打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?のレビュー・感想・評価
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現実VS願いが叶う非現実の物語
オリジナルに衝撃を受けた世代として本作を傑作と呼ぶことはできないが、不当に貶されて過小評価されている感はある。リメイクを観ると決めた以上、オリジナルをスタート地点にしながら、どんな新しい作品になっているのかを楽しむべきではなかろうか。
結論として、オリジナルとはまったくの別物に仕上がっていた。新たに加えられた「何度でも繰り返せる」設定は、はっきりと「現実とは別の世界」だと明示されている。典道は摩訶不思議なことが起こっていると気づいた上で、幻想であっても「今日だけは一緒にいよう」と奮闘するのだ。
物議を呼ぶラストも、典道がただ欠席しただけなのか、まだ「一緒にいられる今日」を繰り返しているのかの判断が観客に委ねられる。これはこれでオリジナルとは別種の切なさを持った新解釈であり、決して悪い作品ではない。
(とはいえ終盤の「もし東京に行ったら」の陳腐さなど、耐えられない箇所があったことは否定しませんが)
いやまじで確信ついたなんで?って思ってるなら呼んでみて
まずこの作品全てはなずなと典道2人の妄想が綺麗に噛み合ってできた世界ということ。まずこれが結論。 まぁ読んでね。
後これは自分の仮定の話だけど玉を手に取ったその時からその人の願いがなんでも叶っていくと言う性質だとおもう。それを理解してから理由を読んでほしい。
理由
まず、なずなは親関の理由で家出をしたいって考えるわけでしょ。でもなずなはなずなの親のようにドラマチックな人生を送りたいと思うの。なぜならなずなは電車のなかで母親のビッチの血が入ってると言っているから。だからまず男と一緒に駆け落ちをしたいと考える。まさにドラマチックな中学生が考えそうなことを考えてるよね。その考えが頭にある時なずなは海で玉を拾った。そしてその玉の性質的な感じので元々そのドラマチックでの主人公になる。要するに好きな人典道とプールで対決をすることになるの。そこでなずなはゆうすけに取られそうになる自分(なずな)を典道がどんな理由でも自分を取り返そうとする。(このカッコの中の文はいれなくていいから。どんな理由でもとはこの映画ではタイムリープのこと)というドラマチックな妄想。そして典道がプールで玉を拾うまではなずなだけの妄想の話が現実の世界で玉を拾ったことによってできた妄想の話だと思う。
ここで一つ言いたいんだけど公式で典道が玉を最初に投げてタイムリープしてからが妄想の世界に入ったと言われています。ですがそれまではなずなが玉を触ったことによってできた妄想の話。あと典道がプールで玉を手に持ってからのなずなと付き合いたいというどちらも中学生らしい考えの2人の妄想が噛み合ってできた話がタイムリープする前の一度も世界自体は変わっていない現実。
だかタイムリープをすることによって全く違う世界に行き、完全なる妄想の世界に入ってしまう。まさにただロマンチックに駆け落ちしたいなずなと、なずなの前でかっこつけたい典道にとっての妄想通りの世界になる。そのせいでゆうすけの性格もバラバラになっている。ゆうすけはその妄想のための演者みたいな。
で、話した通り玉を手にした瞬間にその自分の思い通りになると思うから典道が玉を拾うまでの世界はなずなの妄想通りの世界に進んでいっていたと思う。けどプールで典道が玉を拾うことによって典道の妄想の世界も同時に始まっていくの。まぁ多分なずながゆうすけから自分(なずな)を取り返すというドラマチック的な話にするために玉の運命みたいなので典道のところに落ちたんだと思う。で、典道も玉を拾ったから2人の妄想の話が同時に進んでいくのね、そこでなずなにも都合のいいドラマチックのなずな自信の奪い合いや、典道からしても妄想していたなずなと付き合うという。そういう世界に行きたくてゆうすけに取られそうななずなを玉の性質でタイムリープという方法で現実の世界から本当に妄想の世界に行った。だから玉を投げた時から現実ではなく妄想の(世界)に行ったと言うことだと思う。だから一応タイムリープする前は現実。
まあ最後に言いたいのはゆうすけの性格だよね。
長くなりすぎてるけど。なずなにとってもドラマチックになるにはあのゆうすけは必要だし、なずなと付き合いたいという思いとかっこつけたいという典道にとってもすごいいい役割をしてるの。
んー分かんないことがあったらバンバンコメントしてほしい。。
駆け落ちをするために駆ける、少年少女の物語
打ち上げ花火は球体です。
当時のファンタジー
20017年の作品だが1993年から地上波で流れていたようだ。
当時の世界観とファンタジーに寄せた人の想いを感じることができる。
打ち上げ花火が丸いのか平たいのか?
