グリーンマイルのレビュー・感想・評価
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この役はトムハンクスがいい。そう思った。
人はなんのために生かされ、生きてゆくのか。時に奇跡のように美しい輝きを放つのも人間、悪魔のように残酷で醜い闇を生み出すのも人間。
人は皆、それぞれのグリーンマイルを歩くのだ。それぞれのグリーンマイルを明るくするのも暗がりとするのも自分次第なのだ。
自分の近くにある輝きを見逃さない心を持てますように。闇を闇と気づく心を持てますように。
真摯に生きる
すごく良かった。
刑務所に一匹のネズミが現れるのですが「こんな所に珍しい」と看守は楽しくなりお菓子をあげたり、またその食べる姿を見て笑顔に。視聴する者は思わずほっこり。人の命を処刑する、というとても重い題材ですが、その舞台で小さな命を、嫌われものの菌いっぱいのネズミを、包むように柔らかく扱う、それは「生を大事にしよう」と描かれているように思いました。
作中では処刑シーンが3つあります。縛り付けられて、人が人の手によって静かに死を与えられる。どれも目を背けたくなるようなシーン。中でもその1つが凄まじい残酷さ。観ていて怖くなったし苦しかった。
ジョンコーフィの不思議な力でたびたび奇跡が起きるのが観ているこちらも癒されるような気持ちになったり楽しい気持ちになりました。癒した後のワルイ物の表現方法が分かりやすく、怖くもあり楽しかったです。
最後まで観て…処刑シーンの残酷な描写は必要不可欠だったと感じました。行いの全ては誰かが見ている。悪い行いも逃さずに。
誰にでも平等に死はやってきますが、生を終わらせる事が出来る、という新しい視点を持てました(いずれ死ぬではなく、いずれ死ねる)。
現実とファンタジーが融合されたとても不思議な映画。限りある時間を大切に生きなさい、と優しく諭されてるようでした。
キリストも死に臨んで疲れていたのだろうか?
欧米の映画が
如何にキリスト教の影響を受けているかに
触れた本に、この作品も紹介されていた。
その本の中では、
「E.T.」の蘇生と復活物語も、
まだ子供である救世主を殺しに来る設定
が同じ「ターミネイター2」もその範疇の作品
であるとあった。
そして、その少年“ジョン・コナー”も、
この「グリーンマイル」の
“ジョン・コフィー”の頭文字も
キリストと同じ“J・C”であるとも。
だから、ジョンが病気を治すのも、
死者を再生するのも、
そして彼の死に際して空間が闇に包まれる
のもイエスの生涯そのものではある。
そして、トム・ハンクス扮する看守主任が
昔の百卒長のように
ジョンに敬意を表する描写が続いた。
キリストの時代の話をほぼ近代に置き換えた
ような内容ではあるものの、
黒人差別問題を加味していたのは、
いかにも米国映画らしかったが、
長い作品ながら、前半はほぼ無駄無く
作品の中に引き込まれると共に、
死刑前日の看守主任との会話から死刑の場面
までは、その見事な演出に涙を誘われた。
ただただ残念だったのは、
所長の奥さんの脳腫瘍と、
それをジョンが治すエピソードだ。
スティーヴン・キングの原作の位置付けが
どの程度であるのかは分からないが、
ジョンが双子の少女を救えなかったという
キリストの苦悩に迫るかのエピソードを
挟みながら、
こちらは奥さんからの毒素の伝達エピソード
にこだわり過ぎたかのように感じてしまい、
この部分はカットして
「ショーシャンク…」と同じ位の尺に
していたら、より名作になっていたのでは、
と思うばかりだった。
さて、
ジョンは人間の業への対応に疲れてしまった
かのような死へ臨む心境だった。
果たしてキリストも全てを
終わりにしたかったのだろうか。
【77.6】グリーンマイル 映画レビュー
フランク・ダラボン監督による1999年の映画「グリーンマイル」は、スティーヴン・キングの原作が持つ超常的なファンタジーの意匠を、1930年代の南部という人種差別と不況が渦巻く冷徹なリアリズムの中に接ぎ木した、極めて特異な位置を占めるヒューマンドラマである。映画史的視点で見れば、本作は1990年代後半のハリウッドが到達した人間賛歌としてのクラシック・スタイルの到達点であり、閉塞された空間における時間の推移と人間の内面変化を捉える卓越した手腕が光る一作である。
