おくびょう鳥が歌うほうへのレビュー・感想・評価
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非線形の語り口で、意識の揺らぎと記憶の混乱を体感させる
若気の至りで飲み過ぎて記憶を失くした経験がある人なら、主人公ロナの動揺や後悔が痛いほどわかる(自分もそう)。意識が飛んでいる間に一緒にいた人にひどい迷惑をかけたりしなかったかと、二日酔いでぼんやりした頭の中でかすかな記憶の断片を拾い集めるようにして思い出そうとする。
本作における非線形の語り口(現在と過去を行ったり来たりする)は、観る人によっては分かりづらいと感じるかもしれない。推測するに、ロナが酩酊して意識を飛ばした後で焦って思い出そうとしたり、断酒プログラムの過程で過去の記憶がフラッシュバックしたりするのを、観客にも体感してもらう狙いで作り手はこの構成を選択したのだろう。依存症で自制がきかなくなるほどの精神状態なら、意識も記憶も相当に混乱するはず。とはいえ、髪全体を染めたブルーが月日とともに伸びる地毛に追いやられていくので、毛先のブルーの残り具合が時期を知る目安になるよう工夫されている。
今作でプロデュースも兼ねたシアーシャ・ローナンの演技は変わらず素晴らしい。冒頭のバーのシーンでは、酩酊してカウンターの上に座ったロナが床に落ちる姿がワンショットで撮影されていて、体張ってるな!と驚く(彼女ほどのスター女優でこの動きを撮影するなら怪我をさせないよう、映らない位置にクッションを敷いてまず落ちる演技を撮り、カットを割って落ちた後の映像をつなげるだろう)。
生物学の研究者であるロナは鳥類保護協会の仕事を得て、辺境の島でウズラクイナ(=臆病で滅多に姿を見せない鳥)の生息状況を調査するため、目を凝らし、耳を澄ませる。映画の映像と音響も観察者を体現するかのよう。シアーシャの青い瞳や皮膚のそばかすに肉薄するクローズアップに、島の雄大な景観を捉える俯瞰ショットも。島の岸に打ち寄せ砕ける波の音と地響きが、劇伴の壮麗なオーケストレーションと響き合うラストも圧巻だ。
釘付け!シアーシャ・ローナン
アルコール依存を克服する過程の回想録という原作にガッツリ向き合い、創作モノの予定調和を排した作品。主人公のアルコールへの依存もさることながら、それに伴う人への依存や知への依存から調和への過程を丹念に描いていく。依存症の原因や結末をストーリーとして表示するのではない。主人公ロナの心情や変遷を見詰めていて、現在と過去が入り乱れたりもするが、基本ロナのフラッシュバックでの追想に沿っている。それが効果的なのだが、シアーシャ・ローナンの迫真の演技こそがそれを成り立たせているのではないか。
彼女の表情を追っているだけで最後まで緊迫感が持続するのが驚きだ。彼女は製作も兼ねていて、監督、原作者、そして製作と主演俳優がじっくりと議論を重ねて創作して行ったという。そしてもうひとつ特筆すべきは、スコットランドの果てにあるロケ地・オークニー諸島の景観!圧倒的な自然と人々の生活。画に写るものにも写らないものにもしっかりカメラを向けているところが素晴らしい。
タイトルなし(ネタバレ)
10年ぶりに故郷へ帰って来た30歳手前のロナ(シアーシャ・ローナン)。
故郷はスコットランドの離島・オークニー諸島。
荒涼とした風景、乏しい住人。
彼女は、父親が飼う羊たちの出産に立ち会うという名目だが、ロンドンで学んでいた生物学を活かすような職に就けず、結果、酒に逃げ、依存症になっていたのだった。
それでも、治療を受け、断酒生活にはいって100日近くになっていた・・・
といったところからはじまる物語。
時系列が入れ替わりながら進むので少々わかりづらいが、主人公の髪色がブルー→ナチュラルブロンド→オレンジと変化するので、時期の特定には困らない。
依存症なので、少しでもアルコールを摂取してしまうと歯止めがなくなり、理性を失ってしまう。
だから、断酒以外の治療がない。
飲んだ時の酩酊感を得ることよりも、日常のストレス解放のために飲酒することを脳が欲しているから厄介。
両親の描き方も秀逸。
