マスター・アンド・コマンダーのレビュー・感想・評価
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Complimenting Your Intelligence - A Rare Gem
Weir presents a narrative that can be deconstructed as a Hollywood epic adventure film while putting us on deck with a crew in a way that feels convincingly like we are in real history. Crowe plays a captain on a royal mission at odds with his crew, and we muse on Western culture's origins in the Commonwealth realms of Europe breaking off into New World settlements. Swashbuckling dialogue ahoy.
【75.8】マスター・アンド・コマンダー 映画レビュー
映画史における海洋冒険映画の系譜を遡れば、1930年代の『戦艦バウンティ号の叛乱』から近年のファンタジー色豊かな『パイレーツ・オブ・カリビアン』まで、海は常にスペクタクルとロマンの舞台であった。しかし、2003年にピーター・ウィアー監督が世に送り出した『マスター・アンド・コマンダー』は、それら過去の遺産とは一線を画す「徹底した考証によるリアリズム」という一点において、ジャンルの極北に位置する金字塔である。パトリック・オブライアンの小説を原作とし、ナポレオン戦争下の1805年を舞台に、英国海軍の帆船サプライズ号とフランスの新型艦アケロン号の追撃劇を描いた本作は、第76回アカデミー賞において作品賞を含む10部門にノミネートされ、撮影賞と音響編集賞を受賞した。映画全史という広大なパースペクティブにおいて相対的に本作を捉え直すと、その評価は「完璧な再現」という称賛と同時に、物語の「保守的な構築」という二面性に集約される。
作品の完成度について深く考察すると、本作の最大の特徴は「映画を歴史資料化する」ほどの執念的な再現性にある。ピーター・ウィアーは、CGが一般化した時代にあえて実物大の帆船を建造し、実際に海に浮かべて撮影を敢行した。この選択がもたらしたのは、単なる視覚的な迫力ではない。船という閉鎖空間における木材の軋み、湿気、階級社会の重圧、そして死と隣り合わせの日常という、19世紀の海軍生活を体感させる「匂い」の再現である。編集においても、戦闘の喧騒と南太平洋の静寂を対比させることで、観客をサプライズ号の乗組員の一員へと変貌させる。しかし、この「正しさ」への固執は、映画的な飛躍やカタルシスを抑制する結果も招いている。かつてのデヴィッド・リーンが『アラビアのロレンス』で描いたような、風景を心理描写へと昇華させる劇的なダイナミズムに比べると、本作は極めて職人的で、工芸品的な精巧さに重きを置いた完成度であると言える。映画的な嘘を排除しすぎた結果、物語の起伏が資料的な正確さに埋没している点は、純粋なエンターテインメント作品として見た場合には評価が分かれるところであろう。全史を通じても、これほどまでに「娯楽」を「記録」の域まで高めた作品は類を見ないが、それは同時に映画が持つ奔放な熱量を奪う諸刃の剣ともなっている。
監督・演出・編集の観点では、ピーター・ウィアーの抑制の効いた演出が光る。彼は異文化や特殊環境における人間の順応を描くことを得意としてきたが、本作では軍艦という浮遊する階級組織を一つの社会として描き切った。脚本・ストーリーは、敵艦を追うという単純なプロットに、博物学的な知的好奇心と軍事的な規律の対立を織り交ぜており、物語に厚みを持たせている。映像・美術衣装は、Wikipedia等の記録にもある通り、ボタン一つに至るまで当時の様式を再現しており、その徹底ぶりはもはや狂気的ですらある。
