cocoon ある夏の少女たちよりのレビュー・感想・評価
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戦争の風化を実感する映画
開幕に
「戦争体験者が少なくなり、戦争の風化が叫ばれています」
「戦争の悲惨さ(中略)平和の尊さ(中略)をひとりでも多くの若い方々がが考え、感じる機会となることを(略」
とテロップが流れるが・・・
戦争から目をそらし続けてる人達が、無理やり戦争を語ってる感じのインチキ臭い内容だった
戦争アニメとしても完成度は低い
架空の舞台らしいが、それでもツッコまずにはいられない箇所が多々ある
フィクションのアニメにリアル求めるの?
求める。教育、啓蒙を目的に戦争を描くならリアルさはなおさら必要だ
以下に「???」と感じた箇所を挙げていく
■もし敵機なら自分や級友の命に危険がおよぶのに遠慮するサン
サン「向こうの空で何か光ったような気がして・・・」
マユ「見張りに伝えてくる!」
サン「待って!!!・・・私の見間違えかも^^:」
マユが強引に伝えなければ機銃掃射を浴びていたかもしれない
あの先生はどういう戦時教育をしているのか???
【好意的解釈】
戦火とは全く無縁だったので平和ボケしてる?
■女学生が対空監視してるだけの防空体制
監視塔の上にいる見張りに要警戒を促すマユ
言われるまで気づかない見張りの落ち度だが、そもそもこの島の防空体制はどうなっているのか。史実の大日本帝国軍は自国産の八木アンテナを知らず質問を受けたイギリス人捕虜に「アンタらの国の発明でしょ?」と呆れられ、レーダーを「闇夜で電灯を点けるようなものだ!」「事前に察知して待ち受けるなど卑怯千万!」とホザいた電子機器音痴だったが、この物語のヘッポコ軍はレーダーすら持ってないのだろうか?
【好意的解釈】
軍は温存したい戦力を秘匿しており、逆探知を警戒してレーダーも点けず敵機をスルーしてるのかも
■敵機襲来!だがカモフラージュで回避!
・・・監視塔は?
馬車が走るシーンでバッチリ背景に映ってるが、監視塔はいいの?
敵機はスルー。いいみたいです
■なんてこった!タマキが死んじゃった!このひとでなしー!
砲弾にやられた遺体の描写は左手と上半身だけだが、普通は腕や足がちぎれ、腸を紐のように撒き散らしてバラバラになってもおかしくない
そんな凄惨な級友の遺体と死を目の当たりにしたのに、皆さん冷静である
パニックになって「お父さん・・・お母さん・・・」「家に帰りたいよぉ・・・!」と泣く子すらいない。家族と離れて集団生活してるのに、すごい
【好意的解釈】
すでに死を見慣れていて「遅いか早いかの違いだよね」と達観してるのかもしれない
■負傷者が運ばれてきた!走り回って忙しい!以上!
・・・え? 手足の切断手術の手伝いとかしないの?
麻酔無しでノコギリを引く軍医に「女学生はコイツの体を押さえてろ」と冷たく命令され、暴れる兵隊を涙や鼻水を流しながら押さえたり嘔吐したりしないの?
切断した手足を入れたバケツを死んだような目で運んだりしないの?
動けない負傷者が垂れ流す糞尿の処理は?
■薬棚がだんだん空っぽに・・・
いい演出だが、薬以上に減るはずの食べ物の心配が描かれてないので緊迫感が薄い
戦争といったら飢餓、餓島ことガダルカナル島の食人事件、インパール作戦の白骨街道を思い起こす日本人としては飢えてない時点でヌルく感じる
史実のひめゆり学徒隊では飢餓と疲労で排便や生理の止まる生徒がいたというのに
せめて元気だった級友が腹だけ膨れて手足は骨と皮のガリガリになって「胸・・・なくなちゃった・・・」と力なく笑って朝になったら死んでた、くらい描いてほしかった
■「なんでこんなことしてるんだろ・・・」「お国ためでしょ!?」
え? 働いて軍に協力しないと敵に殺されるからでは?