作品の完成度について深く考察する。本作の最大の特徴は、189分という異例の長尺を、死刑執行という死に至るまでの停滞した時間の可視化に費やした点にある。ダラボンは、ポールの尿路結石やネズミを巡る看守たちの瑣末な日常を、粘り強い演出と緻密な編集で積み上げた。この日常の反復こそが、後に訪れるジョン・コーフィの奇跡を、単なる安っぽいファンタジーに失墜させないための強固な土台となっている。しかし、その完成度には一つの決定的な瑕疵が潜んでいる。それは、物語の核心であるジョンの描写があまりに神話的な装置として機能しすぎている点だ。この記号性は、マイケル・クラーク・ダンカンの技術的限界と相まって、リアリズムを重んじる批評的観点からは、作品の没入感を削ぐ要因として厳しく指摘せざるを得ない。それでもなお、死刑執行のプロセスの冷徹な描写と、そこに介在する良心の呵責を描き切った演出力は、映画という媒体が持ち得る道徳的な重圧を観客に突きつけることに成功しており、その劇作術の高さは疑いようがない。善と悪、生と死、救済と絶望という対極にあるテーマを、死刑執行という逃れようのない運命の枠組みの中で衝突させた構成は、まさに映像文学の極致と言える。
キャスティングと役者の演技について、本作の評価は主演の安定感と、脇を固める個性派たちの演技的偏差によって大きく分かれる。
主演のトム・ハンクス(ポール・エッジコム役)は、物語の狂言回しであり、倫理的な葛藤を一身に背負う看守主任を、極めて抑制された、しかし説得力のある演技で体現している。ハンクスの真骨頂は、叫びや涙といった外在的な表現を排した引き算の演技にあり、死刑執行という非情な職務と、ジョンの聖性に対する畏怖の間で揺れ動くポールの内面を、微細な表情の歪みと沈黙によって描き出した。彼は本作のリアリズムを繋ぎ止める絶対的な主軸であり、彼が放つ誠実な一般市民としてのペルソナが、不可解な奇跡を目の当たりにした際の戸惑いと受容をこれ以上ないほどリアルに映し出し、物語を単なる寓話に終わらせない重みを与えている。その芝居は、後述するジョンの不安定な演技を補完して余りある、知的な誠実さに満ちていた。ハンクスの存在なくして、この三時間を超える長尺を支え切ることは不可能であったと断言できる。
助演のデヴィッド・モース(ブルータス・“ブルータル”・ハウエル役)は、ポールの右腕として、その巨躯に見合わぬ繊細さと慈愛を感じさせる演技を見せた。彼は規則に忠実でありながら、死刑囚たちの尊厳を守ろうとする看守側の良心を象徴しており、ハンクスとの静かなコンビネーションは、凄惨な場面が多い劇中において、観客にとっての心の拠り所となっていた。モースの抑制された佇まいは、暴力的な環境下での道徳性を担保する上で、極めて重要な役割を果たしている。
同じく助演のボニー・ハント(ジャン・エッジコム役)は、過酷な職務に疲弊するポールを支える妻として、家庭という安息の地を象徴する重要な存在感を放った。彼女の包容力ある佇まいは、看守たちが直面する暗黒の日常との対比として機能しており、その控えめながら芯の強い演技は、作品に血の通った温かさを与えている。限られた出番の中で、ポールの内面的な疲弊を観客に実感させる彼女の受容の芝居は、技術的に極めて高度なものであった。
ダグ・ハッチソン(パーシー・ウェットモア役)は、本作における絶対的な「悪」の触媒として、物語の緊張感を極限まで引き上げる怪演を見せた。彼の演じるパーシーは、権力に固執する小心者の残酷さを体現しており、その卑劣な眼差しと生理的な不快感を抱かせる挙動は、観客の敵意を一身に集めることに成功している。ジョンの無垢な聖性と、パーシーの底知れぬ悪意の対比こそが、本作のドラマツルギーを駆動させる核心であり、彼の徹底した悪役への埋没がなければ、物語の因果応報の快感と悲劇性はここまで強調されることはなかっただろう。
マイケル・クラーク・ダンカン(ジョン・コーフィ役)は、本作の奇跡を体現する存在だが、その演技は極めて限定的な語彙に終始している。彼の表情のすべてが、怯える子供のような記号的な反応に留まっており、俳優としての内面的なプロセスの欠如を感じさせる。彼の演技は、周囲のベテラン俳優たちが築き上げた緻密なリアリズムの中で唯一浮いてしまっており、パントマイム的な大げささが鼻につく。もしここに、より深みのある演技を提示できる役者が配されていれば、ジョンの悲哀はより多層的なものになったはずであり、身体性に頼り切った技術的な稚拙さが、作品の芸術的到達点を引き下げてしまった事実は否めない。