役者の演技については、主演のラッセル・クロウの存在が不可欠である。ジャック・オーブリー艦長を演じた彼は、当時『グラディエーター』で確立した英雄像をさらに深め、部下から「ラッキー・ジャック」と慕われるカリスマ性と、勝利のために非情な決断を下す指揮官の孤独を完璧に体現した。クロウの演技は、甲板を歩く足取り一つに19世紀の英国海軍の伝統を宿らせており、特筆すべきはその肉体的な説得力である。彼はバイオリンを奏でる繊細さと、白兵戦で剣を振るう荒々しさを同居させ、理想のリーダーシップという概念に血肉を通わせた。彼が放つ圧倒的な「艦長としての重圧」は、映画全体に規律という名の緊張感を与え続けており、それは現代の俳優が容易に模倣できるものではない。単なる役作りを超え、当時の海軍将校の精神性そのものをスクリーンに刻み込んだ彼の演技は、本作を単なるアクション映画から一流の人間ドラマへと昇華させた最大の要因である。
助演のスティーヴン・マチュリン役を演じたポール・ベタニーは、軍医であり博物学者という、暴力の世界における「理性」を象徴する難役を演じきった。オーブリーの親友でありながら、時にその軍国主義を鋭く批判する彼は、観客の視座を相対化させる重要な役割を担っている。ベタニーの静謐な佇まいと、ガラパゴス諸島で見せる子供のような好奇心に満ちた眼差しは、血生臭い戦闘が続く本作に知的な安らぎと哲学的深みを与えており、助演として完璧な調和を見せている。
続いて、トーマス・パリングス役のジェームズ・ダーシーは、若き士官としての規律と精神的な脆さを繊細に表現した。彼の端正な顔立ちが戦火の中で汚れ、苦悩に歪んでいく過程は、本作における数少ない「青春の喪失」というドラマティックな側面を支えている。軍隊という巨大なシステムがいかに個人の内面を削り取り、再構築していくかという残酷な側面を、彼はその震える視線と佇まいだけで雄弁に物語っており、物語の悲劇性を深める一翼を担った。
さらに、バレット・ボンデン役のビリー・ボイドも高く評価されるべきだ。『ロード・オブ・ザ・リング』の陽気な印象を完全に排し、艦長の影として機能する忠実な操舵手を、装飾を排した無骨な演技で務め上げた。彼のプロフェッショナルな佇まいは、サプライズ号が単なる撮影セットではなく、実際に機能する軍艦であることを観客に信じ込ませる。職人気質の船乗りとしてのリアリティを映画に付与し、作品の解像度を底上げすることに成功している。
クレジットの最後の方に登場する重要な脇役、5人目として挙げるべきは、キリック役のデヴィッド・スレルフォールである。彼の演じる艦長専属従僕は、士官たちの高潔なドラマの裏側にある「卑近な現実」を司る象徴的な存在だ。不機嫌そうに愚痴をこぼしながらも、揺れる船内で完璧に食事を用意する彼の振る舞いは、過酷な航海における唯一の人間味あるユーモアとして機能している。この「生活の匂い」こそが、本作のリアリズムを単なる学術的な再現に留めない、生きた血を通わせる要素となった。
音楽については、特定の主題歌という形ではないが、ルイジ・ボッケリーニの「マドリードの帰営信号(夜警)」や、ヨハン・セバスチャン・バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」といった既存のクラシック音楽が、実質的なスコアとして機能している。これらはオーブリーとマチュリンの精神的連帯を示す重要な演出装置であり、野蛮な海に文明の灯を灯す役割を果たしている。劇中で二人が楽器を奏でるシーンは、本作における最も美しい瞬間の一つであり、言葉による説明を排して二人の絆を完璧に表現している。
総括すれば、本作は映画全史において「再現の美学」を極めた一品であり、映画が現実を模倣するのではなく、過去そのものを召喚しようとした稀有な例である。その完璧主義ゆえに、現代的なエンターテインメントとしては重厚すぎるかもしれないが、歴史を肌で感じるための映画としては、今なお右に出るものはない。ピーター・ウィアーという至高の職人が作り上げたこの帆船は、今後も色褪せることなく映画の海を航海し続けるだろう。
