ローマの休日のレビュー・感想・評価
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身分を隠した一抹の恋路
オードリー・ヘプバーンのドキュメンタリーみたので、未鑑賞のものを。
不朽の名作ですね~
彼女のドレス姿が美しいこともさることながら、身分を隠した一抹の恋路なんて最高じゃないですか。
ローマの休日の「真実」。ジョーは真実を記事にせず、二人だけの秘密にする。これは彼とアン王女の絆である。
彼らは二度と交わることはないかもしれない。けれど思い出は何度も蘇り、絆は決して断たれない。
魅了される。。。
最後に語られる"フレンドシップ(友情)"の深い意味
ヨーロッパ歴訪の過密スケジュールに辟易した某国王女アンが、こっそりとローマの街へ飛び出して、新聞記者のジョーと恋に落ちる。宮殿で主治医から投与された鎮静剤が効いてきて街角で寝こけてしまったアンを、偶然ジョーが助けたのが馴れ初めだが、当然、真実を隠したいアンと、彼女が王女と知って特ダネにしたいジョーは、互いに身分を偽ったままローマを探訪するうちに、気がつくと惹かれ合っていたというわけだ。かなり強引な展開だが、観客は少しも不自然さを感じない。ウィリアム・ワイラーの流麗な演出と、モノクロ画面に映し出されるローマの風景と、何よりも、王女の心の変化を自然体で演じるオードリー・ヘプバーンの瑞々しさが物語を引っ張っていってくれるからだ。しかし、脚本の妙こそが称えられるべきかもしれない。製作当時、ハリウッドに吹き荒れた"赤狩り"の煽りを受けて、仕事を干されたドルトン・トランボが、、本名を隠して綴った「ローマの休日」の脚本には、同じ仲間でありながら分断された映画人の心の叫びが、永遠の友情を密かに誓い合うアンとジョーを通して浮かび上がってくるからだ。終幕間際まで上質のラブロマンスとして推移する映画が、"フレンドシップ(友情)"という言葉で締め括られることの意味を、再見の際には是非感じ取って頂きたい。
公開から70年以上たっても名作であり続ける作品
映画館ではようやく初鑑賞することができました。
何度見ても名作だと思う作品です。
アン王女の、たった1日ほどの間におこなったローマでの「休日」。冒険とも言える2度と経験できないこの日のことを、その後の彼女の人生の中で折に触れて思い出したりするのだろうかと、見るたびにとても切なくなってしまいます。
また、公開当時にこの映画をリアルタイムで見ていた人生の先輩方は、どんな気持ちでこの映画を見ていたのだろうか、とも思いをめぐらせてしまう作品です。70年以上隔たりがあっても人間の本質的なところは大きくは変わってはいないと思うのですが、今ほど海外旅行も情報入手もしにくい時代でのこの作品。2026年の人々にはなかなか気づきにくい斬新さや衝撃性もあったのだろうか、などと見るたびに毎回想像してしまいます。
ただ公開100周年を迎える頃には、新聞という媒体や新聞記者という職業がなくなってしまっていそうにも思います、この作品の捉えられ方も、私たちの今までとは変わってしまっているのかもしれない、という複雑な気持ちにもなってしまいます。
ストーリーを知っていても、引き込まれてアン王女と一緒に冒険できます!
昭和の頃、初めて「ローマの休日」を観たのは、高校生の頃でした。
茶の間の小さなブラウン管テレビに映る、おてんばでおちゃめ、妖精のようなアン王女に目を奪われました。
アン王女だけアニメじゃないかと思うくらい、現実離れしていました。
3年前まで、オードリー演じるアン王女が、私にとって世界一美しい人でした。
アン王女とジョーは、最初親子のように見えました。
髪の毛をバッサリ切って、アン王女が、かわいい少女から凛としたレディに変わります。
顔のライン、目の輝きがくっきりして、彼女の美しさが際立ちます。
気が付けば、2人は惹かれ合い、恋に落ちていました。
タイムリミットが来て、2人が別れるシーンは切なかったです。
ラストシーンもよき。
きっと、この初恋が、彼女の支えになっていくんだろうな。
オードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペッグに拍手です。
最初から最後まで、全く無駄なシーンもセリフもない、完璧な名作。
笑いあり、涙あり、ほっこりあり、切なさもあります。
初めて映画館で「ローマの休日」を鑑賞できて、至福の時間となりました。
何処の国も・・・ローマです!