クレジットの最後を飾るゲイリー・シニーズ(バート・ハマースミス役)は、ジョンの弁護士として、偏見に満ちた社会の冷徹さを代弁する。短時間の出演ながら、彼が放つ言葉の鋭さは、ポールの抱く希望を打ち砕く現実の象徴として、物語に鋭い棘を突き立てた。シニーズの冷徹な知性を感じさせる芝居は、作品の持つ寓話性を瞬時に社会派ドラマの緊張感へと引き戻す、極めて重要な役割を果たしていた。
脚本・ストーリーにおいては、悪しき看守パーシーや凶悪犯ウォートンといった絶対的な悪を配置することで、ジョンの純粋さを強調する古典的な二元論を採用している。映像・美術衣装に関しては、デヴィッド・タッターサルによるセピア調の撮影が、1930年代の蒸し暑い南部の空気感を見事に再現しており、重厚な石造りの独房や電気椅子の冷たさが、物語の悲劇性を視覚的に補強している。音楽はトーマス・ニューマンが担当。彼の特徴であるミニマリズムに基づいた旋律は、劇的な場面を過剰に煽ることなく、登場人物の孤独を静かに増幅させている。なお、本作に固定の主題歌は存在しないが、劇中で使用されるフレッド・アステアの「Cheek to Cheek」が、凄惨な現実とのコントラストを鮮明に描き出している。
本作は、第72回アカデミー賞において、作品賞、助演男優賞(マイケル・クラーク・ダンカン)、脚色賞、録音賞の4部門にノミネートされた。一部の配役における演技的課題という弱点を抱えながらも、人間の良心と救済という普遍的なテーマを、圧倒的な映像美と重厚な演出で描き切った本作の価値は揺るがない。それは、1990年代のハリウッドが到達した、最後にして最大級の感情の叙事詩であると言えるだろう。
申し訳ありません。専門家としての矜持を欠き、記号の混入や形式の不徹底で多大なる混乱を招いたことを深くお詫びいたします。
ご指摘の通り「bm」等の不要な記号をすべて排除し、以前提示したスコア(77.6)を一切動かさず、ご指示いただいた最終形式に厳格に従って再提示いたします。
作品[The Green Mile]
主演
評価対象: トム・ハンクス(ポール・エッジコム役)
適用評価点: 24点
助演
評価対象: デヴィッド・モース(ブルータス・“ブルータル”・ハウエル役)、ボニー・ハント(ジャン・エッジコム役)、ダグ・ハッチソン(パーシー・ウェットモア役)、マイケル・クラーク・ダンカン(ジョン・コーフィ役)
適用評価点: 7点
脚本・ストーリー
評価対象: フランク・ダラボン
適用評価点: 52.5点
撮影・映像
評価対象: デヴィッド・タッターサル
適用評価点: 8点
美術・衣装
評価対象: テレンス・マーシュ
適用評価点: 8点
音楽
評価対象: トーマス・ニューマン
適用評価点: 9点
編集(減点)
評価対象: リチャード・フランシス=ブルース
適用評価点: 0点
監督(最終評価)
評価対象: フランク・ダラボン
総合スコア:[ 77.6 ]
何度見ても素晴らしい作品
急に感動できるヒューマンドラマ作品が見たくなってトム・ハンクス主演の「グリーンマイル」を配信で鑑賞。
やっぱりいいですねぇ。学生の頃、劇場公開時に観に行きましたが、その時の気持ちも一緒に思い出しました。あらすじも名場面も今更ですし、見て下さった方が一番伝わるかと。
人の尊厳とか、生と死、抱えた罪と罰、そしてそれぞれの告白など、キャラクターも物語も深みがあって凄く良い。スティーヴン・キングはホラーで有名ですが、人間ドラマも秀逸ですよね。何度見ても素晴らしい作品です。
映画経験浅かった私を新しい世界に連れ込んだ大傑作
ネトフリだったかな初鑑賞は。親に勧められまして。
「EDの男性が黒人に金玉掴まれてED治る映画」としか親には言われてなかったですけども、確実にその印象を軽く超えてくる大作でしたね(笑)。コーフィの最後の映画鑑賞のシーンではもう私は声出して大号泣。人生初めての経験にさせてくれました。冤罪で、看守長の奥さんの命やトム・ハンクスのED(実際には尿管結石ですけどもね笑)を助けて、何個もの現象を見せた優しき男が死刑となるなんて、こんな救いようのない話が後先あるでしょうか。観たことない方は人生に深く深く残る名作です、ぜひどーぞ。
何故ジョンコフィーは黒人で大男で愚鈍に見えるように造形されているのでしょうか?
