スタンド・バイ・ミーのレビュー・感想・評価
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「お前の父親にかわって、俺が守ってやる」
「金字塔」という言葉を説明するにはうってつけの映画のような、そんな気がします。外国の少年達の話ですが、何故か日本人の自分にも身に覚えがあるような、そんな冒険譚。少年達のそれぞれの思いのなか、夢と憧れ、激情にかられたような、友情、青春。
登場人物の名前は特に重要では無いと思ったので、覚えようとも思わなかったし、覚える必要もありません。それほど判りやすい個性的な四人組で構成されていて、最初に紹介されていたとおり、ガキ大将ならではの男気溢れたクリスに、軍隊上がりの父親に感化されたメガネと(失礼ながら)「太っちょ」はズッコケ役。そして作家志望の主人公。
タイトルにした「俺が守ってやる」的なセリフ(字幕と少し言葉が違ったような気がしますが)は正しく、激情に駆られて口から出てきたようにも聞こえますが、なかなか云えることではないですよね。特にこのセリフがシビれました。ガキ大将クリスの男気には感服します。
本当にその場限りの少年らしい激情かというと、結果的にそうでは無かったと思います。主人公の作家の才能を認めた兄に替わって「立派な作家になる」と信じたクリスの言葉こそ、本当に主人公の人生を守る結果となったのだと思うのです。様々な顛末の末に立派な作家になった主人公は、書くのに夢中になりすぎると息子にたしなめられるほど。
あれだけ「父親から嫌われている。僕は兄の代わりに死ねば良かったんだ」というトラウマを抱えた彼が、立派に作家というアイデンティティーを得て、しかも二人の息子の立派な父親。少年時代から長年会ってなかったとしても、その彼を信じた親友クリスが守り続けてくれたのではないか、と思うのです。激情からの口先だけではなかった。それを証明するかのような、「喧嘩の仲裁をしようとして不幸な事故で死んでしまった」という男気溢れた彼の最後。この映画の終わり方は「もうあの少年時代はかえらない」などと締めくくられていたけれど、作家も知らずと、クリスとの変わらぬ友情の物語だったのではないかと思います。
映画の在り方として、登場人物それぞれの思いが織りなす珍道中的なものだったのですが、それぞれのエピソードも面白い。あの劇中劇の「早食い競争」の創作は、ちょっと良いところがなかった「太っちょ」へのフォローだったのかと思います。復讐を遂げたけど何も残らないっていうのが渋い。メガネは不満そうだったけど、「復讐の空しさ」をたたえるあたり、子供の創作にしては恐るべきと言うべきか、たまたま描き切れてないだけか。「太っちょ」くんは喜んでたから、まあ良かったんじゃないかと。
そしてラストの不良少年達に銃を突きつけたクライマックスもこれまた渋い。主人公の「撃つのはエースだけだ」という言葉選びが上手いと思ったのは私だけでしょうか。不良少年達の「頭目」「親分」「リーダー」「隊長」でもない、「エース」という呼びかけは「一番優れている者」という意味で、銃を突きつけ強い言葉を投げかけつつも、「敬意を持ってあなたと交渉したいのです」という意味では無いでしょうか。だからこそ、その「エース」の彼は身を引いたし、「覚えていろ」と言いつつも後にその報復については語られていないというのは、大して何も無かったという意味だと思うのです。いや、ちょっと考えすぎかな。でも、こう考えれば「渋い、格好いい」と思えるのでまあいいか。
兎に角、素晴らしい映画でした。これが初見じゃ無くて、恐らく2回目だったと思う。初見は子供の頃で「少年達だけで旅に出て死体を見つけて銃をつきつけ、それで終わり」としか理解していなかったと思う。歳をとってから物の見方がドンドン変わるのが面白い。様々な映画を再び見返す時間があるかどうか。ささやかではあるが、楽しいことはまだまだ沢山残っているようです。
