私は貝になりたい(1959)のレビュー・感想・評価
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【”上官の命令は天皇陛下の命令。”今作は戦争の愚かさと理不尽さと、BC級戦犯の実態を描いた作品である。】
■戦争末期。35歳の理髪店を清水豊松(フランキー堺)のもとに赤紙が来る。
彼は出征はせずに、内地で勤めるが、或る日アメリカの飛行機が落ち、瀕死の米兵を殺すように上官から命令される。
だが、彼は米兵の右手を刺しただけで、上官からこっぴどく怒られる。
戦争が終わり、故郷・高知の床屋で妻(新珠三千代)子と共に毎日を送る清水豊松のもとに、進駐軍と警察が現れる。彼らは戦争中に上官命令でアメリカ人捕虜を殺した罪で、豊松を逮捕し、彼は死刑判決を受けるのである。
◆感想
・今作は、分かりやすい戦争の愚かさと、BC級戦犯に対する、米軍の扱いを描いた作品である。
・清水豊松は、死刑判決を受けるが、嘆願書により減刑される事を望み、獄の中で一喜一憂する。
・或る日、米兵から獄から出るように言われた彼は、無罪になったと喜ぶが、アメリカの判決は覆ることはないのである。
彼の帰りを信じ、健気に高知の理髪店で働く妻と子の姿と、獄の中で頭を垂れ、教誨師(笠智衆)の前で、世の無常を嘆く清水豊松との姿が印象的である。
<今作は戦争の愚かさと理不尽さと、BC級戦犯の実態を描いた作品なのである。>
無知と無力
戦争という名の理不尽
DVDで鑑賞。
市井の人を演じさせたら、フランキー堺の右に出る者はいないんじゃないかなと思いました。「世界大戦争」と云う映画でもそうでしたが、戦争がもたらす理不尽に翻弄され、幸福な生活を享受することさえ許されない状況に怒りを露わにする男を演じていました。繊細な演技によって、心の内の深い悲しみや様々な感情が画面を通して観る者の胸を打つ…
非人道的行為であったとしても、上官の命令に逆らえばこちらの身も危ない中で、捕虜の米兵を刺殺せざるを得なかった豊松。裁判においてそのことを斟酌してくれたら彼は死刑にならずに済んだかもしれない、と思いましたが、米軍側に立って考えると、仲間を無惨に殺害されているわけで…。やはりこれも戦争と云う状況が生み出した理不尽以外の何物でも無く、決して繰り返してはならない悲劇だなと思いました。
※修正(2022/03/27)
民主的な軍隊なんて存在しない
中学生くらいの時に、SMAPの中居くんが主演のリメイク版が流行っていた。その当時は「私は貝になりたい(特にホタテ)」なんて言って茶化していたけど、原作がこんなに胸に刺さる作品だとは思っていなかった。東京裁判では、実際に二等兵で死刑になった人はいないそうだが、何が何だかよくわからないままに戦争責任を追及されて有罪になってしまう理不尽さ、悲惨さはこの作品が表しているものと共通しているように思う。「だから東京裁判は不当で、亡くなった方は是非とも靖国にまつらにゃいかん」ということではなくて、戦争に負けるというのはこういうことなのだ、という一つの例示であり、強く戦争に反対するメッセージを伝えるものだと私は理解した。
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