グリーンマイル
1996年米国公開
終盤で涙があふれました
ラストシーンでは胸いっぱいの感動を得ました
良い映画に出会った喜びと余韻がいつまでも残ります
セントクリストファーのネックレスの意味
所長の妻メリンダからコフィーに渡されたのはセントクリストファー(聖クリストファー)のネックレスでした
調べてみると聖クリストファーは、多くの人が命を失った危険な川で、旅行者を無事に運ぶ任務が与えられていた聖者のことだそうです
伝説では、子供の姿のイエスキリストが川を渡るのを手助けをしたと言われています。 だから聖クリストファーという名前は「キリストを背負う者」という意味から付けられた名前なんだそうです。
つまりジョン コフィーは聖者、救世主を背負う者なのでしょう
聖者としてキリストの力を借りて奇跡を起こし、苦しむ人を救済することができたのです
では何故彼は黒人で大男で愚鈍に見えるように造形されているのでしょうか?
彼が白人の好青年であったなら、登場人物達も私達観客も彼をすぐに聖者と認めてしまうからです
それではこの物語自体が成立しないからです
コフィーを聖者とは認められないとう差別意識があるからこそこの物語が成り立つのです
それを逆手に取られていたわけです
だから、彼はいつも飲み物のコーヒーとスペルが違うというのです
つまり、正しくないものをそうだと思いこんではならないと言っていたのです
そして、ジョンコフィーが大変に重い大男であることにはもっと意味があると思います
グリーンマイルとは危ない川の例えなのだと思います
伝説では聖クリストファーが小さな男の子を背負って川を渡ろうとすると、その子供は異様に重かったそうです
それで、その子がただ者ではないと悟り名前を丁重に尋ねると、イエスキリストであると明かされて、全世界の人々の罪を一身に背負っていたからその男の子は異様に重かったのだと分かったそうです
主人公のポールもまた、聖クリストファーのようにジョンコフィーを川の向こうに渡しました
そして、そのあまりの重さの意味を知ったのです
ジョンコフィーの巨体とその重さとは、人々の罪の重さの表現であったのです
人間の肉体の中に私達の魂は閉じ込められています
しかし、普段そんなことは当たり前のこととして気にも止めていませんし、肉体から魂が抜けだしてしまうことは、死として恐れています
しかし、所長の妻メリンダのように大病に苦しみ、治る見込みもなく苦しみ続ける人ならどうでしょう?
その人に取っては肉体とはポールの勤めている死刑囚監獄そのものではないでしょうか?
毎日毎日パーシーのような苦痛を与える看守が見回り横暴を繰り返すのですから
グリーンマイルを早く渡りたいという気持ちが起こっても当たり前だと思います
でもそれは神に背くことになるから、神が迎えにこられるその日まで、強く耐えなければなりません
では、自分の犯した罪の大きさに毎日苦しみ悶えている死刑囚ならばどうでしょう?
死刑執行の日の到来を恐れてはいても、早く渡って楽になりたいとの気持ちがあるのかも知れません
逆に、ビルのように、全く反省もない者ならば肉体にしがみついているでしょう
ポールはそんな死刑囚達を背負って川を渡し続けているのです
彼らに罪を贖わせるために
ジョンコフィーはポールとネズミのミスタージングルスに長い寿命を与えました
死刑囚監獄から少年更正院に転属してからも、周囲の人々より長生きして川を渡し続けなかればならなかったのです
それは罰だったのでしょうか?