父親が双極性障害を抱え、母親は宗教に逃避した。
こういうことは多分にあるのだろう。
また、自然描写も見どころが多い。
日本版タイトルとなった「おくびょう鳥」は絶滅危惧種で、ロナは環境保護団体でその鳥の生息調査の職を得る。
鳥自身は姿をみせることは、ほとんどない。
鳴き声が聞こえるだけ。
ただ、その鳴き声も、いまではほとんど聞こえない・・・
なかなか良い日本版タイトル。
ちょっと「歌う」と「鳴く」を混同しそうなのが難点ですが。
シアーシャ・ローナンの最高の演技に釘付け
主演&プロデュースがシアーシャ・ローナン、
監督がノラ・フィングシャイトとあっては観ないという選択肢はないし、
ノラ・フィングシャイトといえば『システム・クラッシャー』が
強烈なインパクトだったので、本作も楽しみにしていた。
アルコール依存のロナが再生していくストーリーだが、
なぜ彼女がアルコール依存になったかは描かれない。
しかしながら、家庭環境、特に父と母との関係性から起因しているのだろうというのは
想像できる。この親子関係の修復・回復というのも重要なポイントだ。
アルコール依存からなかなか脱却できずに苦しむロナを見るのはつらいし、
その破壊的な行動が何度も繰り返されるにもかかわらず、
寄り添っていたパートナーのデイニン、そして優しく包み込む母親。
この二人がいたからこそロナは再生できるに至ったのだろう。
みどころはたくさんある。
圧巻の絶景&映像美、ロナが聴く音楽と劇伴がリンクする仕掛け、
ロナとデイニンのクラブでのキスシーン、
島で暮らす家でのひとりで踊るシーン、
アザラシとの対話シーン、
海岸でまるで指揮者のように自分の過去と折り合いをつけるシーン、
そして時間軸がわかるロナの髪色などなど。
ラストはおくびょう鳥の鳴き声に、ノラの笑い声。
希望を感じる見事なしめくくり。
ストーリー オブ マイセルフ わたしの海草物語
イギリスの北に位置するオークニー諸島の島で幼い頃の一時期を過ごした主人公。
離婚した両親のかすがいになってがんばっていた。えらいじゃないか〜
双極性障害は遺伝しやすい。
そして、依存症になりやすい。
主人公を演ずるシアーシャ・ローナンに同情、同感できるかどうかといったら、普通の人はなかなか難しい。
酒をやめる気にはあまりならなかった。
シアーシャ・ローナンみたいな美人さんが参加している互助自助会なら是非参加したい。
無人島で酵母菌から密造酒を作る知識と技術は持ち合わせていそうな主人公。
この監督の本邦公開3作品を全部観ていたことに観たあとで気づいた。
ケイト・ウィンスレットとのアンモナイトの目覚めでは、浅瀬で低体温症になってしまう弱々しい役だったシアーシャ・ローナンが、鳥肌を立てながら、逞しくも美しい肢体を披露してくれる感動作品😎
生物学修士でキノコ菌が専門の彼女はオークニー諸島にあるパパヤ島の矯正施設を自ら選び、親切なおじいちゃんたちや海洋生物たちに支えられながら、自分自身の再生に成功する。
邦題のおくびょう鳥は絶滅危惧種らしいウズラクイナ。海を渡ることができる鳥には見えなかった。
シアーシャ・ローナンの青い瞳や変わってゆく髪の色、おしゃれな柄のセーターが眼福。
エンドロールの最後にギョッと鳴くウズラクイナ。
探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で
「これぞ映画!」という確かな手応え。冒頭、まるで二日酔いの視界のように揺らぐカメラワークが、主人公の抱えるアルコール依存の苦しみを強烈に訴えかけてきます。
時系列が交錯する構成には少し戸惑うかもしれませんが、主人公の髪色やネイルの変化が道しるべ。物語が進むにつれ、彼女の混沌とした記憶が整理されていく過程を追体験できるはずです。
舞台はスコットランドのオークニー島。厳しくも美しい断崖や荒波は、故郷に戻ってもなお、信仰心の篤い母や病める父との関係に悩む彼女の心象風景のよう。ですが、ある夜の島のお祭りが転機となります。そこで出会った男性との交流を通じ、ただ「酒を我慢する」だけだった灰色の日々に、ふと「生きる喜び」という鮮やかな色が差すシーンは秀逸でした!
