「クランクアップ」はアメリカでは通じない? 日米の映画現場を知る映像作家が明かす、撮影用語の意外なギャップ
2026年3月3日 19:00

映画の撮影が終わったとき、日本では「クランクアップ」と言う。主演俳優が花束を受け取り、涙を見せる——そんな光景はエンタメニュースの定番だ。だが、この「クランクアップ」という言葉、実はアメリカの撮影現場ではまったく通じない。
ロサンゼルスを拠点に20年以上にわたり日米の映画業界を取材してきた映画ジャーナリストの小西未来氏に、撮影現場の用語や文化の違いについて聞いた。(インタビュー・取材/本田敬)
そもそも「クランク」とは、初期の手回し式撮影機のハンドルのことだ。フィルムを回転させるためにクランクを回す——その動作が語源となり、日本では撮影開始を「クランクイン」、撮影終了を「クランクアップ」と呼ぶようになった。しかし、英語圏ではこうした言い回しは使われない。
ちなみに日本で使われる「オールアップ」も和製英語だ。英語の”all up”は「すべて終わった」あるいは「ダメになった」という意味であり、特定の俳優の撮影完了を指す日本の用法とは異なる。

撮影後にセリフを録り直す作業を、日本では「アフレコ」と呼ぶ。“After Recording”の略だが、これも完全な和製英語だ。
小西氏によれば、もともとセリフの録り直しは「ルーピング(looping)」と呼ばれていた。フィルムをループ状に繋いで何度も再生しながら、手作業で録音する方法だ。1960年代後半に電子制御システムが導入され、再生・録音・同期の仕組みが自動化されたことで、“Automated Dialogue Replacement”という名称が生まれた。1983年にMPSE(映画音響編集者協会)が賞カテゴリ名に採用したことで業界標準の呼称となった。
アフレコに関連して、日米のアニメ制作には根本的なワークフローの違いがある。
日本でセリフを先に録ることを「プレスコ」と呼ぶが、これにも用語のギャップがある。英語の”prescoring”は本来「撮影前に音楽や歌を録音する手法」を指し、ミュージカル映画などで使われる用語だ。セリフの事前録音まで含めて「プレスコ」と呼ぶのは、日本独自の用法である。
映画業界には、ほかにも知らず知らずのうちに使っている和製英語がある。
撮影場所を探す「ロケハン」は”Location Hunting”の略だが、英語では”location scouting”と言う。“hunting”ではなく”scouting”だ。映画人ヘンリー小谷が大正〜昭和期にアメリカから持ち込んだ用語が、日本で独自に変化したとされる。
撮り直しを意味する「NG」は”No Good”の略だが、英語圏では撮影用語としては使われない。失敗テイクは”blooper”や”outtake”と呼ぶ。「NGという言い方はGHQの検閲時代に日本で広まったとされています」と小西氏は説明する。映画の最後に流れるスタッフ・キャストの一覧を日本では「エンドロール」と呼ぶが、これも和製英語だ。英語では”end credits”または”closing credits”と言い、“end roll”では通じない。

撮影済みの未編集映像を確認する上映を、アメリカでは”dailies”(毎日確認するから)、イギリスでは”rushes”と呼ぶ。日本の「ラッシュ」はイギリス英語に近い。
日米の撮影現場では、カメラを回し始めるまでの手順も大きく異なる。
一方、アメリカの現場は各部門がコール&レスポンスで確認を返す、きわめてシステマティックな手順を踏む。
ちなみに、この”Action!“という掛け声にも逸話がある。D.W.グリフィス監督が撮影のもたつきに苛立ち、”Lights! Camera! Action!“と叫んだのが始まりとされる。一方で、クリント・イーストウッドのように、俳優の集中を妨げるとして”Action!“を使わないことで知られる監督もいる。また、日本ではカチンコを打つのは助監督の仕事だが、アメリカではカメラ助手が担当する。
「これも現場での役割分担の違いが表れていて、興味深い点です」

最後に、用語そのものではないが、小西氏が映画ジャーナリストとして数多くのハリウッド作品のセット取材を重ねる中で気づいた、現場文化の興味深い共通点がある。
日本の映画・芸能の現場では、深夜であろうと早朝であろうと挨拶は「おはようございます」で統一されている。歌舞伎の世界で、早くに楽屋入りする役者への「お早いお着き、ご苦労様です」が略されたものとされ、歌舞伎役者が映画界に移った際にこの習慣も持ち込まれた。
アメリカの場合、ユニオン(SAG-AFTRAやIATSE)のルールで最初のコール時間から6時間以内に食事休憩を取る義務があり、破ると30分ごとにmeal penalty(罰金)が発生する仕組みだ。制度化の度合いは異なるが、根底にある発想は同じである。
明治時代にベースボールを輸入した日本の野球界では、「ナイター」「デッドボール」「フォアボール」など数多くの和製英語が生まれた。アメリカでは通じないが、それらはすでに日本の野球文化そのものの一部だ。映画もまた同じである。「クランクアップ」も「アフレコ」も「NG」も、英語としては”誤用”かもしれない。しかし、100年以上にわたり海の向こうの文化を受け取り、自分たちの現場に合うかたちで言葉を育ててきた——その営みこそが、日本の映画文化の豊かさにほかならない。

ロサンゼルス在住の映像作家・ジャーナリスト。南カリフォルニア大学映画芸術学部大学院修了。「カンパイ!世界が恋する日本酒」「カンパイ!日本酒に恋した女たち」などのドキュメンタリー映画を手掛ける。ゴールデングローブ賞投票会員。
ところで「ロケハン」「ラッシュ」「アフレコ」「クランク(インまたはアップ)」といった用語は初出はいつなのか。それを確認すべく、東京・京橋の国立映画アーカイブの図書室(https://www.nfaj.go.jp/library/)を訪れた。ここは和書を中心とする膨大な映画文献が保管されており、1919年創刊・日本最古の映画雑誌である「キネマ旬報」の創刊号から最新号までのバックナンバーが揃っている。ちなみに同誌は戦時統制のため、1941年にいったん終刊となるが、その後継誌だった「映画旬報」(1943年廃刊)の1月号の紙面にこれらの用語が初登場する。
掲載箇所は「昭和十五年度 大作・問題作の製作記録」という前年の話題作の製作現場を振り返るレポートで、以下に引用してみる。「西住戰車長傳」(監督・吉村公三郎)の項目では「一月二十二日 下志津ロケハン。吉村監督、生方キヤメラマン以下三名、四街道より下志津を経て習志野練兵場に至る区域を詳細に点検す」とある。以下「木石」(監督・五所平之助)では「4年ぶりでクランクする五所監督の演出振りは見るからに楽しさうだつた」。「大日向村」(監督・豊田四郎)では「九月三日、一部ラツシユ試写、アフ・レコを行ふ。十六日、中川栄三指揮にて音楽ダヴイング」。「宮本武蔵(1954)」(監督・稲垣浩)では「一月二十八日、撮影開始。他の組と俳優の差支へあり一週間休み。その間にロケーシヨン・ハンチングを行ふ」。「晴小袖」(監督・牛原虚彦)では「十二日、各部準備完了してクランク開始。上御料の境内にロケ、深川八幡の場を撮る」「二十四日、クランク終了。インサートの嵐の雲を撮る。ネガ総計三万二千七百六十五呎」などと記述されており、こういった用語は現場ではすでに日常的に使われていたと考えられる。
なお「キネマ旬報」はその後復刊し、1950年10月号以降は「クランク・イン」「クランク・アップ」「ロケハン」「ラッシュ」などの用語使用が定着し、現在に至っている。
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