汚れた血のレビュー・感想・評価
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飛べない生
レオス・カラックス監督の「アレックス三部作」第二作。
アンナ(ジュリエット・ビノシュ)とリーズ(ジェリー・デルピー)が綺麗すぎて鼻血出そうになった。そしてレオス・カラックスはジュリエット・ビノシュをミューズだと直感したんだと思う。綺麗に撮ろうとする意志がショットに現れている。
アレックスは誰を愛しているの?
アレックスはリーズとセックスを伴う恋愛をしているけれど、彼女が危険を被ってはいけないとして捨てる。こんなにもリーズのことを想っていて素晴らしいと思いきや、アンナにすぐに目移りする。アンナとおじさんとの愛に嫉妬をするように。アレックスとアンナの一夜を共にするかの駆け引きは、彼が彼女に弄ばれていて可哀想と同時にそんなにムキになるなとも思ってしまう。
けれどアレックスとアンナに愛が現れてしまう。その愛はセックスを伴わない。リーズとの関係とは全く違う。この時、セックスのない愛は、愛のないセックスで感染するウイルスが蔓延する世界において、至高の存在として立ち現れたはずである。
しかしそれは観念的だ。現実から「飛べない」。リーズはバイクで追っかけてくるし、アレックスは銃で撃たれてしまっている。彼らは誰も「飛べない」。アンナが飛行機のふりをするだけだ。この結末はとても悲しい。ではどのように愛するの?それは『ポンヌフの恋人』で語られている気がするから、もう一度みてみようと思う。
仏蘭西,巴里,そして若き日のJuliette Binoche
Juliette Binocheさんが兎に角 可愛かったです。仕草の一つ一つにも🥰😍🤩物語は小さな窃盗団のドタバタ劇ですが極上の会話劇が展開されます。フランス人は語るのが好きだということが良く分かりました。この映画は世相を風刺していると思うのですがそこはフランス流にオブラートに包んで!?昇華?しています。愛とは何か?を含む登場人物から矢継ぎ早に問いかけが飛んで来るのでcatchするのが大変です。多分、この映画は主にフランス人に対してのmessageなので正直自分にはとっつきにくいと思いました。 もう一度鑑賞します。フランス🇫🇷は戦後 哲学・思想の国として大きな潮流がありましたね。 Jacques Derrida Claude Lévi-Strauss Julia Kristeva 枚挙にいとまがない Juliette Binocheさんはフランス国立高等演劇学校を卒業 (Conservatoire national supérieur d'art dramatique, 英: French National Academy of Dramatic Arts)授業科目を見ると非常に興味深いです。ひとりの観客として観る自然な演技は実は卓越していたのですね。😆フランス🇫🇷映画に共通しているが何処かArtっぽい映像美があるように感じられるところです。東京都現代美術館で映像作品を鑑賞している感覚と同じ? 最後に、この作品はユーロスペースの配給で再上映しています。各地の映画館が経営に苦しむ中 映画を観客に届けてくれる事を心より感謝申し上げます。🙇
懲りずに観賞
直近で観賞した「ポンヌフの恋人」が、残念ながら良さが全く理解出来ずだったので同じ監督さんの本作はスルーでいいかな、と思っていました。ところが「ボイジャー」のジュリー・デルピーさんが出演していると知り懲りずに観賞(笑)。
やはりデルピーさんは美しく、ついでにと言ったら大変失礼ですがジュリエット・ビノシュさんも「こんなに美人さんだったっけ?」と驚く位に美しかった。
肝心の中身についてですが、「ポンヌフの恋人」よりかは起承転結がはっきりしているので観易いと感じましたし、先が読めないという点で楽しんで観賞出来ました。但しエンディングではやっぱり訳わからない、となり、またしても良さが理解出来ませんでした。
もう少し主人公の青年に感情移入していたら違った感想になったのかもしれませんが、ずっとデルピーさんを応援しながらの観賞だったもので。
登場人物の心理を抉り出すカメラワークが秀逸
錠前外しの親父が不慮の死を遂げたことをきっかけに、代わりとして泥棒に誘われた若者アレックス(ドニ・ラバン)の恋愛を同時に描いた作品でした。1986年制作の旧作で、映像の質感や街の雰囲気からはそれ以前の時代を感じさせるものの、コンセプトとしては近未来のパリを描いた物語とされています。そこで登場するのが、愛のないセックスをすると感染するという奇妙なウィルス「STBO」です。そして、アレックスが盗もうとしていたものがこのウィルスであるというプロットが、なかなか味わい深く、印象に残る作品でした。