一番素敵な映画だと思っている。
あまりにも好きすぎて、今年遂にイタリアに行ってローマの休日巡りを実現。
そんななか、今年の午前十時の映画祭で劇場で観れたので良かった。前半はクスクス。後半はこれどうなるんだろとドキドキ。そして最後は涙。
そういえば昔、初めてビデオで観た時に思ったのは、なんでBad endにしたんだろうということ。会見場から2人で逃げ出して欲しかったと。悲しすぎるじゃんと。
でも、いま観るとよく分かる。人にはそれぞれ立場やミッションがあって思い通りには生きられないのだと。アン王女は「義務」という言い方をしていたのかな?。
心の中の思い出として生きていく、悲しいけど、これで2人とも良かったんだと。思い出の写真もあるしね・・・。
やはり、素敵な映画だ。
圧倒的な美!(午前十時の映画祭)
午前十時の映画祭で観てきました。
オードリー・ヘプバーンの圧倒的な美を前に、人類はなすすべがありません。
オードリー・ヘプバーンの圧倒的な美だけで☆5です。
義務を果たさなければ、ここには帰ってきませんでした。永遠に。というアン王女としてのセリフは、ヘップバーンだからこその迫力だったと思います。
ストーリーは、取り立てて変わったところはありません。でも、グレゴリー・ペックの切なさが心に沁みます。何かが通じたかの如く、急遽記者への挨拶を行い、そこで写真をわたす。そして、感情を押し殺して無言で引き上げていく。エンドロールも無く、このシーンが目に焼き付いたまま終わる。完璧です。
昔誰かが、かっこいい男の条件として、「やせ我慢ができる」と言っていた人がいました。昔の映画って、やせ我慢多いですよね。
劇場内、若いカップルが多かったです。若い人がこの映画を観てみようと思う。それだけでも嬉しい出来事でした。
ずっと映画館で見たかった
スマホの小さな画面や、家のテレビで何回も観たあのローマの休日を、映画館で観れる日が来るなんて思ってもなかった。
映画館という大好きな環境で、大好きな人と、大好きな映画を観れるなんてこの上ない幸せがあるのだろうか。
号泣
ヨーロッパの解放とウィリアム・ワイラーのリアリズム
【後日談】
アン王女は故国に戻り、父王の死後、王位を継いだ。そして彼女は議会を設置し憲法を制定するなどして民主化を進めた。最終的には彼女は王制を廃止して、王国は共和国に移行する。退位後は郊外の農園に隠棲して暮らした。生涯結婚することはなかった。
ローマ訪問後、30年が過ぎたある日、彼女の元をジョー・ブラッドレイとアービング・ラドビッチが訪ね、昔の写真をみてローマでの休日を懐かしんだ。
→私が勝手に想像したものです。
昔から何故ローマなのか、何故パリではないのか、と疑問を持っていた。これはやっぱりオールロケで撮影するという前提ではパリは制約が多いということだったのでしょう。実際、オードリー・ヘップバーンはこの4年後に「パリの恋人」に出演しているがミュージカルとは言えセット撮影が多くヌケ感はない。
ウイリアム・ワイラーが表現したかったのは、解放されたヨーロッパ、急速に民主化されたヨーロッパで、王女の冒険と恋を描く、そのワクワクするような新しさ、明るさだったのだと思う。それにはローマの陽光と猥雑さが必要だったのでしょう。
今、改めて映画館でこの作品を観るとスタンダードサイズであるため窮屈さはあるものの、パンフォーカスカメラによる背景の深さと鮮明さが画面全体の明るい基調を引き出している。(スペイン広場のショットやラストの宮殿のシーンなど)それがウイリアム・ワイラー流のリアリズムだったのだと思う。
でも、今回より強く感じたのは、室内やカフェでのシーンの作劇、作画の巧妙さ。実に楽しくコメディを見せてくれています。やっぱりこの辺はアメリカ人の監督だからですね。
【後記】
と、グタグタいつものようにレビューを書いてきましたが、正直なところ、多分、ビデオ鑑賞もいれて数十回は観ているので、さすがに飽きました。
この作品は英国王室のマーガレット王女がモデルだと言われているのですが、お姉さんのエリザベス(Ⅱ世)との一夜の冒険を描いた「ロイヤルナイトアウト」は素晴らしく面白いのでおなじく見飽きた方はこちらをどうぞ。
格調高いロマンチックコメディ
BSにて視聴。
言わずとしれたこの名作は何度見てもため息が出るほど素晴らしい。
モノクロの画面でオードリーとグレゴリー・ペックの美しさは際立ち、ホレボレとしてしまう。
物語は小さな笑いを散りばめながら、徐々にふたりの心が近づいていく。その描写は繊細。
感情が揺れ動く表情とセリフの間合いも丁寧に描かれて、ああ、この時代の映画はいいな、と思わせられた。
名シーンが多い本作品。
当方は特に冒頭の王女が退屈して靴を脱ぐシーンと、最後の会見で写真を贈られるシーンが気に入っている。
追記
午前10時の映画祭にて鑑賞。何度目の鑑賞かわからないが今回も新鮮な気持ちで感動を味わった。
「キッチン付きの部屋に引っ越そうかな」
ラスト近くは数々の台詞がとても切ない。
ロマンティックなストーリー、台詞の掛け合いの楽しさ、演出のセンス。大人のおとぎ話のようで最高に素敵な作品。
お話しの流れが次の展開の伏線になって物語が紡がれていく
スクリーンで見れたらいいのに・・・と思いながらDVDなどで何度も観...
