ドラマなふたりのレビュー・感想・評価
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あなたは、愛する人の過去をどこまで許せますか?
地獄すぎて、クライマックスシーンでは、周りで観ていた観客の皆さんから「あー……」とか「うっわ……」とか、思わず声が漏れていた。
わかるよ、その気持ち。
私も「さいっあく!」と小さな声が漏れたから。
あの瞬間、劇場にいたみんなの気持ちはひとつだったと思う。笑
結婚式を控えている恋人たちには、ぜひ肝に銘じてほしい。
結婚式1週間前に、泥酔しながら過去の暴露話をしてはいけません。
正直私は、友人たちやロバート・パティンソン演じるチャーリーの過去の方がよっぽどドン引きだったけれど、お国柄もあってか、物語はゼンデイヤ演じるエマの過去の方を「ありえないもの」として捉える視点で進んでいく。
そしてエマの暴露話を聞いたことで、チャーリーはそれまでなんとも思っていなかった彼女の過去の行動までネガティブに結びつけ始める。
「あのときのあれも、もしかして……」
「本当はこの女、サイコパスなんじゃないか?」
そんなふうにどんどん疑心暗鬼に陥っていく姿を見ていると、たったひとつの事実を知っただけで、同じ人間がこんなにも違って見えてしまうんだなと思った。
しかも、そんなチャーリーの疑心暗鬼や葛藤を、言葉で説明するのではなく映像で表現していく。その見せ方がとても面白かった。
もし自分だったらどうするだろう、と考えたけれど、やっぱりこうなってしまったら、とことん対話をするしかないんだろうなと思う。
過去は変えられない。
過去の自分も、紛れもなく自分ではある。
でも、大切なのって今の自分なんじゃないのかい?
相手の過去をどこまで受け入れられるのか。
過去を知ったことで変わってしまった「今の相手への見方」と、どう向き合うのか。
題材自体は至ってシンプルだけれど、観ながら「自分だったら?」と考えさせられる、見応えのある作品だった。
藪蛇な試練でむき出しになる人間性、試されるパートナーの器
酔った勢いで余計なぶっちゃけをしたばっかりに、結婚直前のキラキラな2人が身も蓋もなくぐちゃぐちゃになってゆく話。
綺麗事過ぎるラブストーリーよりはぐちゃぐちゃな話の方が正直面白そうだし、ロバート・パティンソンは出るし、そこそこの期待感があった。
予告でも流れて、ゼンデイヤ演じるエマの「秘密」に俄然注目してしまった「最悪の秘密」告白ごっこのシーン。
……あのですねえ。最悪の秘密を打ち明け合うなら、最低限その秘密の内容について善悪をジャッジするってのはナシってルールにしましょうや。現在進行形で犯罪やってますって話でもない限りは。
個人的には、子供閉じ込め放置をしましたあ〜テヘペロとか言ってたレイチェルが、エマには急に正義漢ヅラしてヒステリックに糾弾しだしたのが一番ムカついたんですが。
それにレイチェルだけでなく、マイク(犬に襲われて彼女を盾にし、彼女が噛まれる)とチャーリー(相手が引っ越すレベルのネットいじめ)の秘密も結構エグくて笑えない。
エマが高校生の頃に銃乱射を考えた、それは確かによくないけれど、いじめられて精神的に追い詰められてのことだし、結局は実行しておらず、”更生”して銃規制運動までしているのだから、酌量の余地があるように思えた。
ところが、その告白によってチャーリーはどんどんおかしくなっていくし、彼がエマの名前を隠して相談した同僚のミーシャは、あくまで過去の話と伝えても典型的なサイコパスだとか自分なら通報するとか言うし、私の見方がおかしいのだろうかと戸惑ってしまった。
ただ考えてみたら私でも、仮に友人が「昔どこそこの店とトラブルがあって、仕返しに放火しようと思って実際ガソリンを準備した」みたいなことを言い出したらやっぱりまあまあドン引きする気がする。
