室井慎次 生き続ける者のレビュー・感想・評価
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「踊る」を牽引した最強サブキャラ、室井慎次の引き際の美学
踊る大捜査線もリアルで見ていた世代ではあります。大体の設定は知っています。ですが、今回の映画のためにあえて見返すこともせず、なんと二部作の前編をも見ることなく、今回いきなり後編から観てみたモノの感想だと前置きさせていただきます。
※以下ネタバレあります
率直な観終わった感想はというと、それなりに面白かったと満足しています。後半からいきなり観ても、きちんと一作品として楽しむことができました。ただこれが「踊る大捜査線」かと言われると、だいぶ路線は違うのではと思います。あくまで、その登場人物である室井慎次の全く別のサイドストーリーだと考えた方が良さそうです。テイストは全編にわたる雪景色やそこでの住人たちとの日常をほっこりと映し出す、そうあれです「◯の国から」そのものってなかんじでございます🙄なので、そこを間違えるとかなりの低評価になってしまうかもしれません。賛否分かれてしまうところです。前編から見た人は(普通観るよね😅)、前編の伏線をきちんと回収できているかというのも気になるところでしょう。
ただ、私が評価したいのは、室井慎次という人物の幕引きがなんとも控えめで美しかったことです。いろんな死に方が考えられたとは思いますが、私は嫌いではなかったです。「引き際の美学」とでもいいましょうか、室井慎次(柳葉敏郎さん)のこだわりが感じられた気がしました。
少し前に見た「キングダム 大将軍の帰還」での王毅将軍(大沢たかおさん)の最期も記憶に残るものでしたが、それとは真逆ですね。かなり控え目です。
隠れた主演男優賞は、
秋田犬のシンペイなのでは?!
とはいえ
これからサブタイトルから逆推グセがついてしまいそうです…🙄
「キングダム 大将軍の帰還 (死んで)」
「室井慎次 生き続ける者(俺以外の)」
帰ってないし、
死んでもうてるやーーーん!
ってつっこんじゃダメなやつね。
エンドロール、最後の最後まで席は立たないでくださいね!
最後の最後に、お待ちかねの
アイツがやってきます♪
踊るファンは、今後の展開に期待しましょう!
室井慎次=柳葉敏郎さん
お疲れ様でした〜。
死んじゃった
狭心症は怖い
あの踊る捜査線であれほど活躍した室井慎次が狭心症が原因でこうもあっさりと死んでしまったことが残念でならない。日本人は狭心症が原因で心筋梗塞で死ぬ人が年間何十万人もいるそうです。心臓にある3本の冠動脈のうち1本でも詰まると狭心症になりその血管の血液が詰まって心臓が停止してしまうのです。応急処置として薬で緩和することはできるのですが、カテーテル施術を施した方がより安心です。室井慎次は薬だけに頼っていたので心臓が耐えられなかったのでしょう。私も狭心症でしかもかなり重病で3本の冠動脈が狭くなっていました。当然放置しておけば3年は生きられないと医者から宣告されました。3本となるとカテーテルでの処置では間に合いません。バイバス手術で自分の体の他の動脈静脈を代替えして処置するしかありませんでした。9時間に及ぶ手術でした。室井慎次も薬に頼らないできちんと手術しておけばこうもあっさり死ぬことはなかったのではと思うと残念でなりません。
【表現を丸めちゃダメだ、フジテレビ】
室井慎次というキャラクター、そして柳葉敏郎を
「踊る大捜査線」シリーズから卒業させたかった――
その意図自体は理解できる。
役者も歳を重ね、警察組織や役柄に対する熱量が変わるのは自然なことだ。
それは残酷だが、時間が流れるということでもある。
だが問題は、「どう卒業させるか」だ。
本作はその部分を、あまりにも曖昧にしてしまった。
ラストで何かを語ったようで語らず、
シリーズの“大物”を登場させることで、
結局「誰が生き続ける存在なのか」「誰が舞台を降りたのか」がぼやけてしまう。
その結果、物語の輪郭がはっきりしないまま終わってしまった。
ここで思い出すのが『北の国から』だ。
黒板五郎も田中邦衛も、物語の中で死んではいない。
