28年後... 白骨の神殿 : 映画評論・批評
2026年1月14日更新
2026年1月16日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
荒廃した終末世界で“闇”と“光”が衝突する、シリーズの異端的な野心作
ダニー・ボイル監督とアレックス・ガーランド(脚本)のコンビが昨年の初夏に放った感染パニック・ホラー「28年後...」は、世界中のファンが待ちわびたシリーズの新章だった。国際社会と隔絶したブリテン諸島の荒廃した世界観を提示した同作品は、iPhoneを使用した超ワイドスクリーンの斬新な映像スタイル、驚異的な進化、もしくはおぞましい退化を遂げた感染者の多様な描写など見どころが満載で、期待に違わぬ出来ばえだった。その半面、3部作の1作目という位置づけゆえに、唐突なクリフハンガーで幕を閉じたことに困惑させられた人も少なくないだろう。
「28年後...」と連続的に撮影が行われ、「キャンディマン」(2021)のニア・ダコスタ監督がメガホンを執った「28年後... 白骨の神殿」は、前作のラストの直後から始まり、ふたつのプロットラインが同時進行していく。ひとつめのプロットの主人公は12歳の少年スパイクだ。前作で重病の母を看取り、父親と決別して本土で生きる道を選んだ彼は、悪魔崇拝者のジミー・クリスタル(ジャック・オコンネル)が率いるカルト・ギャング“ジミーズ”の一員となる。もうひとつのプロットでは、前作で強烈なインパクトを放ったレイフ・ファインズ扮する“白骨の神殿”の主、ドクター・ケルソンと、サムソンと名付けられた異形の怪物的な感染者との関係性が描かれる。

ガーランドが創造したこのふたつの物語は何もかも対照的だ。行く先々で生存者を捕獲し、血生臭い儀式を行う“ジミーズ”は冷酷非道なサイコパスの集団であり、あどけない少年の視点で人間の残虐性を容赦なく映像化したこのプロットは、本作における“闇”のパートだ。一方、最も凶暴な捕食者であるサムソンを実験台として、ケルソン医師がレイジ・ウイルスの怒りを鎮める手段を実践するプロットは、ヒューマニズムの希望を示す“光”のパートと捉えることができる。
ダコスタ監督はドイルの映像様式を模倣することなく、“闇”のパートに渦巻く狂気と破壊、“光”のパートに訪れる深遠なる静寂と美しさを鮮やかに描き分けた。そして、あっと驚く挿入曲(デュラン・デュランとアイアン・メイデン!)を織り交ぜながら、終盤でふたつのプロットを全面衝突させていく。白骨の神殿を舞台としたその荘厳なクライマックスは、まさに闇と光、あるいは悪と善がせめぎ合う神話の闘いのようだ。
もはや、ここにはシリーズの過去作すべてに通底していた“家族”というテーマはない。感染者の襲撃からのサバイバルという見せ場すらほぼ欠落している本作は、このシリーズにおける異端的な野心作となった。そして最後の5分間に、次なる完結編のプロローグ的なシーンが盛り込まれている。今やアカデミー賞俳優となり、本作の製作総指揮にも名を連ねる“あの人”の登場に胸が躍らずにいられない。
(高橋諭治)