この物語の戦争の背景は不明だが、どんな戦争でも最前線では
「戦って敵を殺さないと、敵に殺される」
が否定できない事実であり、殺されないために戦うことは”生きるために必要なこと”だ
そしてその行為について善悪を考えることができるのは生き残った者だけである
実際に敵の砲撃でタマキちゃんを殺されてるし
タマキちゃんを生ユッケ状態にした敵のことが憎くないのだろうか?
あと両親のことが心配ではないのだろうか?
戦争を他人事のように思っている態度もそうだが、キャラクターを上辺だけで描いている
■「ここ(病院洞窟)は軍の司令部になります」と追い出される女学生たち
ひめゆり学徒隊の解散命令をモチーフにしてるのは分かるが、「女学生を食わせるだけの備蓄など無い」「どうせ助からんのだから親元に帰してやれ」などの崩壊間際の軍の混乱を描いてほしかった
ちなみに女学生しか洞窟から出てないが、あれだけいた傷病兵はどこに・・・
できれば映画「きけ、わだつみの声 Last Friends」のように動けない重症者に手榴弾を渡して「連れていってくださーい!」という悲痛な叫びを無視して”転進”するようなシーンを見せてほしかった
そして双子の片割れが落盤で足を潰されて動けず「ユリも連れて行ってください! お願いします! お願いします!」とマリが泣きながら周りにすがるが、誰もが目を伏せて出ていく。残されたユリはヤケになって手榴弾のピンを抜くが、すぐに放り出し「やだぁ・・・死にたくないよぉ・・・」と泣いて体を丸めて、無惨に爆死する・・・みたいなシーンを見たかった
■街に到着!「敵の攻撃に遭ったんだ・・・」
え? 砲弾が2、3発落ちた感じで火災も起こってないし、ほぼ無傷???
ペリリューでもサイパンでも沖縄でも艦砲射撃と空爆があったのに。とくに沖縄戦では 「畳一畳(約1.65平方メートル)あたり約1発」の密度で砲爆撃が行われ、鉄の暴風と言われるほどで那覇などの市街地街はおろか森林も焼失して焼け野原になったのに、この物語の敵は何してるの???
街は重要な拠点なのに、ほんと敵も味方も軍隊は何してるの???
■サン「・・・!」家を覗いて死体発見
ハエがたかってるようなご遺体だし、夏場だからかなり臭うはずだけど、見るまで気づかない?
【好意的解釈】
病院のお仕事で死臭をかぎすぎて麻痺してた
■銃撃だ!みんな死んじゃう!
やっと残虐シーン来たか~!と思ったら血がお花になってる
映画「劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師」でも血を彼岸花に置き換える演出があったが、本作のコレは飛び散るお花がキレイで・・・爽快感さえある
血や内蔵や肉片が飛び散るのはキツいし、ニホンの平和教育のように残虐映像をひたすら見せて恐怖心で戦争への忌避感を植え付ける「どっかの新興宗教が地獄の映像で信者を洗脳してたようなやり方」は好みでは無いが、今作の血を花にした演出はスタイリッシュ過ぎて戦争の残酷さを損なっている
ちなみにこの作品の敵はひと目で非戦闘員とわかる女学生たちを周到に包囲して無警告で無条件に無差別攻撃をしているが、第2次世界大戦当時でもバリバリの戦争犯罪で、どこの軍隊でも戒めている
(米軍が沖縄戦で住民を攻撃した事例はあるが、日本兵が住民に擬態して自爆攻撃をしてくるなど「民間人とゲリラの見分けがつかない」という南京攻略戦で中国の便衣兵に悩まされた日本軍と同じ経験を経て「殺られるよりは殺ったほうがいい」に陥った経緯がある)
もしかして作者や制作陣は「戦争=敵国の民間人は皆殺しだ!」と考えているナチス時代のドイツ国防軍もドン引きの危険思想の持ち主なんだろうか?
どんな戦争でも虐殺には事欠かないが、ソ連に攻め入ったドイツ人でさえスラブ民族は人的資源と考えて抹殺ではなく奴隷化を計画してたのに・・・
戦争とは飯や水や金やそれらを生む土地の奪い合いで脅しスカシの交渉で折り合いがつかない場合に「自分の意思を相手に強制する」ために起こす”政策”であって、後先も利益も考えずに戦うのは聖戦とか言って気持ち良くなっちゃう系の宗教の信者くらいだと思っていたが・・・作者や制作陣の思想を考えると怖くなる
■ここまで敵の姿なし
なぜ作者や制作陣は”敵の姿”を描かないのか?
