「「なぜ殺したの」という率直な問い」ミツバチのささやき TRINITY:The Righthanded Devilさんの映画レビュー(感想・評価)
「なぜ殺したの」という率直な問い
寡作で知られるスペインの巨匠ビクトル・エリセ監督の長編デビュー作にして代表作。
郊外に暮らす家族に起こる小さな波乱を少女の経験を主体に叙情豊かに描く。
巡回上映会で『フランケンシュタイン』(1931)を見たアナは一緒に映画を見た姉イサベルの嘘を真に受け、精霊と化した怪物がいると信じて村外れの廃屋に通うが、そこに現れたのは…。
舞台となった1940年頃のスペイン郊外の風景は一見、神々しいぐらいに静謐。
だが、国境の外のヨーロッパは第二次世界大戦の真っ只中。スペイン内戦終結後の空虚な安息を広大な景色が暗示しているようにも感じる。
大人どうしの会話の極端な少なさには内戦とその後の独裁がもたらした暗い世相が象徴されているが、整えられた畝に苗ひとつ育たない廃屋前の光景や、古井戸の廻りを徘徊するアナと焚き火を飛び越えるイサベルら子供の危うい遊びに将来への不安が投影されている気も。
劇中使用される『フランケンシュタイン』の怪物も、無垢な性質で生まれながら周囲の抑圧と無理解のせいで凶暴化していく。
治安部隊に射殺された逃亡兵の亡骸は、姉妹が映画を見たのと同じ集会場に安置され、アナがここで発した「なぜ殺したの」という率直な問いが観賞者の脳裏に重い記憶として蘇る。
監督の手掛けた長編4作のうち、ドキュメンタリーを除く残り3編はフランコ独裁政権がモチーフ。政権末期に製作された本作には検閲を回避しながらさまざまな暗喩が配されているらしい(テレサが燃やした手紙の切手にはフランコ総統の肖像画が使用されている)。
父フェルナンドの観察を通して批判的に語られるミツバチの営みだけでなく、大天使の名を持つ黒猫や奇跡という名のメイドなど、あらゆる事物に寓意性を求めてしまいそうになるのを少女アナのピュアな眼差しが忘却させる。
国内公開当時、淀川長治さんが絶賛した主役のアナ・トレントももちろん素晴らしいが、無垢な彼女との対比で「悪意なき邪悪さ」を自然体で演じたイサベル・テリェリアもあらためて見るとけっこう凄い。
妹をからかう悦びを子供らしい仕草で体現する一方で、血を口紅代わりにして鏡に見入る彼女の表情には末恐ろしさすら感じる。
A・トレントは本作以降も役者を続けV・エリセ監督の近作『瞳をとじて』(2023)にも出演しているが、I・テリェリアの方は調べても元子役以上の情報に辿り着かない。
演技の道を進まなかったんだとしたら、ちょっと残念。
祭壇画のような縦長の窓の前にアナが佇むラストシーンに、ペストを鎮圧したと信じられていたムリーリョの聖母のイメージが重なる。
NHK-BSにて鑑賞。