ドキドキ展開
12歳にしか見出だすことのできない道。
〇作品全体
世界が狭いからこそ進もうと思える道があって、その時にしか集えない仲間たちがいる。
物語序盤で小さな町での物語であることがモノローグで語られたり、クリスの「街を出られない」という悲観的な考えがあったり、12歳のころの「街」は終始窮屈で生きづらさをはらんだ場所として描かれる。
4人それぞれにこの「街」のどこかにネガティブな感情を抱かせる場所がある、というのも窮屈に感じさせる一因だろう。ゴーディにとっては自分の家がそうだろうし、クリスとテディにとっては悪評のある親という枷とともに目線を向けられる街自体。バーンは少しコメディチックだったが、へそくりを隠した床下がそうなのかもしれない。いずれも自身の根の部分(バーンは少し直喩すぎるが…)にその感情を抱えている。12歳の世界では処理できない、12歳の世界だからこそどうにもできない感情をそれぞれが形を変えて抱いている。
だからこそそこから出ていける線路の一本道がより魅力的に映るのだろう。12歳というその時に似たようなものを抱えながらそこから一時であっても抜け出せる道が広がっている。そこに溢れる好奇心と不確かな希望がすごく輝いて見えた。
道の途中には楽しいだけじゃない空間もあって、結末はあっけなく、そして再びその街に戻ってこなければならない。自分自身でも感じたことのあるこの不確かな希望と予想の範囲内である終点の温度差が、一番ノスタルジックに響いたポイントであり、刺さる部分だった。
〇カメラワークとか
・歩いているときの4人の立ち位置をどこまで計算して演出しているのかが気になる。クリスはリーダー格だから先頭を歩くのはわかりやすいが、ゴーディが一番後ろを歩いてるのが印象に残る。一番優等生だから、というのも理由だろうけど、物語を振り返るポジションだからかな、とも感じる。ゴーディが大人になって感じた「12歳の頃のような友達は二度とできることはない」という感情はゴーディが覚えている主観的な風景にも起因しているように感じる。3人の背中を思いだせるからこそ、客観的にも見えるポジションにいたからこそ、この感情を抱くことができたんじゃないか、そんなことを思ってしまう。逆を言えば、他の3人がゴーディと同じ感情を抱いているかというと、立ち位置も違うのだから少し違うんじゃないかな、と思ったり。
・もっと自然を強調したり、4人が歩く世界を見せるカットが多いのかな、と思っていたけど、そうでもなかった。むしろウエストショットくらいのカットで砂利の音と手持ち無沙汰に歩き続ける姿のほうが多かったような。こういう、いわば平凡なカメラの距離感が「特別な4人の物語」というより「よくある12歳の風景」としてノスタルジックに感じさせるのかもしれない。
時間の尊さ
子供の時に見て以来久しぶりに見ました。
どんな感じだったのか思い出せなかったのですが見て納得。要所要所覚えてはいるものの(パイの所(インパクトっ)とヒルの所(こわいっ))、幼い頃の、多感で純粋で素直な感覚を、遠目に見て愛しく思えるのは大人の感覚こそだと思いました。同時に、思い出させてくれるので心があらわれました。
大冒険と、少年の頃ならではの悪ふざけやギリギリのあやうい感じはソワソワドキドキ楽しかったです。終盤の度胸試しは息をのむ迫力。
友達を大切にしたい、時間を大切にしたい、と思える映画。人生のたのしさ、悲しさ、あらゆる要素が入ってるように感じます。素晴らしい。
もう戻らない時間が眩しくて切ないです。
初見。
35年前に観た時の感想と殆ど同じ。胸がキュンとなる。
この映画を初めて観たのは中学生くらいの時かな。