高校生たちのそんな他愛もない論争
この作品のタイトル
それはモチーフであり、もし打ち上げ花火が丸い場合そんな世界があって、もし平べったければまたその世界があるということを言いたかったのだろうか。
舞台となる町の名 茂下町
「もしも」の世界を描いた作品。
それを強調したかったのか、時折挟み込まれるあの不思議な玉のフィラメントに隠し文字で「if」が確認できる。
「もしも」 この言葉こそこの作品のテーマ 当時のファンタジー感だったのだろう。
さて、
このファンタジーにはファンタジーになった理由が忍ばせてあった。
ナズナの父の死と彼が握っていた玉
おそらくこれがテトラの先でナズナが拾い上げたものだろう。
彼女は母が先生に描いた「転校」の意思表示の手紙を持っている。
生まれ育ったこの場所を離れるというのは、彼女にとっては苦渋のことなのだろう。
自暴自棄に近い状況にまで追いやられている。
父の死因は水死だろうが、原因は不明
しかし、あの玉は父の残りの命だったのではないだろうか?
死と引き換えに、ささやかな贈り物を娘に残したのだろう。
それが選択をチェンジできる奇跡となるのがこの物語。
そして、
面白いのが彼ら高校生の気持ち
本心がどこにあるのかわからないのもまた若者の特徴かもしれない。
ユウスケはヒロミチがナズナのことを好きなのを知っていたのだろう。
本来の出来事は、水泳の競争でユウスケが勝った。
勝者と夏祭りに出掛けると、ナズナは決めていたのだろう。
ところがユウスケは約束をすっぽかした。
ヒロミチに悪いと思ったからだろう。
ナズナの「好きだから誘った」は、掛けに負けたことと同義で、大人しく引っ越しに従わなければならないことになる運命を受け入れることになったのだろう。
彼女はそれでもキャリーケースを抱え浴衣姿で現れた。
一縷の望みを何かに託していたのだろう。
そしてユウスケは現れないことで、ささやかな期待も失せた。はずだった。
そこに登場したのがヒロミチ
「もし、島田君を誘ったらどうした?」
この「もしも」がこの作品で非常い強い意思を表現している。
両親に連れ戻されるナズナ 無力なノリミチ ユウスケの心ない言葉に激高して喧嘩する。
このやり場のない怒りを玉に込めるように投げつけたことでもう一つの選択肢 そこまで遡ってしまう。
これがこの作品のファンタジー
ノリミチはその後も玉を投げて時間を遡るように他の選択肢の世界へ移動する。
さて、、
最初に起きた出来事は、水泳のターンミス。
同時に拾う綺麗な玉
結局それがなければ、たとえ競争に勝っていてもナズナとのことはうまくいかなかっただろう。
つまり、ナズナの父が彼女の運命に介入したのかもしれない。
「もしも、あの時オレが勝っていたら」 強い後悔
そして、水泳競争まで遡ってしまう現実。
「もしも、ナズナと電車に乗っていたら」
打ち上げ花火が丸い現実と平べったい現実
まるでその玉の中の世界にいるようだ。
そして酔っ払った花火師が打ち上げたその玉
破裂した玉にある様々な現実
その破片のひとつが示した未来
飛び込んだ海の中から見る現実の花火
さて、、、
二学期の始業 ノリミチはいない。
彼はどこに行ったのだろう?
誰もいない灯台そばの野原が最後に描かれている。
始業式、ノリミチは学校をさぼったのだろうか?
それとも、再びどこか別の世界へ行ったのだろうか?
