トークショー付き上映で鑑賞。
「ジャーナリストという客観的な立場だったから事件に向き合えた」と、作中で伊藤さんは語る。まさにそうだったんだろうなということが伝わってくる本作だったが、そうした中で時折(きっと伊藤氏も思いがけないタイミングで)、伊藤氏自身が当事者の立場にグイッと引き戻される瞬間があって、観ていて感情を揺さぶられた。
最高裁で敗訴した元国会議員杉○水○らの、おぞましい誹謗中傷は論外だとしても(音声だけは作中でも流れた)、映像使用の許諾問題などで、公開されてからも賛否が分かれている本作だが、気になっている方は、まずは観てみることをオススメしたい。
自分は、今作全体が、伊藤詩織さん個人としての嘘のない表現だったと感じたし、彼女の振る舞いに疑義を抱く部分は一つもなかった。
ジャーナリストやドキュメンタリー映画監督としての未熟さや過失を指摘する「批判」ではなく、いわゆる性被害を、売名行為の類として「揶揄」している方々は、本作を見終わっても感想は変わらないのだろうか。変わらないとしたら、是非その理由を聞いてみたい。
<ここからガッツリ内容に触れます>
・事前に、1月8日付の東京新聞オンラインの記事を読み、望月記者の懸念や西広弁護士の主張もなるほどと思った上で鑑賞した。
やはり、西広弁護士と思しき方の顔に修正が入っている画面での公開となっている現状は、単純に誰が悪いで結論づけられる問題ではなく、胸が傷んだ。
最高裁判決について、弁護士チームのみなさんと連携して勝ち取った価値ある勝訴だったことは、勝訴の紙を掲げる方の涙からも伝わってきた。
双方が納得できる方向で収束することを願ってやまない。
・確かに、許諾問題について、ジャーナリストとしてやドキュメンタリー映画監督という立場での過失はあったのかもしれないと思う。ただ、彼女が日々の記録として動画を回したりボイスメモを残したりしていたこと自体は不自然さなく理解でき、それを「生身の自分を曝け出す(作中では、裸で人前に出ている気持ちと言っていた)」ために、映像表現の中に取り込もうとするのは、表現者としては、むしろ必然だとも感じる。
映画公開に関わり、彼女にも問われるべき部分はあったかもしれないが、本当に問われるべき者たち、または得をした者たちは誰なのか。
その部分は、冷静に考えたい。
・彼女が、「ブランケットを幾重にもかけてもらったみたい」と言って涙する、女性ジャーナリストたちとのシーンに胸が詰まった。自分も、戦っている人に対して、素直にブランケットをかけられる人間でありたいと思った。
・彼女のありふれた幸せを望む父の言葉は、価値観云々を抜きにして、親の本心だよなぁと思う。
・国会の場面で、井出庸生の発言が取り上げられていて、地元民として、ちょっと誇らしかった。自民党の中にあっても、選択的夫婦別姓等にも前向きであるなど、信念を持った政治家であることは確か。
・立憲の柚木議員の追及が、ニヤニヤ顔の自民党の重鎮たちをバックに一蹴されてしまう場面や、ラスト間際のニュース映像の挿入など、作為的と考える人もいるかもしれないが、自分は肯定派。
安倍晋三元総理をモチーフにした山口氏の本の出版を控えたタイミングで、周囲の忖度があったのかどうか、これからも真実が明るみに出ることはないだろうが、そのBLACK BOXについて、堂々と実名で自分の考えを述べているのだから、何ら後ろ指を差されることはないはず。
=以下、トークショーからの備忘録=
・見返すと心が削られてしまう450時間に及ぶ映像を、編集の山崎エマさんが「私が10時間くらいに縮めるから、全部見なくていいからね」と言って、まずまとめてくれた。
・自分としては、自死を選ぼうとしたビデオメッセージなど、母に見せたくないと思ったものもあったが、山崎さんが、搬送先の病院で目が覚めた時の映像を見つけてくれて、「私、生きようとしていたんだ」ということに気付かされた。それとセットだったら映画に入れてもいいと思えてきて、第三者と一緒につくるよさと、逆にこれは私のことを描いた作品との思いも強くした。
(会場からの質問)※質問された方が、自分が聞きたかったことを見事にピンポイントで聞いてくださって感動したことを付け加えておく。
Q1.編集に山崎エマさんを起用した理由は?
A.ドキュメンタリー映画祭で知り合った。英語でコミュニケーションを取るシーンも多いので、バイリンガルの方にお願いしたいと思っていた。
Q2.性被害の当事者であると同時に、ジャーナリストでもあり、監督でもあるという3つにまたがる立ち位置で、今作の公開に際して、現在も様々な声が聞こえている部分があると思う。その危うさについて、ご自身はどう折り合いをつけてこられたのか。
A.危うさはあると思っているし、葛藤もあった。
ただ、コロンビア大学でのジャーナリズムに関わるディスカッションに参加した折に、例えばガザなど、物理的に中に入れないようなところでは、パーソナルな発信が大切なニュースになるということに改めて気づかせてもらい、覚悟ができた。なので、冒頭で、これは私の物語ですと宣言をしてダイアリーズと名前をつけた。
昔からのドキュメンタリーという範疇では認められない部分もあるかもしれないが、一般的なドキュメンタリーといっても、カメラが入った瞬間に、ドキュメンタリーとは言えない状況になってしまうこともある。ドキュメンタリーにするなら、加害者側への客観的な取材も入れ込まなくては…と最初は構えていたが、パーソナルな記録の積み重ねの方向に踏み切った。