友達と秘密の小さな旅に出るというシチュエーションはとても胸躍る内容に感じた。
4人の子どもたちが置かれている状況は様々で、それぞれの人生の中で奇跡的に交わり、互いの喜怒哀楽を表現しながら同じ時間を過ごしていく様子が、観る人それぞれの胸に刻まれた記憶を掘り返すから、この映画は多くの人に愛される作品なのだろうと思った。
(見上げる空はこんなにも広く感じるのに、どうして僕の周りはガラスのような壁に囲まれている気がするのだろうか)
こんな閉塞感を物心ついてからの僕はずっと感じて過ごしてきた。(きっとこの映画に出てくる4人も僕と同じような気持ちで日常を過ごしているのかな)と思いながら映画を観ていた。
しかし映画終盤、4人がそれぞれの家に帰る分かれ道で、テディとバーンは今回の旅の名残惜しさを感じさせることなく自分の家に戻って行った。対してゴーディとクリスはまだ同じ時間を共有していたいように感じられた。
僕はこのシーンを観て(テディとバーンにとって家は帰るべき場所なんだな)と感じて自分との温度差の違いと少しの羨ましさを感じた。たぶん2人は(どんな形や表現であれ)家族からの愛を感じて育ってきたから「家」が疲れた身体を癒す為にしっかり機能しているのだと思う。
冒険に出る迄
友よ、友よ、そばにいて
今年初レビュー。
スタンド・バイ・ミーを映画館で観られるとは…駆け込みで行きました。
高校ぐらいの時に観たので二度目です。ぼんやり話は覚えている程度。
認められずにいる多感な時期の少年たちの冒険。
誰かに傍にいてほしかった少年たちなんだと思うと、涙腺が緩む。
冒険に出発する少年たちの手荷物で思考の深さを察する。
ゴーディ→寝る時用のマット?は畳み、リュックへコンパクトに仕舞える。唯一のリュック組。水筒あり。キャップは暑さも考えての持参(但し盗られる)
クリス→夜のことを考えて拳銃を持つなど危機意識は高い。寝る時のマットは丸めている。他に持参物は無さそう。
テディ→マットは丸めている。お守りのようなドッグタグ(尊敬する父の影響)。水筒あり。
バーン→マット(略)それよりもこの子は「テレビに出た時の為の櫛」ですよ。ほんっとかわいいなこの子。そして所持金の少なさ。
一方的な力差があるかなと思ったら、お互い誰かしらを弄っていて、純粋な少年たちの、対等さは感じた。一応リーダーはクリスで、参謀?副将?はゴーディって感じ。
バーンは空気読めない。
しかしゴーディかしこいな。レールを触って汽車の接近を察したところとか、すぐ物語を語って聞かせるとか。身だしなみも綺麗だものね。クリスの言う「環境」が物語ってるけど。
日本と違ってアメリカはそういえば9月が進級進学の時期か。そう考えると、あの4人は進学後の組分けも、その後の自分達のことも察して冒険に出たのか…
今と時代がだいぶ違うからか、テレビに映りたがる彼らの意図は分かりづらかったかも。「テレビで称賛されることで認められたかった」ってことでいいんよな。そう考えるとエース達も同レベルよね。皆燻ってたのかな。
努力して努力して「給食費泥棒」から「弁護士」になったクリスだけど、若者の喧嘩に巻き込まれてナイフで刺殺ってエースとのやりとりを考えたらその復讐?エースがたくらんだ?とか考えちゃった。
名曲「stand by me」を聴きながらラストの余韻を考えると、ほんと、ちょっと泣いた。
戻れない過去を振り返って、そばにいてと願って、でも離れていった友人達とのあの冒険は彼ら全員の心のお守りだったんだろうな。
子供と戯れて出掛ける大人のゴーディの姿は素敵だった。
少年たちの感受性の機微をうまく描いている作品
午前10時の映画祭で鑑賞しました。
レビュータイトルの通り、少年特有の感情を上手く描いている純文学のような作品だなと思いました。
