水の中でのレビュー・感想・評価
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見慣れた景色なんだよな。
個人的な事ですが、3年程前に左目の手術をしてからソフトコンタクトレンズでしか視力の矯正が出来なくなりました。ソフトコンタクトなので12時間程度しか連続使用出来なく睡眠をとっている以外の数時間はこの映画の様にピンボケで世界を見ています。コンタクトレンズで視力を矯正しながら、自分の本当の見え方の様なスクリーンを見ているととても不思議な気分になりました。
しっかりと解像度良く見えても、ピンボケでぼんやりとしか見えなくても、世界は生活はうすぼんやりとしていて不安な事に変わりないのかな?なんてこの映画を観ながらボンヤリと考えておりました。
ラストシーン素晴らしかったな。
主人公に見えているものボヤけているもの
ホン・サンスの実験的試み。自主映画を作る三人の話。彼らがoffの時間にピザを食べるシーン以外はほぼ全てピンボケのシーンで構成されている。
主人公の俳優は構想も見えてないまま自主映画を作り始めるが、ピンボケはさながら、自分探しに煩悶している彼自身が見ている世界なのか。ホン・サンス作品の妙味は、映画の構造の中に作品のメッセージを隠し入れることだと思う。どうやって観客がそれを解き崩していくのか…その過程に核心が込められているのをこれまで経験してきた。我々素人にはなかなかその構造の仕掛けは分からないけども。客席が明るくなると、周りにはおそらく映画を学ぶ若者や、映画を生業にする人達が多かったように見受けられる。名匠の実験的作品は、専門家たちにどう評価されるのか…他のレビューが楽しみだ。
「ピンボケ映像はなにを意味するのか」
全編ピンボケ青春映画と宣伝コピーにはあるが、全編ピンボケではない。ファーストシーン、島に映画の撮影に来た三人がピザを食べるシーンはまったくボケていない、クリアな唯一の映像だ。
ソンモが監督で資金を出し友人サングク、後輩の女性ナミ三人で映画を作りに数日間島に来た。島でロケハンをするシーン以降すべてピンボケだ。ソンモは場所もストーリーも思いつかずロケハンを続ける。暇なサングクとナミはストレッチやテコンドーの話をして盛り上がるがソンモは興味なさそうに眺めているだけだ。
崖の上にいたソンモがサングク、ナミを制して、一人下に降りていく。海沿いの岩場のゴミを拾っている女性と話をしている。しかしまだ明確な映画の構想ははっきりしない。ソンモは村の住人に男一人でこの島に暮らしたときの賃料を聞く。ソンモは二人に「産まれてきたいわけじゃなかったのに、なんで苦労して生きているのか」と告白する。そしてついに二人と映画の撮影を始め構想を説明する。
崖の上にいる人は、天上の人であり、観光で楽しみを謳歌する人。底の人はゴミを拾うだけの人。この二つの対比は、貧富の差、競争社会、生きづらさを暗示している。
61分の映画でソンモが自作のストーリーどおり水の中へ入って行くときにふと気づいた。ピンボケ映像の理由が。ピンボケはソンモの生と死の逡巡ではないかと。人は迷い、とまどい、悩んで生きている。ソンモもまさに生きることに疑問を呈していたのではないか。だから死を望む、それもフィルムに焼き付けて。
ただソンモが水の中に入っていき、姿が見えなくなったことは、生と死どちらを意味するかを考えなくてはいけない。ホン・サンスがラストシーンまでピンボケにした理由は、映画に余韻を残し見る者の想像力の喚起を促しているからだ。
焦点を伴わない名誉の遂げ方。
ソンモが監督として映画を作ることになり、集められた撮影担当ソングクと出演ナミの3人のお話。ただ作品の映像はピンボケ。済州島の蒼い海も。
このピンボケ。もちろん、その意味を探るわけで。当初は陰鬱なソンモに向けられたものかと思いきや、ソングクとナミが作る浮かれた空気感に向けられているように思えてくる。
海岸の岩場に落ちている吸い殻を拾い集める近所の女性の「街をきれいにしている」というゴミ拾いの動機が、ソンモが作品作りの目的に掲げていた名誉と合致。いよいよ作品制作がスタート。(唯一ここだけはピンを合わせても良かったように思うけど、さすがに説明しすぎかなw)
高台で海岸の景色を楽しむ観光客と、海岸でゴミを拾う地域住民の対比がソングクとナミ、ソンモとかぶる。そのまま作品はピンボケのまま終焉を迎える。かつて自分が制作した悲しい音楽作品に包まれながらのシーンは、ピンボケによる距離感の曖昧さの効果か、とても無機質に感じられた。生き方を見失ったソンモにとって、外界は作品の映像のように焦点が合わない状態で見えているのかも知れない。
字幕に集中し過ぎちゃった
ほとんどが、少しぼやけた映像なんですよね。
最近、年のせいか目が悪くなってきてるから、まず自分の目を疑ったもん。
字幕はハッキリ見えてるから、目のせいではないって気づいたけど。
そして私、韓国語が全く分からないので、この状態だといつも以上に字幕に依存して観る感じになるんです。
台詞がストレートに入ってくるって言えばそうなんだけど、文字をただ追う感じになっちゃう。
多分、人によって感じ方は大分変わると思うんだけど。
それでも、終盤でソンモが二人に構想を説明した辺りからは面白かったし、ラストシーンはこの映画としても、また劇中映画のラストとしても良かったです。
ホン・サンスの余白感に若者はどう挑むか
ホン・サンス作品はビギナーながらも配信で10作品以上観て、気に入っているつもり。だが張り切って映画館に行くとどうしたわけか、ウトウトしてしまうのだ。新作になるほど手ごわさが増している気がする。
『水の中で』は、映画監督や女優が出てくる話なのはいつもと同じ、違うのは登場人物3人が全員若い。
確かに過去のホン・サンス作品は若者のギラギラした恋愛も描いていた。けれど今の余白たっぷりの作風で、年配者の含蓄ある言葉も出てこないのは戸惑う。『イントロダクション』のような唐突なお説教もない。
3人が食べ物を食べる音だけが続くシーンもあり、会話劇よりも若さゆえのぎこちなさが前面に出てくる。
面白いのは三角関係のような部分で、映画監督はいちおう先輩として尊敬されているのだが、映画づくりに悩むうち女優とカメラマンばかり仲良くなっていく構図。
最初はロケハンで女優を路地に立たせて悦に入っているが、焦るあまり2人を置いてひとり歩き始め、ついには監督が頭を抱える脇で2人がおしゃべりに興じる。
監督が救いを求めるのは海岸でゴミ拾いする女性、かつて曲をプレゼントした(そして歌ってくれた)ガールフレンドだ。
天然だった主演女優も、だんだんことの深刻さに気付き始めたように見える。
ラストシーンで海に入っていく監督を、残る2人はどんな思いで見守ったのだろうか。
こうして思い出すとこの映画をしっかり楽しんだ。余韻も残ったと思う。翌日観た『旅人の必需品』がさらに強敵だったから、それに比べれば、ということもある。きっとこれからも肩透かし感を覚えつつ、新作に期待してしまうのだろう。
静かで淡々とした作品
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