おそらく視聴者に
「問答無用で女の子たちを殺してる敵って、どう考えても悪だろ!」
「無差別虐殺するような敵はブッ殺していいだろ!」
と武力を容認する思考を妨げたいのだろう
自衛だろうと何だろうと武力を一切合切否定する者が戦争を描こうとしても、ここが限界であり、醜い欺瞞を露呈している
飢えれば隣人と殺し合って共食いするのが人間という生物であり、殺しに来た相手、戦争を仕掛けてきた敵を殺すことは、生きるために必要な行為だ
そんな当たり前のことすら認めず、一切の汚れなき人間性を主張できる人は傲慢としか言いようがないが、他の命を食らわねば生きられない人間の原罪というものをどう考えているのか不思議でならない
(戦争はやらないで済むならやらないほうがいいし、起きないほうが絶対にいい。大事なのは利害を争う者同士、思想の相容れない者同士を、”よい子”で共存させる仕組みであり、「戦争を容認するヤツはブッ殺す!」という具合に話し合いを拒み、自分の思想を絶対と考えて攻撃的になる人は最も危険な人種である)
■「ふたりで運べばヒナを見捨てずに済んだ!」
まったくそう思う
火炎放射器による延焼にしては黒煙もなく火の回りも遅かったし
というかマユ”くん”が背負えばよかったのでは????????
■サン「・・・(あ、マユに喉仏が)」
男だったのかー
ひとりだけズボンだし、なんかイケメン感あるな、百合にしても露骨では?と思っていたが、男だったかー
・・・え? 戦時中に?
男が女学生のフリをして? サンと同室だった?
非国民の上に変態である
良心的兵役拒否者なのか何なのか知らないが、よくまぁ傷病兵の男たちの看護をできたもんである。テメーと違って前線に出て戦って負傷して錯乱してサンを襲った(すがった)兵隊さんの首を絞める資格がテメーにあるのかこのオカマ野郎!と思わずにはいられない
■集団自決の扱い、軽っ
サン「集団自決は・・・あきまへん!」
「皆で決めたことだから」
サン「でも・・・自分で決めてない!」
「・・・」「・・・?」「???」
なんか「空気に呑まれるな」的なニュアンスは分かるけど、言葉にできてない
どうすんだろ?
降伏しようって説得するのかな? でも敵さん無差別攻撃だしなー
強引に手榴弾を奪って捨てる?
「わたし達は南の岬に向かう!」
え? もっと説得しないの? 双子生き残ってるのに
そりゃ皆ポカーンと見送るしかないですわ
■岬に着いた!
あんな灯台、上陸前に攻撃されそうなもんだけど・・・
着いた!・・・で?
ノープラン過ぎる。そりゃクラスメイト誰も着いて来ませんわ
■やっと敵登場!なんか同年代の男の子!
・・・え? 少年兵? 白人でこんな幼いのは小学生に見えるんですが
こんな少年兵を単独行動させるような敵に敗けたの? 軍隊ヘッポコ過ぎる
■敗戦!
難民キャンプの雰囲気、ユルい。敵の兵隊さん銃すら持ってない
うーん、これは・・・勝者のアメリカ様を憎むな!というメッセージかな!?
■「繭が壊れて、わたしは羽化した。羽があっても飛ぶことはできない。だから生きることにした」
繭=軍国主義でアレな国家という意味だろうか?
まだ自分で自由に飛べるほど力が無い?
だから生きてがんばっていく?みたいな?
