ぼくの名前はラワンのレビュー・感想・評価
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静かな余韻
イランで友人を持てず孤独を抱えていたラワンが、イギリスへ移民として渡り、少しずつ人とのつながりや居場所を得ていく様子を描いたドキュメンタリー。
強制退去を命じられ、裁判で控訴を重ねた末にパスポートを取得し、イギリスで暮らすことができるようになる結末は、淡々とした語り口ながらも感慨深いハッピーエンドだった。
全体的に音楽は最小限で、ほぼBGMのみ。字幕を追いながら進む静かな構成のため、正直集中力を要し、退屈に感じる場面もある。しかしその分、最初は心を閉ざしていたラワンが、徐々に友人と打ち解け、世界が広がっていく過程が丁寧に映し出されており、静かな余韻を残す。
また、父親と母親が手話を学び、ラワンと同じ言語でコミュニケーションを取ろうと努力する姿も印象的で、家族の在り方や理解について考えさせられた。
刺激の強い作品ではないが、人が環境と他者によって少しずつ変化していく様子を静かに見つめたい人には心に残る一本だと思う。
染みた
是非、観られるうちに劇場で。
劇場でトレーラーを観て興味を持った作品。「クルド人難民のろう者少年」と言う、私がよく聴いているラジオ番組でも扱われることが多い“課題”であり「これは観逃せない」と思ったら、やはりパーソナリティの宇多丸さんのコメントもあって劇場鑑賞が確定。と言うことで、今週二度目となるシネスイッチ銀座にて鑑賞です。
クルド人のラワンは重度の聴力障害をもつ、いわゆる“ろう者”です。両親や兄弟たちは皆“聴者”であり、出身のイラク時代から出国後の難民キャンプで過ごしていた間も、自分と同様のろう者に遭ったことがなく、「自分はBAD(ポンコツ)だ」と思い込んで何事にも自信が持てません。その上、同世代の子供たちからはいじめられたり仲間外れにされたりで、話し相手になってくれるのは兄だけ。その後、ようやく落ち着けたイギリスの都市ダービーでろう学校に入ったことをきっかけに、先生の熱心な指導で手話をおぼえ、自分と同じろう者の友達ができ、勉強することの楽しさにどんどんと意欲を持ち始めます。
クルディスタンとして、そしてろう者として、困難な運命を背負いすぎた少年ラワン。「もう地球に自分のHOME(居場所)は存在しない」と、聞くに堪えないようなことを本気で考えて口にする彼に対し、ろう学校の先生たちは諦めずに彼と対話し、信頼関係を深め、そして彼の本心を引き出し、更には積極性や意欲を沸かせていきます。当然、たとえイギリスにせよ難民や亡命希望者の受け入れは相当に“狭き門”であり、作品中においてラワン家族にも在留資格喪失の危機が来るのですが、それを回避するためのキーマンもまたラワンです。言い変えれば「家族の運命を握っている」という意味でもまた“背負っている”と言えるのです。ところが、ラワン自身は覚えた手話で得られたコミュニケーション、友人たち、そして学ぶことに生きる意味を見出し、そのオポチュニティーを諦めたくない一心で立ち向かう姿勢に、「あの小っちゃくて引っ込み思案だったラワンが…」と胸が熱くなります。
と、題材としてはこの上なく本当に素晴らしい本作ですが、作品としてはやや演出過多な印象も…。何だかテレンス・マリックのような自然へのクローズアップ映像(ただ、テレンスのクオリティには程遠い)を度々に差し込んだり、やや勿体ぶって何なら“煽る”意図さえ臭ってきそうな編集は「上映時間90分でこの仕上がり?」と少々鼻白んでしまう。短編で充分とは言いませんが、どうせならもっと授業や放課後、或いは家族との時間(特に兄とのエピソードなど)をもっと見せてもらいたかったと感じます。
とは言え、やはり観る意義は大きい本作。難民認定数は先進国の中で非常に少ないという残念な実情を持つ日本にとって、ラワンの向上心と行動力には日本人として見習うべきことばかりです。是非、観られるうちに劇場で。