彼女は島で、絶滅したとされる「ウズラクイナ」を探し求めます。ないものねだりをやめ、目の前の荒波(現実)に新たな希望を見出した時、ふと聞こえるあの独特な鳴き声……。「おくびょう鳥」が歌うタイミングは、まさに神がかった演出です。エンドロールの最後まで席を立たずに、その特徴的な声を耳に残してください。
P.S.見たあとにロング缶2本買いました
自分に還り変われる場所…
今回プロデューサーとして名を連ねたシアーシャ・ローナン
彼女自身もアルコール依存症を患った過去があったそうです…
天性の演技力と経験から滲むリアルな熱演には
心がきしきし痛みました
大都会で自分を見失いアルコール依存症になってしまった主人公ロナ
重たく沈む日々の都会から冷たい海と強過ぎる風…厳しい自然環境の故郷に戻り少しずつ前に進んで行く姿を見守る事で観ている自分がロナの手を時に優しく時に強く握ってあげている
ような感覚でした
極寒の海に入るロナの表情が一歩一歩ほどけて澄み切った笑顔を見た時は涙がこぼれそうになりました
堕ちていた自分との決別が出来たロナ
母親との関係もこの自然の中で穏やかに修復して行く事でしょう
小さな星が散らばった夜空を眺めながら
澄んだ気持ちで帰路に着けました
生まれ変わったセルキー
主人公ロナの時系列が前後する。少女期、ロンドンの大学院時代、依存症救済サークル、オークニー島の実家...きつい描写が錯綜してパズルのように少しづつ説明されるので、観ている側は少々混乱する。
まるでロナのフラッシュバックや無限ループ状の依存症再発を追体験するように。
また、父親の双極障害の描写もあり、こちらもなかなかしんどい。私も身内が罹患して経験したのだが、双極障害は本人もさることながら、家族が壊れてしまう。実際ロナの母親は過度の疲弊から信仰に逃避してしまった。
最果ての地パパイ島の、より厳しい自然環境に身を置いてから、ロナが徐々に心の落ち着きを取り戻す。そして映画自体も輝きを増してくる。
自然の描写(音も含めて)はどれも素晴らしいが、人工衛星が上空を通過するのを知り、宇宙との一体感を感じて頬に涙がつたうシーンはなかなかいい。
ロナの再生とともに、観ているこちらの気持ちも次第に癒されていくのが実感としてわかった。
ロンドンで暮らす女性. 学業や暮らしがうまくいかず アルコール依存...
ロンドンで暮らす女性. 学業や暮らしがうまくいかず
アルコール依存になり, 夜な夜な騒いで暴れ, 彼氏にも見限られ.
依存症の療養施設で数か月を過ごし,
10年ぶりに郷里のスコットランドの離島に帰省,
閑静な土地で, 孤独や過去と向き合いながら, 自分を見つめなおす物語.
穏やかに暮らし, 内省する場面が多く.
静謐で繊細で. 自然を見つめ,浴び,観察し.
過去と向きあう場面では, 酒や煙草くさい連日連夜.
暴れたり凹られたり追い出されたり.
空恐ろしいほどに鮮明な描写でした.
静謐さと, 過去の乱痴気さとが, あまりにも真逆で
双方が強く伝わるように感じました.
離島で落ち着いている場面でも,
彼女が音楽を聴いていると(ドライヴ中とかヘッドフォンとか) ビート強めのクラブ的なトラックだらけ.
ハイになる感覚, こちらにも身に覚えが強くあります.
