三本指の男
劇場公開日:1947年12月9日
劇場公開日:1947年12月9日
東映チャンネル(スカパー!)「横溝正史の金田一耕助スペシャル」特集放送にて。
時代劇スター片岡千恵蔵が現代劇に転じなければならなかったのは、GHQの統治下で刀で人を斬り殺すチャンバラ映画が厳しく制限されたからだ。
多羅尾伴内シリーズと並行して、金田一耕助シリーズは7本が製作されたが、なぜか千恵蔵の金田一は変装する。スーツ姿でもあるので、当時の観客は多羅尾伴内と区別がつかなかったのではないか…そんなことはないか(笑)。
原作は金田一耕助の記念すべき初登場作「本陣殺人事件」で、太平洋戦争前だった時代背景を映画公開時の現代(戦後)に変更し、結末も映画独自のものになっている。
そして、金田一は「古いものの新しいものに対する憎悪、封建思想の自由に対する絶望的抵抗」が事件の心理的原因だと言うのだから、戦前の古い考えが犯罪に結びつくと言わんばかりだ。(脚本は多羅尾伴内シリーズと同じ比佐芳武)
結末を原作とは変えるためにこの理由づけを考えたのか、それともこのテーマを先に考えたのかは不明だが、キモである密室殺人のトリックは変えられないから「犯人は〝他殺を自殺と見せかける〟ためにトリックを考えた」ことになっている。
ところが、そもそも自殺を他殺に見せかけるためのトリックであり、トリックを解かない限り自殺には見えないのだから、これには無理がある。
とはいえ、あの映像化が難しそうなトリックを上手く見せている。
この作品に限らないが、小説では必ずしも金田一耕助が主人公ではない。探偵は事件が起きてから登場するし、横溝正史は金田一が一人で捜査をしたり考えたり悩んだりする様子を描かない。さらには、事件の背景に意味を持たせるために関係者たちの人物を描くから、その中の誰かが実質的な主人公である場合が多いのだ。
初の金田一耕助映画にして本作はその壁に挑み、金田一耕助を主人公にする独自の設定が開発されている。
そのひとつが、金田一が変装して捜査するという設定だが、もうひとつは被害者の友人である白木静子が金田一の助手になって二人で謎解きをするという設定だ。
そしてこの2つは2作目以降にも継承され、千恵蔵金田一シリーズの特色になっている。(静子はレギュラーになる)
静子には原節子がキャスティングされていて、この原節子の上品で知的な佇まいが、ともすれば金田一ではなく静子が謎を解くかもしれないと思わせる。
静子と金田一が同じ列車に乗り合わせる出会いの場面から映画は始まる。
静子が金田一に尾行されていると勘違いするコミカルなエピソードから、金田一の欠点を静子かチクチクと突く会話の場面や、トリックの痕跡を調べている金田一が突然静子を抱え上げる場面などがあって、解決後に二人で村を去る列車で冒頭の場面を再現する。
なんとなくロマンスの雰囲気さえ醸し出して映画は終わるのだ。
個人的には現代劇の片岡千恵蔵に恰好良さを感じないので、原節子とのカップルは釣り合わないと思う。
だからかどうかは知らないが、シリーズ2作目以降の静子役は作品ごとに女優か変わるのだった…。
金田一耕助シリーズ(片岡千恵蔵版)第1作。
Amazon Prime Video(東映オンデマンド)で鑑賞。
原作(本陣殺人事件)は既読。
原作そのままのタイトルを使えなかったことや、凶器が日本刀から刺身包丁に変更されていたところに時代を感じた。
変更と言えば、事件の真相が改変されていて驚いた。矛盾も無く、なるほどと思う個所もあって大変興味深かった。
多羅尾伴内よろしく、金田一が変装して事件を掻き回していたことも明かされ、片岡千恵蔵氏らしい趣向が面白い。
ヨレヨレの袴にお釜帽姿が定着した今となっては背広姿の金田一耕助に違和感を抱いたが、戦後民主主義が古き因習をぶち壊すと云うテーマが込められていたと知り、「なるほど」と思った。そのテーマには確かに背広姿がいちばん相応しい。
[余談]
原節子、杉村春子、宮口精二と、脇を固める俳優陣がかなり豪華だった。横溝原作映画には贅沢な布陣がよく似合う。
※修正(2024/11/21)