ナズナは転校したので彼女の席は空いていた。
もしかしてノリミチは、たくさんのもしもを実行するために、学校をさぼったことで起きる「何か」を期待したのかもしれない。
「もしも今日学校をさぼったら」
そんな心の自由度をこの作品は伝えたかったのかもしれない。
原作ファンはもう一度楽しめる
基本的に原作と同じ。
・なずなは現実(生活)をわかっている。
映画ならではの変更点はあるが、大きなのは次の点。
・原作は電車に乗らなかったが、アニメ映画は電車に乗ったうえでのストーリー展開。
原作では、電車に乗らずに引き返したことで、なずなが現実(生活)の壁をわかっていることを表現していた。
一方、アニメ映画では、最後の「破片」のなかに浮かぶ電車から降りたあとの東京のシーンがその役割を担っており、「Forever Friends」にのせて印象深く重要なものとなっている。
東京のシーンは、デートスポットのスライドショーであり、そこには現実(生活)は無い。せめてものキスシーンはあるがその先はない。
なお登場人物が小学生だと東京のシーンの映像にはギャップがあると思われる、そのための設定年齢変更なのかもしれない。
基本的に原作と同じテーマであるため、原作ファンであればもう一度楽しめる。
なお、楽しむことを妨げる要因があるとすれば次の点である。
・冒頭20分間程度、登場人物たちの年齢設定や性格がよくわからない。
中学1年生という設定のわりに大人に見えてしまうため、下ネタが必要以上に悪意があるもののように誤解を与えてしまう。これが安心して観れない要因となっている。
20分を過ぎると、登場人物たちの幼さや悪意のなさがわかるようになるため、気にならなくなる。
作画がいい◎
平面か球体か。花火ならどちらも存在しているが、earthの形はどちらかな
アングルや色使いなど絵はきめ細かくて美しく、音楽もセンスが良い。
思春期の男の子らしく女性に対する憧れを感じる描写がある。
『君の名は。』の序盤のようなライトなエッチ感がある。
”選択”について考えさせられるシチュエーションが多く、後悔が原動力となる勇気ある行動はハラハラドキドキする。
ナズナ(声優:広瀬すず)はプールで、ノリミチ(声優:菅田将暉)とユースケ(声優:宮野真守)のどちらか勝った男子と花火デートに行こうする。
勝敗の結果はナズナがコントロールできない、つまりデートの相手を自分で選ばないという選択をする。
ユースケは、ナズナとのデート約束より男友達を選ぶ。
ノリミチは男友達よりナズナを選ぶ。
ナズナは引っ越しより家出(本人は「駆け落ち」という言葉)を選び、親との生活よりノリミチとの暮らしを語る。
ユースケ達は灯台から花火を見ることを選ぶ。
人生は小さな選択の積み重ねだ。
三浦先生らのカップルは、生徒たちの前では堂々としていなかった。
中学生の前でイチャつけないという価値観なのかもしれないし、もしかしたら秘密の関係なのかもしれない。
デートをすっぽかしたユースケは、男友達の前ではナズナが好きと言う。もしもの世界では反対のことを言うのだろうか、もしくは”好きだけどデートする勇気がない”という二律背反なのか、謎は謎のままなところが今作のポイント。
氣持ちを正直に言うかは本人の自由。
本当かどうかの答え合わせや証拠は、あんがい必要なかったりする。
我々は「肉眼で見る限り平面の大地」を「球体が高速回転しながら移動している」と信じることもできる世界に生きている。
「遠ざかって見えなくなる太陽」を「地球の裏側に移動する」と信じることも出来るし、信じないことも可能だ。
マントルにしても月にしても、神も歴史もまたしかり。
特別な人だけが特別なものを使ってしか確認できないこと(資格制度にして高度な技術を企業秘密にしたり、権限を定めて捜査・調査・検査の独占、特別な顕微鏡等の器材を使用しての密かな実験、莫大な予算が必要な宇宙開発など)の発表というものは疑いの余地がある。
人なら誰しも認知バイアスの影響で間違うこともある。
ナズナとノリミチの電車の中のシーンは現実なのか、はたまたノリミチしか体験していない幻想なのか、そもそもタイムリープが発動する球体のガラスのようなモノの正体についての答えも劇中にはない。
ラストの遅刻もしくは欠席についても謎を残している。
ノリミチの行方を知りたがっている自分を発見したことだけは確かだ。
うーん、、、
公開当初からあまりいい評判は聞かなかったので期待値は低い状態で鑑賞。
内容としては、主人公が想いを寄せるヒロインとの駆け落ちを成功させるためにタイムリープを繰り返すというもの。そしてこれがこの映画の全て。この一文に簡約されるほどに内容が薄い。
ツッコミどころは色々あるが、個人的に一番問題だと思うのは、全体的に説明不足なところ。心情描写がほぼ皆無なうえに、引きのカメラワークが非常に多いので、キャラクターがなにを考えているのかさっぱり分からない。作画もあまり良くないので、キャラクターの表情にも乏しい。何を考えてるの?と言いたくなる意味深な表情のカットが困惑に拍車をかける。そのせいで、ヒロインはいつまで経っても不思議ちゃんだし、主人公やその他諸々の行動原理も見えてこないまま終わってしまう。終盤、なぜか突然ミュージカルまがいのことをやり出すので、そういう尺をもう少し別の描写に使ったらまだ分かりが良かったと思う。
あらすじ読んで、エンドロールの「打ち上げ花火」だけ聴けば十分。本編を観るのは勧めません。
原作は面白い?