また、アップを多用した独特のカメラワークによって、登場人物の心理を浮き彫りにしている点も特徴的でした。さらに印象に残ったのが、アレックスや、彼をSTBO奪取に誘ったマルク(ミシェル・ピコリ)らが、上半身裸で登場する点です。ハレー彗星の接近によって異常な熱波が襲っているという設定が語られますが、アップを多用したカメラワークと相まって、上半身裸の男3人が部屋の中で肩を寄せ合っいる映像は、非常にシュールでした。
ストーリー面では、アレックスが恋人に別れを告げて盗賊団に加わった直後から、マルクの愛人であるアンナ(ジュリエット・ビノシュ)に惹かれていくという急転直下の展開が描かれます。その展開は、恋を忘れかけていたロートル世代にとって、思わず目を見張るものがありました。そして、生きて行く希望を失い、その運命を受け入れてしまうアレックスの姿に、”純粋な若さ”を思い出して劇場を後にしたロートルでした。
そんな訳で、本作の評価は★4.2とします。
you give me my name
渋谷のユーロスペースの4Kレストア版で初めて鑑賞。
映画の存在自体はだいぶ前から知っていたのだけれど、古い映画かつサブスクでもほとんど見かけないので、なかなか観る機会がなかった。
レオス・カラックス作品に触れるのも初。
この映画の存在を知るきっかけになったのが、バンドART-SCHOOLの1stミニアルバム収録の同名曲から。
このバンドは作曲の中心人物であるフロントマン木下理樹氏の好みの映画、文学、音楽からの引用が多い。(特に初期)
この汚れた血もその引用を感じられる映画の一つとなっている。
映画の内容を知らずにアートスクールの音楽の曲を聞いて感じたことは、
静かに破滅に向かっている曲だなという所。
(そういう曲がシンプルに多いバンドな気もするけど・・)
トーンを落とした重苦しくもメロディアスなボーカルから始まり、ラストは壮大な三連拍子の中繰り出される、純粋なひたすら「you give me my name」と繰り返される悲痛なシャウトと、衝動に富んだインプロヴィゼーション。
映画本編のラストシーンを観た時、このシーンを再現したかったのかなと感じた。
そんな映画を少し振り返ってみることにする。
映画の舞台としては、近未来のパリ。
愛の無い性交渉を行うと広がる病「STBO」が大きな脅威となっている世界になっていた。
主人公の青年アレックスが人生の起死回生を図るために、謎の死を遂げた父の友人であるギャングのマルクに持ちかけられたある計画に乗るところから、物語は始める。
計画はSTBOのワクチンを製造している大企業から、サンプルを盗み出すというもの。
アレックスは自宅を離れ恋人リーズに別れを告げ、計画に大きく関わっていく。
この映画の演出の手法として好きなところの一つは、ウィルスとかワクチン等が話に絡んでくるのに、結末にはほぼ関係ないところ。
STBOって何だったの? 発症源は?
結局、その後ワクチンの製造は製造されたの? 世界は良くなっていったの?
その辺りは一切触れられない。
世界が良くなろうが良くなかろうが、結局語られるべきはその世界で生きている人たちということなんだろう。
(The Last of Us1作目とか、そういう話が好きなんだよなあ・・)
この映画の登場人物たちの特に見るべき点は、アレックスを中心とした歪な恋愛模様になる。
アレックスは恋人に別れを告げたばかりだというのに、アンナに早々に言い寄っていく。
アンナはアンナで、マルクとは恋人関係にはあるものの、二人を見ていると歪なものが見えてくる。
アンナのマルクへの想いは非常に強く感じるが、マルクの方はアンナの扱いが雑であると節々に感じさせられる。
年齢が大きく離れていることもあり、想いが釣り合っていない歪な関係性が浮かび上がってくる。
アレックスの元恋人のリーズは、アレックスの親友トマと関係を持ってしまい二人の想いが物語の終盤に絡んでくる。
話は逸れるが、
アンナ演じるジュリエット・ビノシュ、リーズを演じるジュリエット・デルピーの二人の美しさは破格的だった。
特にアンナの、熱烈なアピールをしてくるアレックスとさらに深い関係に行くのか、行かないのかというせめぎ合い。
これがもどかしく艶かしい。
そんな美しい登場人物を見ることも出来るが、それだけではなく美しい人の思いも見る事の出来るのが、この映画だと思う。