映画史における冷徹な相対評価に基づき、ご指摘の懸念点を踏まえた採点根拠を詳述します。
採点根拠の分析
1. 助演の評価(A9→B8への下方修正)
当初の評価ではアンサンブルの調和を重視しましたが、映画全史における「助演」の定義(例:『ゴッドファーザー』のロバート・デュヴァルや『ダークナイト』のヒース・レジャーのような、作品の格を一段引き上げる圧倒的な個の力)と相対化した場合、本作の助演陣はあくまで「世界観の構築を助ける歯車」として優秀であるに留まります。ポール・ベタニーを除けば、個々の演技が映画史を塗り替えるほどの衝撃を持つわけではないため、リアリズムへの貢献度を加味したB8が妥当なラインとなります。
2. 編集の評価(リー・スミス:+1の根拠)
編集の加点理由は、本作が「2時間超の閉鎖空間での物語」でありながら、観客に退屈を感じさせない「静と動のリズム管理」に成功している点にあります。特にアケロン号との最初の遭遇戦におけるカット割りは、混乱を可視化しつつ戦況を把握させる論理性を持ち合わせています。ただし、映画史を揺るがすような革新的な編集技法(例:『勝手にしやがれ』のジャンプカットや『地獄の黙示録』のオーバーラップなど)は存在しないため、職人芸としての堅実な仕事を評価し、微増の+1としています。
3. 映画全史における相対的な立ち位置
本作は「歴史の完璧な模写」としてはSランクですが、「映画芸術としての独創性・革新性」においては、古典の名作(黒澤明やオーソン・ウェルズら)と比較すると保守的と言わざるを得ません。脚本がB6(平均点)に留まるのは、ストーリーが単線的であり、文学的な深みよりも軍事資料的な正確さに寄っているためです。
作品[Master and Commander: The Far Side of the World]
主演
評価対象: ラッセル・クロウ
適用評価点: A9
(評価点9 × 乗数3 = 27)
助演
評価対象: ポール・ベタニー、ジェームズ・ダーシー、ビリー・ボイド、デヴィッド・スレルフォール
適用評価点: B8
(評価点8 × 乗数1 = 8)
脚本・ストーリー
評価対象: ピーター・ウィアー、ジョン・コリー
適用評価点: B6
(評価点6 × 乗数7 = 42)
撮影・映像
評価対象: ラッセル・ボイド
適用評価点: S10
(評価点10 × 乗数1 = 10)
美術・衣装
評価対象: ウィリアム・サンデル、ウェンディ・ストーテ
適用評価点: S10
(評価点10 × 乗数1 = 10)
音楽
評価対象: イヴァ・デイヴィス、クリストファー・ゴードン、リチャード・トニェッティ
適用評価点: B8
(評価点8 × 乗数1 = 8)
編集(加点減点)
評価対象: リー・スミス
適用評価点: +1
(小計105 + 1 = 106)
監督(最終評価)
評価対象: ピーター・ウィアー
総合スコア:[75.8]
ペリー来航より少し前の時代の物語。
ナポレオン時代の英国と仏国との海戦を描く。
イギリス軍の艦長ジャック・オーブリーが率いる「サプライズ号」が、フランスの武装船「アケローン号」を追撃する。
敵艦は人数も装備も性能もこちらに勝っており、圧倒的に不利な戦いであった。
しかも、嵐に遭い、また根拠の無い噂によって貴重な船員を次々と失っていく。
海を何ヶ月にも渡って彷徨ううちに遠くブラジルや南氷洋、あるいはガラパゴス諸島にまで足を伸ばす大遠征。
場面としては敵艦との決戦のときよりも、嵐の場面が一番の印象に残るシーンだった。
帆船だけにすぐに沈んでしまいそうな分、余計に(笑)。
立ち寄ったガラパゴス諸島での自然界の営みが「擬態」という作戦を船長に閃かせた。
日本にペリー提督が来航するのはこの約50年後の1853年である。
その頃には海の主役は「帆船」から「蒸気船」へと取って代わる。
言わば、この時代はナポレオンという風雲児の登場で「歴史が大きく進歩」した時代でもあった。
コロンブスが新大陸を発見した時代からの主役が新たな主役と交代する最後の活躍を再現したともいえる作品だ。
海洋冒険活劇!