だが、彼らは確かに“舞台を降りた”。
そして、もう二度と画面に戻らないことが、誰の目にも明らかだった。
あれはテレビドラマで成し遂げられた、見事な幕引きだった。
それに対して、映画でこの曖昧さはどうなのか。
誰が退場し、誰が残ったのか。
観客に残るのは、納得ではなく疑問符だけだ。
なぜ、こういう作りにしたのか。
なぜ、表現を丸めてしまったのか。
フジテレビには、長年このシリーズを支えてきたファンに対して、
もっと誠実な答えを示してほしかった。
それが、このシリーズを愛してきた者の率直な思いだ。
にがみばしった顔芸たっぷり
室井は村の青年らからいやがらせをうけているし、村の衆からも煙たくされているし里子のリクは学校でいじめられているし、虐待父の暴力を恐れながら育った。
日本映画では身も蓋もない「わたしはかわいそうだから同情してくれ境遇」をつくって、そこへ主人公をはめてしまうことが頻繁にある。そのような拙劣な描写を海外の映画では見たことがないので何度も言っているのだが、こういう映像をつくっている人は、そのあからさまなお涙頂戴描写について、どのように考えているのか甚だ疑問を感じて、はや30年である。荻上直子という日本を代表する女性映画監督の映画を見たことがあるだろうか。なんのフィルターも介することなく「わたしはかわいそうだから同情しろ」の描写が出てきてそこにすべての動機とモチーフがぶち込まれる。川っぺりムコリッタという映画を是非見てほしいが、果てしないエクスキューズ=「わたしはかわいそうだから同情しろ境遇」がこれでもかと詰まった得難い映画体験と言える。ところが「わたしはかわいそうだから同情しろ境遇」によって観衆の共感をつかもうとするのは日本映画の常套手段になっていて、じっさいにそれでつかまれる人もいるわけだからあながち商売にならないわけでもない。数知れない日本の映画監督が「わたしはかわいそうだから同情しろ境遇」に登場人物を充てて、映画の動機とモチーフにしてしまっている。
主人公がかわいそうな境遇であることに異論はない。それは世の物語の基調概念である。ただし人間社会において完全なマッチ売りの少女が成立することは有り得ない。主人公をいじめるやつにも理由があるし、わるいやつにも家族がいるし、当人にもなんらかのconsがある。日本映画はそういう相対的or両義的描写をなくして、ただひたすら「わたしはかわいそうな境遇でございます」をもってくる。荻上直子の波紋も是非ご覧いただきたいが、主人公は反証なしにただひたすら「わたしはかわいそうで虐げられている」存在として共感を得ようと媚びてくる。是非はともかく、総じてその感性でも充分しのげるのが日本映画界である。かれらはサンダンスの観客賞を狙っているわけではなく、旬報の古馴染みに褒め記事を書いてもらえば、それで食っていける。
室井さんの、口をぎゅと閉じて一文字にしたり片頬に舌を入れてみたり眉間にしわをよせたりなどの苦み走った顔芸は内輪的な是認だと思っている。観衆は室井さんの苦み走った顔芸に共感をもっているわけではなく、踊る大捜査線のなかの点景ならばいいが、もし全尺に室井さんの顔芸が出てきたら、辟易するのではないだろうか。少なくともわたしは充分に辟易した。
横溝正史映画に出てきた加藤剛が手をパンと叩いて「よし、わかった」と言うのは、定番であり観衆の期待である。室井さん(柳葉敏郎)が顔に皺を寄せたり、重々しい口調をするのは、観衆にとって必ずしも期待した絵ではない。製作陣がぎばちゃんの苦み走り顔やもったいぶった重々しさを、観衆に求められているものだと過信or勘違いしているだけだ。と思う。
