穂香)が抽象的ではあるがアイドルとして君臨する。
76年後にその家を訪れる俊彦。誰もいない空き家となった家で「お飛び、お飛び」と発する母の言葉がこだまする。複雑な人間関係の中にいても、一人浮いていた道化役のような阿蘇やあきねの存在も素晴らしい。もっとも心地よかったのは戦争で死ぬくらいなら自由に死にたいという気持ちが伝わってきたことだろうか・・・
トリッキーさがしんどい..
これが二位
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