・・・だから何やと
クラスメイトはどうなったんやと
(サンの水中の草原にいるシーンで死者に混じって双子が登場するし、集団自決しちゃったのかな)
まーヒドい映画だった
こんなものが戦争を語り、それで戦争をわかった気になった善人が念仏のように戦争反対を唱える。この国で戦争の記憶がバッチリ風化してるのが、よく分かる
評価0.5
冒頭、女の子たちが生き生きと描かれてるのはよかった
ちなみに冒頭テロップの
「ひとりでも多くの若い方々が考え」
だが、若者が戦争に無知という前提で言ってるところに傲慢さを感じる
こんなマンガや映画を作ってしまったご年配の方々は、もっと真剣に戦争と平和を考えるべきだろう。戦争で亡くなった人、今も戦火に曝されてる人に対して失礼だ
タイトルなし(ネタバレ)
選んだ事は間違ってない。
しかし、沖縄戦を描いていると思うので、最後の
白いシーツを白旗とする所が少し大日本帝国に忖度している。
制作会社が旧国営放送だから仕方ないが。
沖縄戦はもっとボコボコにやられているし、米兵の怖さよりも自国の兵隊の方に恐ろしさがある。
戦え!と喚く。死ね!と怒鳴る。うるさい!
の為に犠牲になった少女たちが助かる話が欲しい。
エンディングが哀愁を誘う
蚕は飛べない。この矛盾が生きていくという結論になるのだろう。ひめゆりの塔を中心に描きながら、マユの成長を描いている。自決しなかったこと尊いことだと思います。あのとき米兵は撃たなかった。生きていく。素晴らしい言葉だと思います。
夏の野の繁みに咲ける姫百合の…。オルタナジブリが描く少女たちの戦争。
ある南方の島を舞台に、戦火に晒された少女たちの過酷な運命を描いた戦争アニメ。
半年前に島へとやって来た少女、マユを演じるのは『デスノート』シリーズや『モテキ』シリーズの満島ひかり。
引っ込み思案な少女、サンを演じるのは『サマーフィルムにのって』『悪い夏』の伊藤万理華。
戦後80年の記念としてNHKで放送された、1時間程度のスペシャルアニメ。
地名や国名などはボヤかされているが、少女たちが勤務する「病院」とは名ばかりの洞窟や「自決」という結末など、明らかに沖縄戦で犠牲となった「ひめゆり学徒隊」を題材とした作品である。
制作を務めるのは新興のアニメスタジオ「ササユリ」。ここはスタジオジブリで辣腕を振るったアニメーター、舘野仁美さんが2017年に立ち上げた制作会社で、NHK関連で言えば東映動画をモチーフとした朝ドラ『なつぞら』(2019)の劇中アニメーション制作にも携わっている。
長編アニメを制作するのは本作が初めてだが、そこは舘野さんの人脈と言うべきか、山下明彦や大塚伸治、武重洋二といった元ジブリの天才達がスタッフとして参加しており、アニメーションのクオリティはテレビアニメの枠を大きく超えている。「何故これを劇場で公開しなかったのか?」と首を傾げたくなる程に贅沢な作品である。
原作は今日マチ子による漫画「cocoon」(2009-2010)。これは未読。
今日マチ子といえば柔らかくてガーリーな絵柄が持ち味の漫画家だが、正直なところこのアニメ版では彼女の作風は完全に殺されている。
『耳をすませば』(1995)や『コクリコ坂から』(2011)など、原作ガン無視で作品を自分色に染めてしまうのは本家ジブリの伝統芸であるが、オルタナジブリと言うべきササユリもその芸風を継承しており、今日マチ子の絵柄を馴染み深いジブリ風のキャラデザにコロナイズしてしまっている。この点において、原作ファンが本作をどう評価するのかは気になるところ。「映画と漫画は別ものだからOK👌」と好意的に受け取ってくれる観客だけではないと思うが…。
「島」という閉ざされた空間から出る事を許されず、外の世界を知らないまま大人達の都合で命を散らしてゆく少女たちは、さながら絹を取るため繭のまま煮られてしまう蚕の幼虫たちの様。
主人公2人の名前がサン(蚕)とマユ(繭)なのも、その後の展開の示唆となっている。マユの影に隠れる自信の無い少女サンと、そんな彼女に秘めた想いを抱えるマユは共依存的な関係で結ばれているが、やがて繭は破られ蚕はそこから巣立ってゆく。もっとも家畜化され生存能力を完全に失ったカイコガは飛ぶ事も食餌する事も出来ず、孵化から数日で命を落としてしまうのだが…。サンの戦後が明るい事を願う。
