「冬の雨は二人を近づける冷気を纏い、春の雨は二人を旅立たせる暖かさを抱いている」サヨナラの引力 Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
冬の雨は二人を近づける冷気を纏い、春の雨は二人を旅立たせる暖かさを抱いている
2026.7.8 字幕 TOHOシネマズくずはモール
2025年の韓国映画(115分、G)
リメイク元は2008年の台湾映画『后来的我们/Us and Them(邦題:僕らの先にある道)』
別れたカップルが再会し、あの頃を想起する様子を描いたラブロマンス映画
監督はキム・ドヨン
脚本はキム・ハナ&ヨム・ムングン
原題は『만약에 우리』で直訳すると「もし、私たち…」、英題は『Once We Were Us』で直訳すると「かつて私たちは「私たち」だった」という意味
物語は、2024年のベトナム・ホーチミンにて、ソウル行きの機内にて、かつて恋人同士だったイ・ウノ(ク・ギョファン)とハン・ジョンウォン(ムン・カヨン)が再会する様子が描かれて始まる
台風の影響で飛行機は飛ばず、ホテルを探そうとしていた二人は、再び同じホテルで遭遇することになった
最後のひと部屋を借りることができた二人は、相部屋で一泊することになった
10年前の2014年、二人は恋人同士だったのだが、その出会いは2008年にまで遡る
大学生だった二人は、雨のバスターミナルで出会い、偶然コフン行きのバスの隣の席になっていた
だが、土砂崩れの影響で立ち往生し、ウノの父(シン・ジョングン)の車で迎えに来てもらうことになった
父は食堂を経営していて、ジョンウォンはその店に招かれることになった
その後、ウノはバイクに彼女を乗せて、彼女の目的地へと連れていくことになった
だが、ジョンウォンが会いたかった人は休みで不在で、仕方なく帰途につくことになった
ウノはなんとなく彼女のことが気になって引き返し、道ゆく彼女を見つけ出す
そしてジョンウォンは、ウノをテアンに連れて行き、そこで「太陽が沈むまでに100回願い事が言えれば叶う」と言って、何かの願い事を始めるのである
その後二人は友人としての関係をスタートさせ、ウノの友人スンチャン(キム・ソウォン)、ギョンソク(イム・ジェヒョク)、ジョンウォンの友人ユンジン(キム・ソユル)たちと交流を深めていく
ウノは友人たちと一緒にゲームを開発して「100億ウォン稼ぐ」という夢を持っていて、ジョンウォンは建築家になりたいと考えていた
だが、彼女は困窮していて、とても建築学科に入るような資金は捻出できなかったのである
映画は、現代パートがモノクロで、過去パートがカラーという演出になっていて、それがどうしてそうなっているのかは「ウノの作っているゲームの設定と同じ」ということになっていた
ゲームでは、恋人を失った主人公が彼女を探す旅になっていて、彼女を見つけるまではモノクロの世界に居続ける、という設定になっていた
現代パートは二人は恋人関係ではなく、その復縁の兆しも見られないものの、「あの時、どうして僕たちは別れてしまうったんだろう」というものに想いを馳せる、という感じになっている
元々は友人関係だったものの、ウノはジョンウォンに恋をしていたが、彼女は建築家サークルの先輩ミンジェ(イ・サンヨプ)と恋人関係になっていた
だが、ミンジェの浮気が発覚し、行くところがなくなったジョンウォンがウノを頼ることになった
そして、傷心の彼女と大晦日という特殊なシチュエーションが重なって、二人は一線を超えてしまうのである
映画は、経済的な背景(リーマンショック)があり、父が倒れるという家庭環境もあり、そんな中で「夢を追うか、生活を追うか」を悩んでいく二人を描いていく
家賃の更新ができなくなって、半地下のアパートに移り住むことになるのだが、そこには二人が愛用した赤いソファを入れることができず、この引越しの際に「ジョンウォンが作った家の模型」も捨てて引っ越していた
ある意味、ジョンウォンは自分の夢を諦めて、ウノを支えようと考えていたが、彼は自分のことしか見えておらず、半地下に移ってからは、会話という会話がなかった
ソファの喪失、太陽の光の遮断があって、ジョンウォンは心を決めるのだが、ウノは彼女を引き止めることができない
そしてその後、二人はそれぞれの夢のために生き、ウノはゲームを完成させてジョンウォンに連絡を取る
だが、彼女は編入試験に集中していて、彼の連絡先を消してしまっていた
ジョンウォンは2014年に無事に編入を果たし、建設会社に就職して実地経験を5年積み、ようやく建築家としての一歩を歩み始めていた
彼女は念願の戸建てを自身の設計で建て、そこに事務所を設立するまでになった
そうした先にあった再会は、彼女にとっては何かを予感させるものだったが、それは現実によって打ち砕かれてしまうのである
二人は「あの時」を思い返しながら、「もしも、こうしていれば」という後悔を口にしていく
だが、ジョンウォンはそれを全て否定し、「列車の件」でも一度は肯定しつつも、最終的には否定することになった
これは、ウノの現在を知ったからであり、二人がまだフリーだったら事態は変わっていたかもしれない
ウノにとっての恋愛は、ゲームが完成したことで終わり、ジョンウォンの恋愛はウノが新しい生活を手に入れたことで終わりを告げている
ラストでは、ゲームの中で続いている二人の恋愛を眺めるジョンウォンが描かれるのだが、あの時にあの電話に出て、彼が完成させたゲームを見たら、何かが変わっていたのかもしれない
それでも、あの時点の彼らは、どちらかが夢を諦めて支えなければならないほどに不安定だったことは間違いなかったのだろう
いずれにせよ、愛し合っていても関係が続くとは限らず、人生とはタイミングによって、大きく転換点を迎えることを示唆している
お互いの大切にしているものが見えなくなっている時点で恋愛は破綻をしていて、それは環境が変わったからとかではなかったのだろう
二人を結びつけた楽曲は、映画『키다리 아저씨(邦題:ふたつの恋と砂時計)』の代表曲『사랑은 봄비처럼...이별은 겨울비처럼(日本語訳:愛は春の雨のように、別れは冬の雨のように、歌唱:イム・ヒョンジョン)』なのだが、この歌の歌詞を知ると「この恋愛がうまくいかない理由」というものが隠されているようにも思える
また映画はジーン・ウェブスターの児童文学『あしながおじさん』を現代の韓国風にアレンジした作品で、この映画が引用されている理由も映画に関連づいている
彼女が「家になってくれてありがとう」というのは最大限の賛辞と感謝を示す言葉であり、それは恋人以上に大切な存在だったことを認識していると言えるのだろう
それゆえに、ジョンウォンはウノの幸せを願うことになり、彼女は彼女自身の言葉でこの恋愛を終わらせている
楽曲に関しても、結ばれない二人を歌っている歌で、それが二人を繋げてしまったというのも奇妙なものなのだが、それゆえに「引き裂く力」が生まれてしまったようにも見える
もし、この時に違う楽曲が二人を結びつけたらと思うものの、そう言った「もしも」というものは存在しない
それを思うと、運命は流れるべくして流れた、と受け取る方が健全なのかもしれません