曲目一覧が,エンドクレジットでは一瞬で流れてしまい読み取れず. どこかで観られないかな🎧
自己否定のループからの回復と成長の物語。映像と音響、演出、演技が調和した見事な傑作
素晴らしかった。傑作だと思う。
自分を肯定できず、長年不安定な心理状態で過ごし、そこから成長し発達する人の内面を、ドラマチックに映像化することに成功している。
アルコール依存の治療が主題になっているが、アルコールに限らず、〝自己否定のループ〟からの脱出と成長の物語だ。生きづらさを感じている人に、人生の次の段階に進める勇気と知恵をくれる作品だとも感じた。すぐ、もう一度見に行きたい気持ちである(公開直後で公開劇場数も少ないにも関わらず、銀座の映画館は空いていた。もったいない)。
イギリス北部、スコットランドのオークニー諸島が舞台だ。地球の果てのように寂しく気候が厳しい場所。アザラシが泳ぐ海とそこに面した平原…風景は美しいし、吹きすさぶ風と波の音の演出も見事だった。大きなスクリーンで、大音量で観たい映画だと思う。
原作のエイミー・リプトロットの回想録「The Outrun」を読みたくなったが、残念ながら邦訳出版されていないようだ。日本では無名の著者のメモワールということで、確かに日本では売れにくいかもしれない(余談だけれど、ヨーロッパの書店に行くとメモワールのコーナーが目立つ場所に設置されていて、多くの作品が並んでいる。しかし、日本では、よほどの著名人・成功者でない限り、売れにくく出版しにくいのだ)。
主人公ローナを演じるのは「レディ・バード」で不安定でイケてない女子校生
を演じたシアーシャ・ローナン。あれから8年ほど経って、今回はアラサーの女性役だ。アルコール依存で、仕事と恋愛、ロンドンでの都会暮らしに行き詰まり、出身地のスコットランド・オークニー諸島に舞い戻った女性を演じている。
自分をコントロールできず、飲みに行った先では酔っ払って暴れて記憶をなくす。職場ではうまく振る舞えず、恋人を傷つけ、せっかく大学で学び仕事と出来た研究の世界からもドロップアウトしてしまう。
映画は時系列で進まず、ロンドンでの生活や子供時代の記憶と、オークニー諸島での回復と成長の時間とが行ったり来たりする。振れ幅の大きい主人公の状態が強調される構成と相まって、ローナ演じるシアーシャから目が離せなくなる。揺れ動く人物を演じさせたら、シアーシャは今最高の一人ではないだろうか。
本作の原作は、回想録だから著者のエイミー・リプトロットが主人公だ。映画化にあたっては、主人公の名前をローナに変更し、原作を大幅に換骨奪胎して再構成し直している。監督ノーラ・フィングシャイトと原作者の徹底的に話し合いと共同作業で完成させたのだそうだ。
回想録では内面的な変化として記録されていたものを、映像として再構築した部分があったとのことである。おそらく、その最大の部分が終盤の展開だと思う。ここが本当に素晴らしかった。
ローナはアザラシが住む冷たい海に入り泳ぐ。それをきっかけに、ローナの表情が生き生きと輝き始める。自己肯定できず、自分の失敗を悔い、先ゆきは見えない。そんな行き詰まった気分を、アルコールでしか解消できなかったローナが、冷たい海で〝ととのった〟のである。
サウナの後の水風呂の効果のようで、サウナ好きとしても印象的だ。昨年の映画「F1」でもブラッド・ピットは、レースに向かう前には、氷水で顔を洗い、レース後には氷の水風呂でケアしていた。この効果は見逃せない。余談だけれど……。
その整ったローナが、オークニー諸島の北のはずれパパ・ウェストレイ島の波と風と一体化する。自分と周囲の自然との境界がなくなり、自分が自然を動かしているかのような境地に至る。この部分の演出・脚本・主演シアーシャの演技・撮影と音響、その全てが圧巻で本作の最大の見せ場だ。本当に見事の一言で何度も観たくさせる。
漫画「バガボンド」での圧巻の場面、たくあん和尚の悟りの場面を思い出した。あるいは、脳科学者ジル・ボルト・テイラーの名著「WHOLE BRAIN」で明らかにされた右脳の世界の映像化のようでもある。自己の境界線がなくなり、宇宙・自然と一体化し、生きていることの意味が自明となる瞬間を、映像として見事に描き出したと言えると思う。
こうした境地に至ることが、瞑想などの心理的な技法の目指すところでもあるし、自律と成長を目指す自己啓発の一つのゴールでもある。ところがこれがなかなか難しい。