個人的な妄想に過ぎないが、ぎばちゃんという人は謙譲している体でそのじつ自己承認欲求が強い人だ(と思う)。昔の音楽番組に一世風靡セピアがでてきて、ぎばちゃんにマイクをむけると、いつもにこにこしながらみんなを立てるような態度をとった。けれど、わたしはその姿に偽善というか、欺瞞をかんじた。どこのクラスにも必ずぎばちゃんタイプの人がいた。かれは脚光をあびることを課題にしているのにもかかわらず、公で対峙した場面ですべて謙遜スタンスをとる。謙遜スタンスが好感ポイントを取りつつ、自分のポジションを上げることを知っているからだ。そのような表向き下手(したで)戦略をとる奴は信じられない。そういうタイプのやつは、まず間違いなく、いったん裏に行くと子分に買い出しやさまざまな命令を下して操る裏弁慶だった。普段遣いと徒党でたむろしている時の口調がぜんぜんちがう。ちなみに一世風靡セピアの哀川翔は今も昔もだいきらい。不良っぽさで売ってるやつは問答無用できらいなので、このレビューには嫌いバイアスがかかっていることは間違いない。
音楽番組かなにかのインタビューに答えたぎばちゃんがじぶんのことを「負けず嫌い」と自称したのも、なんかいやだった。「負けず嫌い」を自らの属性だと発信するやつにろくな人間はいない。誰にも明かすことなく負けず嫌いを信条として、それを実践している人に文句はない。しかし他者や周囲に「おれは負けず嫌いなんだぜ」と言ってしまう人にろくな人間はいない。とくに理由は言わないが、学校生活をしたことがあるなら、わかることだと思う。
一世風靡セピアは目立ちたがり屋の一発プロジェクトであり「前略、道の上より」は言ってみればヤリラ集団が落としたい女の子に見せる体育会ダンスだった。いじめっこたちのイキりダンスだった。これは陰キャもしくは陰キャ寄り人間の共有する印象だったと確信している。
ただしかれらは若かったのだから、それらは許せる。一世風靡セピアなんて若くて生きがいいというその押し出しが全てだったんだから、ぜんぶOKだとは思う。
でも年をとったらムダにしわ寄せたたり、したでにでたり、何にも言わないで頭下げたり、皮相的な重々しさは見透かされる。映画内では室井さんの謙遜スタンスや内に秘めた感じや無縁の子らを受け容れて育てていることや病気を秘匿していることなどは好感ポイントへ繋がるものとして表出されるし、わたしはおっさんなので年を食った人間が主人公になっている映画やドラマにたいして無条件にシンパシーを感じる人ではある。たけどこの室井さんのキャラクターはつまんねえとおれは思ったね。安い重さだし物語において一方向にエクスキューズしっぱなしというのはないし相対値のない聖人はいない。全員救って秋田犬も助けて殉職はできすぎ、号泣すべきところだったが個人的には臭かった。
いしだあゆみさんの遺作になったし、一人でボケを担当した矢本悠馬さんは努力賞だが、映画は毎度おなじみのお涙頂戴日本映画だった。と思います。
星はつけたく無い
踊るのスピンオフ?
やめて欲しいですね。
あの室井慎次をどこまで落としてくれた?と言う感じですと とにかくストーリーがちゃち
ネタバレ…
何故雪の中 犬探しに行く?
犬は勝手に帰って来ます。
そこで遭難?
リクは自分が育てますだったかなぁ?確かそんなニュアンスの事言った後だょ。
こんなに酷く胸糞悪い映画は見たこと無いくらいに腹立たしいし なんとかして欲しいと思わず感情剥き出しになる最低の映画。
「踊る大走査線」のスピンオフということで良いのか? アマプラで2部...
なん?
スゴいなぁ。あの室井さんを次の踊る映画の為の布石に使うとは。ワザワザ去らせてまで、次の踊るが作りたいものとは、なんなんでしょうか。
びっくりするくらい、くだらなく、面白くなかった。
2部作にする必要もないし、やりたいことは分かるけど、それが本当に不必要なことばかり。あぁ、その絵が撮りたかったのね、っていう脚本家が透けて見えて、ただただ気持ち悪い。
何で児相はDV親に子供返そうとするの?素性も調べずに、生活保護目当てだと分かりながらも引き渡し、挙げ句の果てに世話になった室井に二度と会わないと約束しろ、だ?
子供を車で連れて行くとき、なぜに追っかけてくるのに一度止まらない。普通、危ないから止まる。もうね、このシチュエーションやりたいから、こうしました、にしか見えないよの。
どこにも芯が無く、最後には俺が育てます、と言って死ににいく。バカみたい。
別に殺さなくてもいいし。やりたいことが明確な分、面白くないからタチが悪い
タイトルなし(ネタバレ)
ゲゲゲのコンティニー。
しかも、
一か八かの俳優増産体制は存続す。
でも、4567だって黙ってないぞ!