1時間というタイトなランタイムという事もあり、纏まりが良くダレる箇所もない。戦争描写もマイルドなので、描かれる内容のハードさとは対照的にするりと鑑賞する事が出来る。戦争アニメは観たいけど『火垂るの墓』(1988)や『この世界の片隅に』(2016)はちょっとヘビーで食指が動かん…という人に、この作品は最適かもしれない。
ただ、本作のマイルドさには「良くも悪くも」という修飾語を冠さなければならない。確かに観やすくはあるのだが、その反面沖縄戦の凄惨さはイマイチ伝わってこない。少女達が勤務した洞窟病院なんて、実際には衛生的にも物資的にも空間的にも地獄の様な環境だったはず。だのにこのアニメにはウジムシの一匹も出てこない訳で、流石にそれには不自然さを感じてしまう。
もしこれを高畑勲や片渕須直が監督していれば、徹底的なリサーチをした上でひめゆり学徒隊がいかに過酷な状況で兵士を看護していたかを描いた事だろう。その点はやはり甘い。
また、南の岬を目指して逃げるサンが負傷兵に襲われるシーン。描写的にはレイプされた様にしか思えないのだが、彼女の衣服には乱れがほとんどみられなかった。うーん…ここは一体どう受け取れば良いのだろうか?視力を失った兵隊が何故あんな所に居たのかも謎だし…。
NHKアニメという制約上、あまりにも過激なシーンはNGだったのかも知れないが、それならこんなシーン入れなきゃいいし、そもそもその程度の心意気ならオキナワの映画を作るなよな、という事になってしまう。残酷さを描きたいなら容赦なく、無慈悲に、徹底的に。それが戦争をテーマに作品を作るという事なのだと思うのだが。
少女たちから流れる血を花に置き換えて描くという手法。これはどうやら原作には無い、映画オリジナルの要素らしい。
これもまぁ良し悪しで、確かに印象には残るが、ただ日和っただけなんじゃねぇの?という疑問が頭を掠めてしまうのも事実。そもそも、血を花で表現するというのは『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021)が先にやっちゃってるしねぇ。「なんかここハーレイ・クインのあれみたいだなあ…」なんて観客に思わせちゃった時点で演出として負けでしょう。
マユの正体は実は…、というのが本作の驚きポイント。しかし、ここには驚きというよりも「それは流石に無理があるだろ」という困惑の気持ちの方が強い。四六時中同じ環境に詰め込まれているのに誰にも気付かれないなんて、そんなんあり!?
これは今日マチ子さんの抽象的なタッチであれば成立する仕掛けかもしれない。しかし、本作は先述した様にザ・ジブリなハッキリとしたキャラクターデザインなので、どうしたってそこに疑問を抱かざるを得ない。「お前男(女)だったのか!」というのは漫画/アニメのあるあるネタだが、リアリティに即した作品であればあるほど、その展開には違和感が生じてしまうのだなと、本作で確認させられました。
苦言が多くなってしまったが、戦後80年の節目の年にこう言った戦争を考えさせる作品が作られるのは喜ばしい事である。
アニメは子供が戦争を知る入り口になりやすいのだから、各テレビ局が率先してもっとどんどん作ったら良いのだ!
※近年、旧ジブリのアニメーターがオルタナジブリと言うべき作品をどんどん発表している。例えば『メアリと魔女の花』(2017)とか『鹿の王 ユナと約束の旅』(2021)とか『屋根裏のラジャー』(2023)とか…。来年には近藤勝也キャラクター原案による『パリに咲くエトワール』(2026)という映画も公開されるらしい。
思うのだが、宮崎/高畑以外がディレクションするジブリ風アニメは総じて古臭い。今作もクオリティは高いのだが、やはりどこか古さを感じてしまった。
『鬼滅の刃』(2019-)や『呪術廻戦』(2020-)などのケレン味で魅せるアニメで育ってきた子供達にとって、ジブリ風の王道アニメーションはどの様に映るのか。ジブリで育ってきた自分でも古く感じるのだから、彼らにとっては古臭すぎて観てられないんじゃないだろうか…などと、余計な心配をしてしまった。何にせよ、『鬼滅』の爆発的ブームによって、ジブリの魔法ももう解けかかっているのかも知れません。一抹の寂しさを感じます😢
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