僕自身こうした成人の成長と発達に関わる仕事をずっとしながらも、これが自分らしさだとか、働く意味、生きる意味はこれだという感覚を得られず、ずっと我慢して、なんとか働きづつけてきたような感覚がある。
治療の必要なアルコール依存にはならなかったけれど、アルコールやタバコ、動画やさまざまなエンタメで、なんとか鬱屈した気分を解消し、やり過ごさずにはいられない自分からら、なかなか逃れられなかった。そんな感覚は多くの人が共感してくれるのではないだろうか。
本作はアルコール依存からの回復が主題になっているけれど、別にアルコールに限らず、SNSやさまざまな気晴らしでなんとか日々をやり過ごすように生きる私たちに、勇気とヒントをくれるものでもあると思う。
公開中に、もう一度観に行こうと思っている。
シアーシャ・ローナンの心と身体でみせる禁酒映画。
ウズラクイナとアザラシがいい味を出しているのでこの邦題がついたのだろうが原題は「The Outrun」。
outrunは「追いつかれない」という意味合いで、つまりアルコール依存を振り切るっていう話となる。アルコール依存は現代社会の最大の課題の一つだと思うがあまり映画では取り上げられていないのでは。洋画で「酒とバラの日々」、邦画で「酔いがさめたら、うちに帰ろう」くらいしか思い当たらない。
パパイ島に行った後でロナが出会う島の老人が実は禁酒12年目であり「でも一日一日の積み重ねだ」と語るシーンがあるがやはり禁酒というのは難しい。クレジットで「〇〇日目」という表記が出るが、実はロナの禁酒はロンドンでの1回目とおそらくは実家に戻っての2回目がありともに失敗しているということになる。一時は施設に入ることも考えたロナだったが、絶海の孤島といって良いパパイ島に赴き、孤独な環境に自らを置いて新たに禁酒にチャレンジすることとなる。
ロンドンでの荒くれぶりと、島での静かな生活の対比が鮮やかである。時間の流れは映画では混線しているのて、シアーシャ・ローナンは身体と表情と動きで双方の時間を演じきっている。彼女の表現はいつもそうだがヘアスタイル、髪の色とファッションが心理状態の説明を捕捉している。
北の島の厳しい自然環境が、かえって、彼女の疲れた心を癒すような役割を果たしている。この自然と肉体が溶け込んで一体化するような感じが素晴らしいのだが中でも突出しているのが水着で北の海に入るところ。やはり頑強な厚みのある身体が説得性を持っている。日本の女優ではできない演技でしょうね。
私には不向きな作品でした
私はネタバレがとても嫌いなので、観賞する作品を決める際、なるべく解説などを読まず、最小限の情報で選ぶようにしています。それが本作では完全に裏目に出ました。
私はお酒を飲まないので、お酒を飲む方の気持ちが分かりません。ましてや、アルコール依存症になる方の気持ちなど分かろうはずがありません。ですので、主人公に共感できる訳もなく、とても不快な時間を過ごすことになってしまいました。
追記
お酒を飲むことが悪いと思っている訳ではありませので誤解の無いようお願いします。
きちんとした病院にかかりましょう
アルコール依存症から立ち直ろうとするなか 自身の精神世界と向き合って生きているロナは何を見聞きするのか
実は私、けっこう「いけるクチ」というやつで、アルコールにかなり強く、生まれついての酒好きで、それゆえ、若い頃の一時期、自分は「アルコール依存症予備軍」ではないか、と自覚していた経験があります。それでも、職業が時間に拘束されることの多い普通のサラリーマンだったことや家では絶対に飲まない(飲むときは外)という原則を守り抜いたことで、なんとか依存症にならずに済みました。あと、50歳前後の頃に痛風を発症してしまって、そこから酒量がぐっと減り、今では年間数回、お付き合いの席で口を湿らす程度に飲むだけという、若い頃の自分から見たら信じられない未来の中を生きております。数年前、新型コロナのパンデミックでリモートワークが推奨されたことがありましたが(そのとき私は既に定年退職しておりました)、その折りに、もし、リモートワークが20代のひとり暮らししていた頃の寂しがり屋の自分の身の上に起きていたら、と想像したことがあります。あ、きっと自宅で飲み始め、それは外で気のおけない仲間たちと飲む酒とは違って際限がなく、アルコール依存症になっていたに違いない、と思って身震いしました。まあ日本人の場合、アルコール分解酵素が体内に備わっていない人の割合が約50%と高く、そういう人たちはまったくの下戸でなくとも、飲んだらすぐに顔に出るアルコールに弱いと言われる体質ですから、依存症になるリスクは少ないと思われます。問題はアルコールに強いと言われている人たち。リミッターをはずして際限なく飲んでしまいがちで、そうすることの頻度がどんどん高まってゆけば、これはもう依存症への道 まっしぐらです。