「星を継ぐもの」はホーガンの作品。世界的名著とされるが、発想の元ネタは手塚治虫先生の「クレーター」の「クレーターの男」と言う話がある。僕は当時からそう聞いていた。
なかなか良き
前作同様に淡々と進む感じ
地方の大人も子供も他者を受け入れない場面と事情も分かりやすかった
キョンキョンの娘は室井さん達と暮らすことによって心が溶けていく
室井さんが子供たちを可愛がってる様子が不器用ながらも伝わってくる
人を信用する自立した大人として生きていってほしいんだろうな
甘やかすのではない、本当の優しさだと思う
そして、絶対生きてるのは確信
花は置くが誰も線香をあげないし
手を合わせてるのは回復のお祈りだろう
青島の余裕もそう
次が楽しみになるね
ええ?いやいや…
いや途中までは別におもしろく見れたけど最後なに?
私が預かりますって言っておいて犬探しに行って死ぬて…
室井さん殺す意味あった?脚本家は一体何を考えているのか…
せめて子ども守るために撃たれるとかじゃないと納得いかんよ…
令和版北の国から…
なるほど、タイトルは室井さん自身は亡くなるっても、その遺志は生き続け、残された人々の心の中で生きているということか。今シリーズは刑事モノではなく徹底して家族モノ。思い返せば踊るシリーズはこれまでの派手なアクションや華麗な推理をメインとした刑事モノとは一線を画したことが新鮮でヒットしたのだった。上手く行き過ぎはあるものの、情感誘うドラマだった。
悪くはないと思うけど。
ラストは次回作へのしかけかもしれない...?
血の繋がりがない家族でも家族は家族だ!そんな感じですごい温かみのある描写とその裏でハラハラする様な事件を追いかけていく感じでした。
この作品妙に印象的だったのが親と子の絆、現代社会の代わり様が細かいところで描かれていて、さらにくどくない描かれ方してて良かったです。
これは室井慎次というキャラクターだからこそ出来る、多くは語らない、だけど大事な時は迷いながらもちょっとだけアドバイス。人付き合いが苦手だけど頑張るお父さんって感じがすごい良かったです。
そしてこの生き続ける者というサブタイトルですが、最後に自分に何かあったら子供たちに渡して欲しいというくだり、一見病気による薬の描写や遭難による心肺停止という台詞で隠れているけど、「何かあったら」って他の事も考えられるんですよね。
ラストの遭難からの死亡、そして青島登場ですが恐らく室井さんは死んでいないと私は考察しており、恐らく次回作に向けてのしかけなのではないかと感じました。
何故なら、日向真奈美が未だにラスボス感を漂わせているからです。
恐らく室井さんは、今作の一連の事件で自分がこのままここにいるとまた日向真奈美の刺客に脅かされるかもしれないと考え、世間的に死んだ事にしたのではないでしょうか。
そして何らかの形で次回作で登場!そう思いたい!
描写が余りにも仕掛けの匂いがプンプンするんですよね。レインボーブリッジ事件の犯人もまだ3人捜査中で捕まっていませんでした。
そして表札がたてられたあの家に青島が訪ねるかと思いきやいきなり連絡が来て戻りますとのラストシーン。相手は誰なのか?
あとスタッフエンドロールで勉強に勤しむ交番のおまわりさんがドローンらしきものに言っていた台詞が本当だったら...?やっぱ虫だったんでしょうか?(笑)
平和を築いた秋田の町をそのまま維持するためにあえてそうしたのではないかと考えています。室井さんは言う時は言うんですが、肝心な事は黙って説明しない時もありますよね。
星5つけたいんですけど、モヤモヤして気が収まらないため星4です!
室井さん
田舎に住みたくなるやつ
秋田の静かな湖畔に立つ一軒家、寡黙な室井さんの周りで展開される人情味溢れるストーリー。
正直泣きました…が…
最後だけ気になる。
多分賢い秋田犬ちゃんはあの吹雪の中、家から離れません。探すなら軒下や倉庫みたいなところなのでは…
室井さん…遠くまで探しすぎです。
心臓悪い人に寒いのはダメダメ。
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