前述の通り、終始グスグスの人間模様の中から儚くも解き放たれるシーンが、この映画には複数存在している。
ポスターにもなっている、広い雲天の下で頬が血で染まったアンナがマルクから逃げる様に駆けていくラストシーンもその一つ。
このシーンを見た人は、人の想いを感じると思う。
儚くかつ衝動的で、全てのものから解放された純粋でシンプルな叫びの様な想いを。
ジュリー・デルピーも素敵
「干渉されることへの抵抗と、そこからの逃亡」
この映画を一言で表すなら、「干渉されることへの抵抗と、そこからの逃亡の詩」です。
同時に、愛の不在と若者たちの孤独、そして大人の世界から受け継いだ“汚れた血”に抗う者たちの物語でもあります。
まず映像の第一印象は圧倒的でした。ブルーレイなのに桁違いに美しく、青とグレーを基調としたフィルムの質感が独特です。特に女性たちが身にまとう赤は強烈で、時に青に転じる。その色彩の変化が登場人物の心理を繊細に表現していました。
アンナが赤を脱ぎ、青い服を着る場面は象徴的です。彼女が精神的に揺れ動く瞬間――恋人マルコとの安定した関係から、アレックスとのわずかな心の交流へ踏み出す。その青は、彼女がほんの少しだけ「自由」や「冷静さ」を取り戻した時間の象徴だったように感じました。
映画全体の撮り方はまさにヌーベルバーグの系譜で、引きの絵が少なく、顔のアップが非常に多い。
神の視点ではなく、あくまで主観的。人物の感情を正面から見つめるレオス・カラックスの姿勢が感じられます。
それでいて、感情を直接揺さぶってこない――そこがこの監督の独特なところです。泣かせようとも、感動を押しつけようともせず、あくまで冷静に、しかし強烈な主観で撮っている。
この「冷たい主観」はカラックスの本質だと思います。観客に感情移入を求めず、ただ生のままの人間の感情の構造を見せてくる。距離をとって世界を観察する感覚です。
物語は一見、犯罪劇のように見えますが、実際には若者たちの内面の逃避を描いたものです。
登場人物はみな「どこかへ出たい」「この場所にはいられない」と言い続けます。
彼らを縛っているのは、愛でも倫理でもなく、“干渉”と“依存”です。
アンナは年上のマルコに守られながら支配され、アレックスは父の知的な檻の中で育てられ、元恋人は母親に監視されている。
彼らは過保護な愛に守られながら、自我を失っていく。
飛行機や滑走路のモチーフは、そうした「依存の殻」から抜け出したいという願望の象徴でしょう。
最後にアンナが滑走路を走り、まるで飛び立つように早送りで動くシーン――あれは現実から逃げることではなく、「自分の輪郭を取り戻そうとする衝動」そのものだと感じました。
「アメリカ女」というキャラクターも強烈でした。なぜイギリスでもドイツでもなく、アメリカなのか。
それはカラックスにとって、アメリカが“文化的な干渉者”だからだと思います。
フランスにおけるアメリカとは、自由と豊かさの象徴であると同時に、精神を侵食する存在。
甘い言葉で人を依存させ、文化を奪い、心を管理する“母性的な帝国”の象徴。
つまりカラックスは、アメリカを「干渉する母」として描き、自分の世界(=フランス)を守ろうとしている。
また、レストランで「ジャン・コクトーだ」と言う男が登場する場面があります。
アレックスは「もう死んでるよ」と返しますが、あのやり取りは偶然ではありません。
コクトーは詩的映画の創始者であり、“死者の芸術家が映画の中で生き続ける”という象徴そのもの。
カラックスにとってコクトーは映画的な父親であり、亡霊。
つまりあの会話は「芸術の血脈は死なない」「亡霊として現代に生きている」というメタ的な告白だったのだと思います。
映画の中で死んだはずの詩人が生きている――それはまさに、映画というメディアの本質(死者を蘇らせる装置)を示していました。
そして、タイトルの『汚れた血(Mauvais Sang)』。
これは直訳で「悪い血」ですが、フランス語では単なる病気のことではなく、「宿命」「遺伝した腐敗」「社会の呪い」を意味します。
この映画での“汚れた血”とは、
親や大人の世界から受け継いだ腐敗、
愛のない社会の病理、
そして現代を生きる若者たちの宿命です。
劇中の「愛のないセックスで死ぬ病気」もその比喩であり、
愛を失った社会の象徴です。
つまりタイトルは、「汚れた世界に生まれた若者たちの宿命」そのものを指している。
アレックスが流す血は、むしろその“汚れ”に抗うための純粋な血です。
彼の怪我は、汚れた時代に抵抗する者の代償として描かれています。
『汚れた血』は、詩的でありながら現代的、冷静でありながら情熱的な作品です。