この映画では主人公であるロナ(演: シアーシャ•ローナン)の過去の酒を飲んでの失敗の断片的な記憶が時系列を無視して突然挿入されたりもするのですが、ああ、依存者の記憶ってこんな風に断片的にフラッシュ•バックするのだなと見ていてぞぞっと鳥肌が立ちました。私も外でしこたま飲んで酔っ払って帰った夜の翌朝なんぞ、目が醒めて、何はともあれ帰巣本能恐るべし、記憶が完全に飛んでるのに帰宅して寝たんだなと二日酔いっぽい頭で考え始めると、夜の記憶の断片がコマ落としの映像のようにフラッシュ•バックしてきたものでした。
ともあれ、ロンドンの大学院で生物学の研究をしていたロナは故郷のスコットランド北方のオークニー諸島(地図で調べてみたら北緯59度あたりで随分北。北海道はおろか樺太より北でカムチャツカ半島の真ん中あたりより北)に帰ってきて、治療施設に入所、リハビリプログラムに取り組んで断酒生活を始めます。彼女は上述したフラッシュ•バックしてくる過去の飲酒トラブルの記憶の断片に悩まされながらも、自身の内面にある精神世界と向き合ってゆきます。彼女は周囲の美しい自然や夜空にまたたく星々に代表される広大な宇宙と一体化して澄みきった精神状態で生きてゆこうと試みているようです。でも、彼女には他にも気がかりなことがありました。それは彼女の父親が双極性障害を患っていることで、自分もその遺伝子を受け継いでいるのではないか、と悩んでもいたはずです。そんな悩みながらも自己と向き合いながら懸命に生きるロナをシアーシャ•ローナンが魂を込めて演じています。そして、背景には緯度が高く太陽の角度が浅い場所の薄暮のような光のもとで展開する厳しくも美しい自然。ロナはそんな自然とどんな対話をしてゆくのでしょうか。
アルコール依存症という極めて人間くさいテーマを扱いながら、外観は美しいアート映画風。なかなかの名作だと思います。
シアーシャローナンの顔が好き。
おくびょう監督の撮るほうへ
合わない予感はありつつ、なんとなく予告と詩的なタイトルに惹かれて。
冒頭から、何の説明もなく断片的な描写が続き、以降も時系列が入り乱れ過ぎて訳がわからない。
髪色で察しろってことだろうが、暗かったり色付きライトが当たってたりであまりに不親切。
大枠ですらそうなのに、野鳥保護団体員として農場を巡る際なども訪問先を細切れシャッフル。
ここまで複雑にする必要あります?
確かに変わった話でも起伏のある展開でもないが、主役の芝居はそれを補う強さがあった。
監督がそれを信じられなかっただけではないか。
主人公に関してもまったく好きになれなかった。
というか、マシになった描写があってもまた何度もヒドい様子を見せられるので印象が上向かない。
親父も同じ感じだし、母がひたすら不憫。
自然の中で聴く、不似合いな電子音楽はわざとだろう。
最後の波を指揮するシーンの映像的なカタルシスは確かに素晴らしいものがあった。
でもそういう演出って、主人公の状況や心情が伝わっててこそだと思うのですよ。
映像や演技などは悪くないので、シンプルにつくる勇気さえあればに良い作品になったのでは。
構成がすべてを台無しにしていて残念。
暴行を受けた後、いい感じの会話から酒に誘われて唖然とするデイニンは面白かった。
アルコール依存なら、中島らもの『今夜すべてのバーで』を誰か映画化してくれないかな。
のたうちまわって立ち上がる
自分で自分を立て直す、立て直すしかない、再生の話。
シアーシャ・ローナンが、ずっともがいてあがいてのたうちまわっている。がたがたのネイルにやけに生活感と現実味を感じる。
つねに自分のなかに流れる血にうっすらと不安を抱いているのは、先日みた『マッド・フェイト 狂運』にもつうじる。重たい呪い。誰のせいでもないけれど、のたうちまわって自分で自分を救うしかない。
荒々しく雄大で美しい自然に、ぽつりと対峙するシアーシャ・ローナンの存在感がとてもよかった。
寒中水泳は、心臓がきゅっとならないかみていてとても心配になったけれども。
エンドロールの、深いブルーグリーンの背景にゆるやかにグラデーションしていくテキストのコントラストがとてもきれいだった。
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