彼らの反応には、それぞれの背景が影響しているということだろう。レイチェルがヒステリックに反応したのは、いとこが銃乱射の被害に遭ったからだし、チャーリーがエマの秘密を聞いて怯えたのは、彼がイギリス人で、アメリカのような銃社会で生まれ育っていないことも遠因になっているかもしれない。
(とは言ってもレイチェルには同情しない。彼女の閉じ込め放置の告白だって、他の3人の誰かが仮に過去に同種の加害によってトラウマを負っていたなら、その人間にショックを与えた可能性は十分あった)
チャーリーが一番ショックだったのは、彼がエマとの初対面の時にチャームポイントだと感じた彼女の聞こえない耳が、実は銃乱射の練習によるものだったという事実だろう。魅力の源泉が突如恐怖の源泉に変貌したわけで、彼の中で、結婚の決断までした相手であるはずのエマの人物像そのものが根本から揺らいだからだ。
オープニングでクローズアップされたエマの耳は、2人の関係が暗転し混乱してゆく物語のキーパーツということだ。
そこからチャーリーのメンタルは混迷を極める。エマの過去にドン引きし、彼女が秘めているかもしれない暴力性に恐怖して、銃の絵柄のマグカップを捨てたり、いつでも逃げられるようにということか、部屋で下着姿なのに革靴を履いていたりする。前撮りの撮影スタッフに「shoot」を連呼されてビクつく。
エマから過去の詳しい経緯を聞いてもなお不安と迷いは続く。レイチェルに対し嘘をついてまでエマを擁護する一方、例え話を装って同僚のミーシャに相談し、不安を煽る回答に取り乱して泣き、何の勢いかミーシャと肉体関係を持とうとする。
銃乱射のような物騒なことを考えるだけなら誰にでもあることじゃないか、言わないからわからないだけだ、と言ってエマを庇って見せるが、チャーリー自身が腹をくくってエマの過去を受け入れることがなかなかできない。この混乱具合が悲惨で情けなくて、ちょっと滑稽だ。ロバート・パティンソンの迷走するダメ男っぷりがいい。
アラナ・ハイムが上手いということなのだろうが、レイチェルのクズ女っぷりもすごかった。いやー腹が立った(笑)。秘密の暴露をけしかけておいてあの態度。プライベートでエマに嫌悪感を持ったのに仕事の連絡を無視する公私混同。連絡つかないからとプロジェクトから外されたら、結婚式に行かないとか言いだすし。社会人の自覚ないのかな? 結局出席して当てつけがましいスピーチするし。
そんなレイチェルへの嫌悪感が強烈だったせいで、他の登場人物のおかしさが相対的に薄まって見えた。
エマと添い遂げる覚悟も結婚を白紙にする勇気も持てないまま迎えた結婚式は案の定ぶち壊しになる。2人の関係も破綻したかと思いきや、彼らは以前、式の後に行こうと約束したダイナーで落ち合い、映画冒頭で出会いのシチュエーションをやり直したように、自己紹介からやり直す。お互いに最悪な過去と人間的な弱さをさらけ出した上で、相手の人物像を捉え直し受け入れようとする。2人は地に足のついたカップルになれるかもしれない、という希望が垣間見えるラストだった。
他人の人物像というのは、相手が例え恋人であっても思わぬことで揺らぐものだということ。その揺らぎに襲われた時、相手をどう捉え直し、どのように受け入れるか。そんなことを考えさせられた。
……とはいえ、個人的には恋人どうしであっても相手の全てを知ろうとする必要はない派ですねえ。最悪の秘密暴露ごっことか、中学生みたいなことをいい大人がやってもろくなことはない。
レイチェルなんかを友人に持ったのが運の尽き。恋人の友人の彼女で仕事上も繋がりがあれば、接触は避けられないんだろうけど……
この映画の裏テーマは、「友人は選べ」ということかもしれない。
衝撃の告白が夫婦関係をじっくりと壊していく恐怖