指揮官の哲学
微妙です
見どころはピピン!ゴンドールの攻防戦をさぼって、こんな海にまで来てたのね
これはキャラの予習が必要な映画だと思う。字幕に頼っていると、誰が誰だかわからなくなります。ウォーリーが流されてしまった!と言われても、「誰?それ」なんて考えていると既に置いてけぼりを食らっちゃいます。翻訳にはほとんど名前が出てこないので英語にもガマンして名前を聞き取らなくてはならない。。。辛いところだ。
全体的には細かい描写へのこだわりも見られ、ツッコミは入れさせないぞ!といった製作側の意図が窺える。しかし、中盤はのんびりとガラパゴス諸島での観光旅行気分になり、ダーウィンが登場するのはもっと先ということも考えると時代考証はあっているのだろうか?などとつまらぬ疑問が頭をよぎる。また、野球も出てきたような気がするが、これもそうだ。細かいところにこだわりがあるものの、はてなマークが出てきましたね。
しかし、昆虫のナナフシをヒントに上手くラストにからめ、迫力ある戦闘を楽しませてくれました。☆はちょっと甘め。
【2004年2月映画館にて】
操作性のよい船への愛
映像は素晴らしいが…
映像は迫力とリアリティがあって素晴らしいのですが、ストーリーはあまり印象に残らなかったです。
登場人物が多い割にあまり個性を感じません。オーブリー艦長の凄さもいまいち伝わってこなかったです。
良かったのはマチュリン船医と、今作の癒しブレイクニーくん。
気になったのは、船員の死や負傷に物語における意味や原因に深みがないところ。
特に最初の死には不快感しかなかったです。更に次の負傷の原因が雑すぎて驚きました。リアリティを求めた結果でしょうか…
オーブリーとマチュリンの意見の対立や関係性は良かったですが、少し展開がだれているようにも思いました。
ラストはおっ、と思わせる展開があって良かったです。
ただ、ガラパゴス諸島にもちゃんと行ってあげてほしいですね。
ナポレオン時代の海での戦い
この艦がわが祖国。
圧巻の戦闘シーン
素晴らしいリアリティ
まず、この映画は、パトリック・オブライアンによる原作小説ファンのために作られたものです。そう言い切っても良いでしょう。
帆走軍艦の時代を舞台にした小説は、欧米では一ジャンルを形成しており、日本で言えば時代小説のようなものです。それなりにこの手の小説を読み、当時の英国海軍や帆船の知識があれば、楽しめる内容ではあると思いますが、原作の少しクセのある設定を知らないといろいろと不満を感じるであろう作品となっています。
帆走軍艦の時代小説は、日本でもホーンブロワーシリーズなどいくつも訳出されています。それらの作品を読んだ感想では、痛快時代劇といったものが多く、日本の時代小説の秀作のような深みはありません。
しかし、この パトリック・オブライアンによる原作シリーズは、当時の音楽、学術などの詳細な知識や、小説としての質の高さから欧米で絶大な人気を得ているものです。
その小説の世界を本物の帆走軍艦を用いて再現したところに、この映画の価値があるのであって、その他の観点からの評価は、はっきり言って意味がありません。
今見ることができない帆走軍艦のディテールや、聴くことのできない大砲の玉が飛び過ぎていく音など、小説を読み想像するしかなかったものを実感する。そのためにこの映画は作られたのです。
補足すると、本作品は、小説の設定や一部の筋を使用して、新しい結末を作っています。原作ファンにとっても満足のいくストーリーであると感じました。
さらに補足すると、原作のマチュリンは、トカゲをイメージする顔をした小男であり、ポール・ベタニーのような長身ハンサムではありません。しかし、不満を感じさせない出来です。
最後に、原作シリーズの1作目マスター・アンド・コマンダーを是非お読みください。(本作品の原作は10作目です。)ラッセル・クロウも本作品に出演するためにシリーズ全作を読んだそうですから遅くはありません。
予想と違う~。
観に行く前の予想と、観に行った後の感想が、これほどかけ離れた物になるとは正直考えていませんでした。いや、作品のデキがどうこうというレベルではなく、予想していたジャンルの映画ではなかったという点でなのですが…。
もっと派手な“海洋スペクタクル”物かと思っていたのですが、何だかすごく“地味な”印象を受けました。宣伝でやっていたほど、少年たちが話しのメインになるわけでもなく、画面も何となく全体的に暗い感じがして、期待していたワクワク感とはまったく異なるテイストの映画でした。何よりもガラパゴス諸島が出て来た辺りから、作風がまるで「野生の王国」…今風で言うと「どうぶつ奇想天外」か?と思わずツッコミをいれたくなるような展開で、この辺でかなりテンションが下がってしまいました(こういう展開がお好きな方もいらっしゃるでしょうが…)。ですから、せっかくクライマックスの海戦シーンが始まったというのにもうその頃にはかなり疲れておりまして、あまりのめり込むことが出来ませんでした。ラストシーンにしても何か釈然としない(これはご覧になってから、お考えください)ものが残りました。テンポが悪いというか、長すぎるというか、少なくとも観終わった後に“スカッ”とした感じを期待していた吾輩にとっては、何とも消化不良のような作品でした。
「いまを生きる」「グリーン・カード」は好きなのですが、前作「トゥルーマン・ショー」でも今回のような感想をもってしまった吾輩は、ひょっとしてピーター・ウィアー作品とは相性が悪いのかも…?
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