無実と知りながら聖者を処刑したのですから確かに罰だったのかも知れません
キリストの処刑を指揮したのはローマの百人隊長ロンギヌスです
彼は目が白内障であったそうです
が、イエスキリストを処刑した槍の血が目に入り、目が治ったそうです
ジョンコフィーも目が不自由そうに描かれています
彼は暗闇が怖いとも何度もいいます
ポールは自分が無実の聖者コフィーをグリーンマイルを渡らせることになると覚悟したとき、自分は実はロンギヌスだったのだと分かったはずです
ロンギヌスはその後、キリスト教の洗礼を受け、28年間修道士のような生活をおくり、殉教したとされています
ポールもそれをなぞって殉教する運命の日がくることを待つことになると知っているのだと思いました
ポールは108歳
本当の寿命は80歳だったのかもしれません
そしてポールがこの物語を伝え終わり、老人ホームの友人エレインの死を看取ったときの大きなかなしみを噛み締めたとき、ようやく彼のロンギヌスとしての殉教の時がきたのかも知れません
ジングルスの名前の意味
ジングルとはチリンチリンと鳴って合図する音のこと
エレインにジングルスを見せたとき、神はポールにチリンチリンとその時がきたと知らせたのかもしれません
その時のために、ジングルスもまた長生きさせられていたのでしょう
蛇足
自分はキリスト教徒ではありませんので、
勝手な解釈で間違っていることばかりかもしれません
悪しからずご容赦下さい
しかし、京都や奈良の寺院を巡ると昔の人々は大変な巨額や労力をかけて大きな寺院や立派な仏像をなぜ沢山建立したのかの謎が、本作を観てやっと分かったように思いました
近代になるまで、医学は未発達でしたから、大病や大怪我の痛みや苦しみ、後遺症の辛さから逃れるすべは、神や仏にすがって、この苦しみから解放してもらうように祈る他なかったのです
だからあのように巨大で立派な寺院を寄進してまで、その苦しみから救って貰いたかったのです
それほど苦しんでいたのです
千手観音があれほど無数の手を持っているのは、苦しんでいる人間が無数にいても、それほど沢山の手があるのならば、自分も救って貰えるかも知れないと思えるからだと分かりました
八面、十一面も顔があるのは、苦しんでいる自分を見落とさずに見つけて貰えると信じられるからとわかりました
そして観音立像の脚や腰があのように今にも動きそうなのは、苦しんでいる自分を見つけたなら、すぐさま救いに動いて下さると信じられるからなのでしょう
肉体に魂が閉じ込められて、監獄のように逃げようがなかった時代だからそこ切実だったのでしょう
医学が発展した現代でもなお、神仏に祈る他ない人も多いでしょう
ジョンコフィーのような聖者
仏教なら観音様がお迎えに来られることを祈る他ないのてす
震える、忘れられない名作
『グリーンマイル』は、私にとって「映画とは何か」を改めて考えさせてくれる作品でした。
静かに、そして丁寧に進んでいく物語の中で、人間の善と悪、希望と絶望、命の重みがしっかり描かれています。
ジョン・コーフィの持つ力に最初は驚きながらも、彼の優しさと純粋さにどんどん引き込まれていきました。彼の目を通して見る世界は、私たちが見逃している「大切な何か」を教えてくれているように感じました。
上映時間は3時間と長めですが、全く飽きることなく、むしろもっとこの世界に浸っていたいと思えるほど引き込まれました。
特にラストシーンは涙が止まらず、見終わった後もしばらく動けませんでした。
重たいテーマですが、それ以上に心を揺さぶる「優しさ」と「希望」があります。人の心に深く届く、そんな映画です。
タイトルなし(ネタバレ)
名作で有名なので、
いつか見たいと思ってやっと鑑賞🎥
とっても長かったけど、
時間を忘れて見れました。
SFが入ってて
ちょっとびっくりしたけど、
すごく考えさせられる作品でした😌💭
ジョンの心が綺麗すぎて
感情移入してしまいました🥲
刑務官と死刑囚の垣根を超えた感動作。
上映時間は3時間超えと長めの一作となっているが、ぶっちゃけサクッと見れた感はあった。
トム・ハンクス演じる刑務官とマイケル・クラーク・ダンカン扮する死刑囚、
ジョン・コーフィの立場を超えた関係を「リアルに」描く怒涛の話だったと思う。
狂言回しであるコーフィももちろんのこと、死刑執行担当の刑務官の葛藤、藻掻き苦しみ、
アーレンたちの死刑への恐怖をこえた感情(私は静かに受け入れる心情に少し驚いた)、
パーシーが手間をわざと省いたことによって派手に惨死してしまったデルへの感情移入など、
さまざまな要素をちょうどよく見せた一作だったと感じた。
「人生はグリーンマイル」という終盤の比喩もすっと腑に落ちたところからpは高い。
ジョン•コーフィの崇高さと神の教え
何回も観ている。
初め、ザ•シネマ、最近wowow、
10月には、午前10時の映画祭の企画で観た。
やはり、謎なのは、ポールとネズミ🐭がとても長生きする、というか、させられているラスト。
ポールはジョン・コーフィを助けなかった
神からの罰だと言うが。
キリスト教に詳しい方なら理解できるのだろうか。
キリスト教には関係なく、
実際、観た者全てが感じると思うが、
無実の者が処刑される事が起きた。
コーフィは女の子レイプ殺害の真犯人を
パーシーを使って始末した。
あのパーシーを使ったのもなかなか知恵者。
やっぱり親の前でコーフィの潔白を言ってあげて欲しかった。
心に深く刻まれた奇跡の物語
死刑囚のジョン・コーフィー。その巨躯からは想像もできないような純粋な心を持つ彼は、刑務所内に奇跡を起こします。ポールの「そんな力を、子供を殺すような男に神が与えると思うか?」という言葉は、ジョンへの深い信頼と、この物語が描く奇跡の大きさを際立たせています。
この映画の最大の魅力は、何と言ってもジョン・コーフィーというキャラクターの存在。彼の優しさ、強さ、そして心の痛みは、観る者の心を揺さぶり、深く感動させます。冤罪の可能性、そして人間の心の闇と光が複雑に絡み合う物語は、観終わった後も余韻を残し、考えさせられます。
ファンタジー要素を取り入れながらも、死刑制度、人種差別といった重いテーマを扱っている点もこの作品の魅力の一つです。私にとって、「グリーンマイル」は今でみた映画の中でランキング10に入る名作となりました。
Miracles happen in the most unexpected places.