少年たちが町の外に冒険にゆく物語ですが、冒険の目的が人の死体であるという点が、物語全体を引き締めるような役割をしていて良いなと思いました。
ちょっと危険なことをしてみたくなる、それを仲間とやることで絆が深まる、という少年らしい繊細な冒険心が、作品の色々なシーンでうまく描かれていました。
特に、作中の少年たちは家庭の問題や、親に否定される、兄と死別する、など家庭の問題が多いので、友人との絆や経験は少年たちの心のほぼすべてと言ってもいいのではないでしょうか。
冒険から帰った後の、自分たちの街がすこし小さく見えたというセリフもすごく好きですね。
観ていて、自分が少年だった頃はああいうことがあったな...と、昔を思い出したくなる作品でした。
少年期という一度きりの時間を描いた不朽の名作
少年期のひと夏を描いたジュブナイル映画の金字塔として、今もなお多くの人に愛され続けている作品です。
怖いもの見たさと野次馬根性から始まった少年たちの小さな冒険は、次第に友情や喪失、自己肯定といったテーマへと広がっていきます。
派手な事件や大きな展開があるわけではありませんが、少年たちの会話や仕草がとても自然で、気づけば物語の中に引き込まれていきます。
特に主人公コーディと親友クリスの関係性は印象的で、互いを認め合い、支え合う姿が静かに心を打ちます。
子どもの頃に観ると「冒険映画」として、大人になってから観ると「失われていく時間の物語」として受け取れる点も、この作品の大きな魅力でしょう。
誰もが心の中に持っている“懐かしさ”や、少しの“切なさ”を呼び起こしてくれる一本です。
26-005
ロブ・ライナー監督を偲んで
映画監督で俳優としても評価されているロブ・ライナーさん
2025年12月14日にロサンゼルスの自宅で妻ミシェルと共に78歳で他界
息子のニックにナイフ刺し殺されたらしい
衝撃的な突然の最期
ちなみにロブの父親カールも映画監督で喜劇俳優として名高い人だった
1986年公開作品
過去数回鑑賞
今回はU-NEXTで鑑賞
原作は『キャリー』『シャイニング』『ミザリー』『グリーンマイル』『ショーシャンクの空に』のスティーブン・キング
監督は『恋人たちの予感』『ミザリー』『最高の人生の見つけ方(2007)』のロブ・ライナー
脚本は『Mr.ブルックス 完璧なる殺人鬼』のレイノルド・ギデオンとブルース・A・エバンス
粗筋
アメリカの片田舎
30キロ先に汽車に轢かれて亡くなった若い男性の死体が置き去りにされているという
発見し警察に通報すれば有名になりヒーローになれるとふんだ悪ガキ四人組は線路づたいに死体を目指すことに
1泊2日のちょっとした冒険である
探しに行くのが死体という点はキングらしい
主人公は作家として成功している
妻子あり
息子が二人
立派な屋敷に住んでいる
パソコンは時代を感じさせる
弁護士の親友が喧嘩の仲裁の際に喧嘩をしていた片方にナイフで首を刺されてしまい亡くなってしまった
それをきっかけに12歳の夏休みを思い出す
ナレーターも大人になった主人公
名作
少なくとも名作の雰囲気はある
映画.comのオールタイムベストにも選出されている
だが今回もあまり刺さらなかった
世代が全然違うし国が違うし小6で喫煙の習慣はなかった
ロリポップ聴いて懐かしいとは感じない
だが少年たちのやりとりは面白い
ブルーベリーパイ早食い競争でつられて次から次とリバースするシーンが好き
亡くなった兄には物書きの才能を高く評価され愛されたが両親は兄が好きでゴーディの方はあまり愛していたかったようだ
親友は親友で逆に兄に愛されておらず本当は頭が良いのに特別な事情を抱えていた
なんかとても悲しい
汽車が追いかけてくる鉄橋を渡るシーンはドキドキ
眼鏡なのにキレやすいテディ
デブだがそれほどデブではないせいぜいぽっちゃりのバーン
原作では彼らもクリス同様に早死にしている