終盤に向けて、ラワンの瞳の輝きが凄い
生まれながらの聴覚障害を持つラワンの成長っぷりが見どころ。文字通り、「死と隣り合わせ」でイラクを脱出し、何とかイギリスに辿り着き、一家揃っての生活が始まったものの、この頃のラワンには不安と不満で押し潰されているような感じだが、信頼できる教師と寄り添ってくれるクラスメイトとの存在によって、彼の黒くて大きな瞳に光が当たったようだった。ドラムの音がどんなものかは判らなくても、風船を通じて「音の振動」を知った彼の嬉しそうな表情は凄くよかった。
成長とともに困難にも遭遇するだろうが、自らの努力と周囲の支援や協力によって乗り越えて欲しい。
コミュニケーションの重要さ
ろう者のクルド人難民の少年、ラワンくんのドキュメンタリー。手話がろう者の彼のコミュニケーションのツールとして機能し始める後半の描写の凄みに圧倒された。
難民と聞くと、なぜ難民になって他の国に行きたいかという動機を考えたこともないことに気づかされた。彼の場合、いや彼の家族の場合は、ラワンくんの教育が課題だった。イラクではラワンくんのような障害者の居場所がない。
このドキュメンタリーでは、ラワンくんを取り囲む状況を政治的な側面や、法律の改正まで含めてしっかりと描いている。よりよい社会を考えるという、ドキュメンタリーを超えたジャーナリズムを感じた。
ラワンくんの学びは我々の学びでもある。
手話というコミュニケーションを通じて、他者との関係性によって自信をつけていく様子は、大人への成長より以上に、人間の尊厳、人間らしくあることを感じさせる。
コミュニケーション手段がなかった頃の幼少期のラワンくんは、いじめの対象で、居場所もなかった。地球ではない、別の星に居場所があると夢想していた。
難民のろう少年だけの問題ではない。このドキュメンタリーは、ディスコミュニケーションに苦しむ、日本、いや世界の我々の話ではないか。
勇気
聴覚障害者の居る世界
イラクで生まれた少年ラワンは、聴覚障害のため他人と意思疎通がはかれず、いつもひとりぼっち。
そんなラワンを連れ、家族は難民としてイギリスへとたどり着く。
そこで、ラワンはダービー王立ろう学校に入学し、自分と同じような人たちがいることを知り、初めて「言葉(手話)」を手に入れた。
自分の意見を表すことの喜びにあふれたラワンを見て、別人のようだと兄も感嘆。
自分の言葉を紡げるようになり、国外退去処分の危機を乗り越えようと奮闘する姿に、見ている方も「頑張れ!」と心の中で応援。
英国手話言語法(BSL法)を知り、ラワンは自分の意思で行動し始める。
自分や家族が国外退去を命じられる可能性があっても、この法律はろう者にとって必要なものだと信じ、デモに参加する。
デモの場では、彼の前にいる全ての人々は、手話を操っていた。
その姿は、観客に彼の夢見ていた世界が、はっきりと伝わってきた。
少年ラワンのこれからの人生が、力強く豊かなものであることを願うばかり。
皆が優しく少年の成長を願える、良質なドキュメンタリー作品。
自身のアイデンティティを確立する
第20回難民映画祭 にて鑑賞。
東京国際映画祭 で『 ロストランド 』を観て
デフリンピック東京2025 を観戦したばかりだったので自然と引き寄せられました。
ドキュメンタリーとは思えないイギリスの風景の美しさは、
手話を自分の言語として表現する喜びに満ち溢れていました。
難民としてだけでなく、言語の違いによって家族の中ですら疎外感が生まれることに気づかされます。
文化の違いと言語の違い。
自己のアイデンティティを確立する過程で
理解者がいること、仲間がいることがいかに大切なことか。
逆に、彼に「もっと頑張る」と言わせているのは私たちだと思わずにはいられませんでした。
併せて『みんな、おしゃべり!』も見てほしい。
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