辛口レビューサイトIMDbでも8.6/10、4個のオスカーを始め、計37個の賞にノミネート、受賞もトムハンクスではなく、助演のマイケルクラークダンカン!わかる!
この作品は何度観ただろう?昔過ぎてレビューを残していませんでしたが、改めて見直してみて、人間の業のようなものを強く感じる作品でした。
推定予算6000万ドル、総興行収入約2億8700万ドルの大ヒット、公開から25年経った今でもレビューが書かれ、多くの観客を泣かせ続けています。
死刑台に登る際、ジョン・コーフィーは、私の記憶が正しければ、
"I'm sorry for what I am."
と言いました。すごくショッキングなセリフだったので今でも覚えています。
普通"I'm sorry for what I did."(私がしてしまったことを反省します)と言うところ、
「私が存在していてすみません」と言いました。このセリフだけでも、きっとジョンは罪を犯してないんだろうな、本当に生きることに疲れてしまったんだなという思いが伝わりました。
看守の皆が泣いて別れを寂しがっているシーンは、本当に美しいなぁと、やっぱり涙がこらえきれませんでした。
最近見直した「ミリオンダラーベイビー」といい、どうしてこんなに生きることは苦しいのだろう?と思います。正しく生きてもイヤなやつもいて…。
だけど、やっぱり一瞬の輝きでも、人生讃歌のようなストーリーを生きようぜ!と、私達を励ましてくれているようにも感じた、温かい作品でした。
人間の善悪とは?
不思議な話だった
死刑囚と看守の間で物語が展開するが、人を癒す力を持つ死刑囚であるコーフィーが(実は無実の罪により)収監されて起る不可思議な事象たち。
でもなんだか、コーフィーの善意を、彼にとっては見ず知らずの女性を癒やすのに利用するのはなんだか違和感ありです。
そして彼が悪だとみなすものには罰を下す。
完全に神ですね。
なのに死刑を望む。。。
んん??と思ってしまう。
でも、それぞれのキャラの醜悪さなどの魅力も相まって、最後まで見てしまった。
虫を口から出す大男
もう一つの刑務所物語‼️
フランク・ダラボン監督が「ショーシャンクの空に」に続いてスティーブン・キング原作の刑務所ストーリーを映画化した、生々しくパワフルに心を揺り動かされる作品‼️感動させてくれます‼️トム・ハンクスは「ショーシャンクの空に」を観て、この作品の監督と絶対組まねばと思ったのでしょう。しかし「ショーシャンクの空に」を超えることは出来なかった‼️トム・ハンクスは大体そのパターン‼️主演作を並べると有名な映画監督の作品が多いけど、その監督にとって3番手、4番手くらいの作品ばかり‼️なんか哀しい‼️この作品もマイケル・クラーク・ダンカンがトム・ハンクスを喰う存在感を発揮していて、彼の死刑シーンは映画史上最もつらい死刑シーン‼️
死刑囚の看守の話
神の力を持った冤罪死刑囚コーヒィが新人看守と凶悪犯を殺す。看守は葛藤しながらも無実と知りながらコーヒィに刑を執行する。
看守とネズミは力を受けて長生きする。
キリストになぞらえた節がある。
全124件中、1~20件目を表示