敵対する年長グループのリーダーはのちのジャック・バウワーだったりする
改めて観たらびっくりした
日本とアメリカでは夏休みの意味合いが違う
アメリカは六月が卒業式のシーズンであり夏休み明けは大抵が進級する
ゴーディたちは夏休みが終わると中学生になるのだ
配役
作家の才能がある4人組の一人のゴーディ(ゴードン)・ラチャンスにウィル・ウィートン
作家になった大人のゴーディにリチャード・ドレイス
4人組のリーダー格で将来弁護士になるクリス(クリストファー)・チェンバーズにリヴァー・フェニックス
4人組のメンバーで眼鏡をかけた荒っぽい性格のテディ(セオドア)・ドチャンプにコリー・フェルドマン
4人組のメンバーでノロマうっかり者デブのバーン・テシオにらジェリー・オコンネル
不良グループのリーダーのエース・メリルにキーファー・サザーランド
クリスの兄で不良グループのNo.2のアイボール(リチャード)・チェンバーズにブラッドリー・グレッグ
バーンの兄で不良グループのメンバーのビリー・テシオにケイシー・シーマツコ
不良グループのメンバーで口が軽いチャーリー・ホーガンにゲイリー・ライリー
エースとのカーレースで負ける不良グループのメンバーのビンス・デジャルダンにジェイソン・オリヴァー
ゴーディの年の離れた兄で既に交通事故で故人のデニー・ラチャンスにジョン・キューザック
ゴーディの父にマーシャル・ベル
ゴーディの母にフランシス・リー・マッケイン
雑貨屋の主人にブルース・カービー
廃車置き場の主人のマイロ・プレスマンにウィリアム・ブロンダー
市長のグランディにスコット・ビーチ
DJのボブ・コーミアにマット・ウィリアムズ
列車に轢かれ亡くなり遺体が置き去りになっているレイ・ブラワーにケント・ラトレル
ロブ・ライナー監督の代表作
昔観ていたが、昨日(12月14日)ロブ・ライナー監督と妻ミシェル・シンガーが、自宅で何者かに刺され死亡しているのが発見され、ハリウッドに大きな衝撃が走っているとのニュースを知って、代表作の本作を再鑑賞しました。若い俳優たちから複雑なキャラクターを引き出す腕前は流石ですね。
作家ゴードン・ラチャンスはある日、親友の「弁護士クリストファー・チェンバーズ刺殺される」という新聞記事に目をとめ、クリスと行った少年時代の冒険の旅を回想する。
ゴーディとガキ大将のクリス、眼鏡をかけているテディ、ノロマで肥満児のバーンの悪友4人が木の上に組み立てた秘密小屋の中に集まって、中学生のくせにタバコを喫ったり、トランプゲームをしたりしていた、バーンが飛び切りの話があると持ち掛けた。ある日、バーンは不良グループの一味である兄たちの会話を盗み聞きしてしまう。3日前から行方不明になっているレイ・ブラワーという少年が、30キロ先の森の奥で列車に跳ねられ死体のまま野ざらしになっていることを知る。バーンがゴーディたちに話すと、「死体を見つければ有名になる。英雄になれる」と言う動機から、死体探しの旅に4人で出かける。鉄橋で危うく列車に轢かれそうになったり森で野宿、翌日、ゴーディら4人は、沼に落ちてヒルに血を吸われたりしながらも、ついに死体を発見、そこへバーンの兄たちの不良グーループが現れて死体を渡さないとクリスを殺すとナイフで脅すがコーディが隠し持っていた銃で追い払う。遺体のことを匿名で警察に通報して、ひと夏の冒険が終わり、4人はいつものように町外れで別れた。その後は進路もバラバラになり、お互い疎遠になっていく。クリスにも励まされ作家になったゴーディはクリスの死を悲しみ複雑な家庭環境のなかで仲間との友情を感じた12歳の頃のような友達は、二度とできることはないと、静かに思い返すのでした。