ラノベ原作を読まずに見ました。
ほのかに恋心を抱く可愛い女の子を客体として、男の子の視点から描いた?
タイムループをやり直すストーリーは、かつての青春をやり残した男たちには響く映画か?
良かった点
・ビー玉みたいなのがキレイだった。
・女の子の歌う時の声優の声が印象的。
以上です。
人生の一回性とそれに相反する可能性の広がりを描いていているがそれを...
艶やかで美しい映像表現の迷宮
本作は、夏の花火大会の日にフォーカスした多感な中学生のSF恋愛ファンタジーである。時空を超えた、現実と空想を巧みに織り込んだ、映像表現主体の作品なので、杓子定規にストーリーを追っていくと混乱してしまう。意味不明な作品になってしまう。映像表現から我々観客が想像するしかない、感性で観るべき作品である。
本作の主人公は、中学生の典道(菅田将暉)と、彼の同級生であるクラスのマドンナ的存在のなずな(広瀬すず)。典道はなずなに惹かれながら、想いを告げずにいた。ある夏の日、典道、典道同様になずなに思いを寄せる友人の祐介(宮野真守)、なずなは、プールで50m競争をして、典道に勝った祐介がなずなから花火大会に誘われる。しかし、典道は、ある方法で、過去にタイムスリップし、なずなと花火大会に行くことになる。その後も典道は、現実世界で、なずなとの関係で後悔することがあると、過去へのタイムスリップを繰り返し・・・。
本作は、典道の過去へのタイムスリップ回数が多くなるほど、ラブストーリーが核心に迫っていくほど、典道となずなの心理描写は少なくなる。現実感が弱まり、ファンタジー色が強くなる。幻想的で美しい映像表現が主になる。映像は艶やかさを増していき、二人の想いが強まるのが画面から伝わってくる。
人生は、真っ直ぐな一本道ではない。分岐点がある。そして、あの時、あの勝負に勝っていたら、あの時、あの人と別れていなかったら、等々、分岐点での後悔はキリがない。本作は、そんな分岐点での後悔を過去へのタイムスリップという方法で払拭してくれる。もう一つの選択肢を見せてくれる。
ラスト。何事も無かったように、夏休み明け後?の学校生活(点呼)の一コマが描写され、何のナレーションもないまま終わってしまう。結局、その後、二人はどうなったのか? 作品テーマは、ラブストーリー? 人生の分岐点? 映像美? 等々、肝心な所は、作り手側からは提示されない。不親切ともいえるが、答えを押し付けず、観客の感性に委ねたラストであると感じた。
そういうラストだったので、観終わって、スッキリ感はなかったが、幻惑されてしまったという感覚に襲われた。私の感性では捉えきれない不思議な魅力を持った作品だった。
思春期の子供心を描いた非常に難しく深い映画
(原作未読、ネタバレなしレビュー)
広瀬すずさん、菅田将暉さん声出演とのことで鑑賞しました。
素直になれず、勇気もでない、勇気を出しても間違っている。
どんどんたまる後悔。こんな難しい、思春期に多いものをテーマにした作品です。
自分が告白されるとオドオドして逃げてしまうのに、友達が告白されると嫉妬からの「お前 ウザ。」
このようなジレンマが折り重なる映画です。
この作品はこのようないくつかのジレンマをキャラクターの言葉だけでなく、演出やストーリーで伝えています。キャラクターが会話する際の少しの間やキャラクターの小さな表情の変化。これを読み取りラストのシーン以降の解釈を考えて初めてこの映画は完成します。
レビューを見る限りこの作品の本質に気づけていない人が多く、理解ができていないだけで駄作だと非難するのはいかがなものかと思いました。たしかに難しく非常に深い映画ではありますが、ボーっと作品をみるのではなく、作品の本質をとらえるくらいの視聴をされてはいかがでしょうか?
物語の一貫性とかメッセージ性とかそういう表面的な所じゃなくて、彼ら...
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