感情を煽ることなく、映像そのものの構造で観る者に訴えかけてくる。
まるで監督自身が「干渉されずに、ただ見つめてほしい」と言っているように感じました。
レオス・カラックスは、自分自身の内面と映画史の亡霊を正面から受け止め、
その“血”を自らの作品に流し込んだ詩人だと思います。
評価: 92点
鑑賞方法: Blu-ray
赤や青のビビッドな色彩のドレスが一段と映える映像美が印象的
早稲田松竹さんにて「クレール・ドゥニ×レオス・カラックス×ハーマン・メルヴィル」特集上映中(24年10月5日~10月11日)。本日はアレックス3部作の第2弾『汚れた血』(1986)を初鑑賞。
同年代にデビューし、ともに「恐るべき子供たち」と称されたリュック・ベッソン監督はずっとフォローしておりましたが、カラックス監督は観念的で難解なのでずっと避け続けてましたが、知天命の年を過ぎ、食わず嫌い克服を目的に鑑賞。
“愛情を伴わない性交渉で感染するウイルス”が蔓延、ハレー彗星も近づき異常気象の近未来のパリ。閉塞的な日常に嫌気がさしたアレックス(演:ドニ・ラヴァン)が自殺した父親の多大な借金を返済するため、父親の旧友マルクたちとワクチンを盗み密売する計画に参加、そのなかでマルクの恋人アンナ(演:ジュリエット・ビノシュ)に出会い運命を感じる…と近未来SF、クライムアクション、そしてラブストーリーが混在するストーリー。
ゴダールの再来といわれるカラックス監督だけにセリフ回しが観念的で個人的には難解でしたが、寒々とした色調の統一とフィルムの質感のなかに、アンナの赤や青のビビッドな色彩のドレスが一段と映える映像美が印象的でしたね。
場内には公開当時まだ生まれてないだろう若いお客さんが多くて驚きました。
わたしも20代前後の若いときに本作を鑑賞したら、主人公に共感して全く違う感想だったでしょう。
本作同様、第3部作最後の『ポンヌフの恋人』(1991)も未配信で観れる機会がないのは残念ですね。
ドニ・ラヴァンの腹話術や疾走ダンスと人間飛行機が好き
赤の強調が激し過ぎ
モダンラブ
"Modern Love"
≪WE MEET LEOS CARAX!≫
フィルム・ノワールの世界観で進む物語に意外な展開と思いながらの序盤、描かれるのはアレックスの進展しない恋物語、カメラに追い抜かれながらも全力疾走するアレックス、そこで流れるデヴィッド・ボウイの『Modern Love』でのテンションは持続されずに『フランシス・ハ』での使い方とはまるで違うレオス・カラックスの厄介さ!?
若い頃のジュリエット・ビノシュの可愛さに驚かされながらも、ジュリー・デルピーの引けを取らない可愛さにまた驚かされ、追いかける恋と追わせる恋の狭間にいるようなアレックスの愛嬌があるようで無いような表情や態度に、若かりしドニ・ラヴァンには二人のミューズに増して可愛さが垣間見れる。
アレックスの実らない恋愛三部作、相手に死を、自分に死を、やっと実った愛情は強引すぎて死よりもバッドエンドな危うさを、ピエールもアレックスと変わらない、全てがバッドエンドなのに清々しい、全て全部がレオス・カラックスとしての分身である恋愛体質??
恐らく自分にとって世界最高級の映画なので、これまでに何度も見たしこ...
恐らく自分にとって世界最高級の映画なので、これまでに何度も見たしこれからも見続ける。「どこがいいの?」と聞かれれば全てが良いとしか答えようがない。完璧。初めて見たとき、あれは大阪のシネマヴェリテだったか?、しばらく座席から立てなかった。
映像だけなら、コダールやリンチやキューブリックを遥かに超えてるぞ‼️❓
ネオ・ヌーベルバーグ
観なければ、世界を見失う
遅れて来たヌーベルバーグ
ゴダールに近い感覚の余韻
物語には特段の意味はない
まして架空の伝染病も設定に過ぎない
特に意味はない
大事なのは映像と台詞と俳優の醸し出す独特の雰囲気
観はじめてギアが噛み合うまで時間が掛かるかも知れないが、クラッチを操作するうちにギアが噛み合い、あのバイクのように疾走しだす
夜の美しいシーンが素晴らしく豊穣
台詞も良く吟味された覚えたいフレーズばかりだ
何より主要な登場人物の配役と造形が見事
アンナが滑走路を手を広げて飛行機となって走るラストシーンは心を打つ名シーンだった
飛行機に乗る事を望んだアレックスの思いを込めて懸命に走る彼女の片頬は彼の血で汚れている
真っ赤な片頬は彼女の手で隠され、彼の死を認めないのだ
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