「Stand by me」は「私のそばにいて、私を支えて、味方でいて」という意味で、困難な時に寄り添い、助け、応援するという深い信頼と友情・愛情を表す表現です。特に、どんな状況でもあなたを見捨てず、力になるよというメッセージが込められています。
BEN E KINGの主題歌も久しぶりに聞きましたが名曲ですね。ロブ・ライナーご夫妻のご冥福をお祈りします。
自分にはノスタルジーは生まれず、退屈で仕方がなかった
ロブライナー監督による1986年製作(84分/G)のアメリカ映画。原題または英題:Stand by Me、劇場公開日:1987年4月18日。
ジョン・レノンによる「スタンド・バイ・ミー」(1974)には、そのシンプルな力強さに昔、感動をした。映画の中で流れる「スタンド・バイ・ミー」原曲(1961、ベン・E・キング唄、作詞作曲キング、ジェリー・リーバー、マイク・ストーラー)も悪くなかった。ただ、映画の中で流れる音楽の数々は全く知らず懐かしさも無く、事件らしいものは何も起きない映画自体も、とても退屈に感じてしまった。
まず原作の問題かもしれないが、あの年齢で既に作家を目指していて、ゲロまみれのイベントを引き起こす作り話をする主人公ゴーディ(ウィル・ウィートン)の必然的に進学するだろうという優等生ぶりが鼻についた。友人たち、メガネのテディと小太りのヴァーンの絡み合いもおバカすぎて、リアリティに欠けると思ってしまった。
君たちもこんな少年時代があったはずで、とても懐かしくて、いい話だろうという押しつけ感を、自分は感じてしまった。まあ確かに小学生低学年時代は、近所の子供たちと分け隔てなく集団で遊んでいた。ただ高学年になると自然に付き合っての面白さ(頭脳レベル)で、グループに分かれてしまっていた様な記憶がある。おバカとも思春期に仲良しだったという物語は、綺麗事すぎる作り話だろうと思ってしまった。
可愛い女の子が登場もせず話題にも出てこないのも、自分のノスタルジー喚起を阻害した。自分の思春期には、仲間内のアイドル的存在や密かに好意を抱いていた異性が、常に存在してたのだが。
監督ロブ・ライナー、製作アンドリュー・シェインマン、 レイノルド・ギデオン、 ブルース・A・エバンス、原作スティーブン・キング、脚本レイノルド・ギデオン 、ブルース・A・エバンス、撮影トーマス・デル・ルース、美術デニス・ワシントン、音楽ジャック・ニッチェ。
出演
ゴーディ・ラチャンスウィル・ウィートン、クリス・チェンバースリバー・フェニックス、テディ・デュチャンプコリー・フェルドマン、ヴァーン・テシオジェリー・オコンネル、作家リチャード・ドレイファス、エース・メリルキーファー・サザーランド、ラチャンス夫人フランシス・リー・マッケイン、ラチャンス氏マーシャル・ベル、デニー・ラチャンスジョン・キューザック。
輝きのない青春
あまり言われないのが驚きなのだが、この映画はとても重苦しい。
ひと晩の冒険の目的がそもそも、死体を見に行くという、なんの共感も湧かないもので、その主人公や友人、そのひとつ上の世代の若者たちも、やることなすことみんな子供で、馬鹿げたことばかり。あとで振り返れば、恥ずかしいとしか思えないものばかりだ。
それでも、その気恥ずかしさのなかで、見ている観客の何かをくすぐっている。大人になったクリスは、弁護士になり、止めたケンカに巻き込まれて、首を刺されて死んでしまう。少年時代も運が悪かったが、大人になっても同じだった。そして、ほとんどの大人にとっても、そんな輝かしい未来なんてない。そんな映画や小説なんて嘘ばかりだ。
ステーヴィンキングらしい。
個人的には、星5つでもいいのだが、みんなに薦めたいかと言われれば、まったくお薦めしない。
その意味で、半分。
童心に還る。少し不穏なのが心に残る。
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