スクリーンで見れたらいいのに・・・と思いながらDVDなどで何度も観てきた映画を遂に映画館で鑑賞できました。
スタートからアン王女と一緒に「わくわく、うきうき」しながらローマを旅できます。最後は切ない別れではあるものの、アン王女、ジョー、アーヴィングがそれぞれに納得した最善の結果になっているのもすがすがしい。
カラー化されたものもあるようですが、絶対白黒の方がいい。私は、観ている時に白黒であることを意識したことはありません。是非、観る人それぞれが脳内で色をつけて楽しんでもらいたいと思います。
オードリーだけでなくグレゴリー・ペックも素晴らしい
午前10時の映画祭で、「ローマの休日」を上映していたので見に行く。
小学生の頃、テレビ放映で見た記憶はあるのだが、内容はほぼ覚えていない。
というか、ストーリーとか印象的なシーンは全部ではないにせよ、しょっちゅうテレビや動画で目にしていたので、見た気になっていただけかもしれない。
で、この映画については、オードリー・ヘプバーンの発見、に尽きるのでしょう。
ハリウッドでの初主演でアカデミー賞の主演女優賞をかっ攫ってしまうのもうなづける。
監督は、オードリーを見つけた時、心の中でガッツポーズしたと思う。
今回、見て、今作がここまでロマンティック・コメディに全振りしていたことに、ちょっと驚いた。
コメディの要素が思っていた以上に大きかったからですが、それは私の変な思い込みでした。
あと、今作で、グレゴリー・ペックがアカデミー賞にノミネートされていないのには、合点がいかない。
新人のオードリーを際立たせる、グレゴリー・ペックの渋みよ。
この映画が、いまだに人々に愛されていて、今後も愛され続けるだろうと確信した鑑賞でした。
特別な一本
綺麗、美しい、可愛い…
オードリー・ヘップバーンが本当に美しい…
まだ大人になりきれないのか、お転婆という言葉が似合いそうな王女がたった一日の逃避行を経て、己の立場や現実を知り大人になる流れがどこを切り取っても美しいな…と思いました。
名作過ぎて話の流れも名場面も知っているけれどきちんと観たことはなかったこの作品。映画館で上映中と知り、大画面で観られるならと映画館へ行きました。
可愛い!美しい!腰!!!!細い!!!!!!大丈夫かな?と心配になる細さでしたが、ドレスを着る人って腰の細さ大事ですものね…それがなくとも全身から漂う気品の良さに見惚れてました。
アメリカに戻りたいらしい新聞記者のジョーは王女を使って特ダネを作ろうとするけれどそりゃ恋に落ちる。吊り橋効果とかあるけれど、そんな吊り橋なんて壊れるこわれる。仕方ない。素敵な思い出過ぎる。
最後の記者会見のシーンで種明かしをする時の、あの、周りが聞いても違和感はないけど本質はお互いにしか分からない会話というものがとても好きです。
ローマの思い出に…と写真を渡す、実はライターがカメラだったんだと見せる。種明かしの時にはアン王女も傷ついたでしょうけどその後の真意をきちんと受け取る様。
素敵だった〜…
失恋なんですけども、お互いがお互いの立場を認識してもうそうするしかなかった悲しいお話なんですけども…
ラストの廊下を一人歩くジョー。やはり私はその後ろ、アン王女が今にも現れてくれないかと睨みつけるけれど現れることもなく…
これが答えで、この後二人は出逢うことはないんでしょうけども、ハッピーエンドじゃないのになんでこんなに綺麗なんだ…
映画館で観られて良かったです。
全217件中、1~20件目を表示