結婚を間近に控えたカップルが親友夫婦と一緒に食卓を囲んで始めるとある"告白ゲーム"。遊びはするタイミングを見誤るととんでもないことになるもの。また、告白は内容によってする側と聞く側の間に感覚の違いがあることも承知しておかなければいけない。
とは言え、彼女の告白が友達や未来の夫を凍り付かせることになるゼンデイヤ扮するヒロイン、エマを誰も責められないし、時間の経過と共にエマに対する不信感と恐怖を募らせていく夫のチャーリー(ロバート・パティンソン)を軽蔑する気にはなれない。この映画の目的は人間同士の間に生じる亀裂が最初は次第に、やがて一気に深くなっていく様子から、人の心の弱さとあやふやさを観客に突きつけてくること。このあたり、ノルウェー出身の監督(脚本も兼任)のタッチは冷徹だ。中でも、エマの告白がアメリカ社会の病理に起因しているところは、アメリカを俯瞰で見ている外国人の客観性が反映されていて面白いと思う。
話題の『オデュッセイア』とは違い、同じ共演でもガチで勝負するゼンデイヤとパティンソンが押しと受けの関係を上手に表現している。個人的にはパティンソンの壊れ方がより面白いと感じた。にしても、たいしたことではないと思って周囲に告白したことが人間関係を崩壊させるなんて、ありそうだからちょっと震える。酒の席には気を引き締めて参加しよう。
前半ノロケ、後半修羅場(笑)
冒頭は結婚式準備のふたりのノロケが語られる
これがずっと続くなら、鬱陶しいなと思うほどに(笑)
新郎新婦による、馴れ初めスピーチ原稿作成
披露宴中に、ふたりが踊るダンスの練習(振付師によるレッスン)
披露宴で出す料理の試食や、酒類の試飲もある
(一般的アメリカの披露宴のスタイルの参考にもなるかも)
結婚式の進行役をしてくれる友人夫婦との4人での試食の席、今までの人生でやらかした一番悪いことの告白大会に
エマ(演:ゼンデイヤ)の告白した過去に、女友達のレイチェルが激しく反応し、その場で絶交する勢い
それにつられてか、フィアンセのチャーリー(演:ロバート・パティンソン)も、エマの過去にこだわり始める
(レイチェルのそんな反応がなければ、この後のストーリーはどうなっていたか…?)
冒頭の、チャーリーにベタ惚れされているチャーミングなエマの姿は次第にかき消える
映画だから、映し方の違いもあるだろうが
『スパイダーマン』シリーズのヒロイン役でもあるゼンデイヤが、目をギョロッと見開いて、こちらを影でチェックしているような得体のしれない人に見えてきて、チャーリーにも、観客にも魅力的に見えなくなる
(キルスティン・ダンストもそうだが、「スパイダーマン」シリーズのヒロインは、ちょい癖がある人がキャスティングされますね)
“恋は盲目”と言うが、その盲目フィルターが働かなくなる感じ
誰しも恋人の全てを知ってはいない
実は思う相手には、とんでもない悪癖があるかもしれない
恋なんて、実のところはその半分くらいは自分の好ましい妄想を相手に当てはめて、自分の脳内で理想的な何かに祭り上げて、勝手に思いを寄せてるのかもしれない
そんなことを考えると、片思いって、実は最強に幸せな状態かもしれないと感じてしまうほど
エマはエマでチャーリーからの不信感を感じ取り、友人たちにも悪評が広がっていく現状に不安な日々
本人も「高校時代はブスだったから!」と自嘲していたが、あの頃の冴えない、いじめられっ子だった頃のエピソードがいくつも思い出されて、エマは自信を喪失していく
しかし結婚式までの7日間は無情にも過ぎ去って…
そして迎えた披露宴
日本式の花嫁花婿はひな壇、ではなく、会場中央のテーブルに両親と席を並べて座るスタイル(参考になる)
お仕着せの司会ではなく、くだんの友人夫婦が要所要所で会を進行していく
進行役なのにもかかわらず披露宴を欠席宣言していたレイチェルも出席してるが、明らかに不愉快そうにずっと酒をあおる
冒頭で披露宴のDJ担当の女性がヘロインをやってたような姿を夜の街角見かけて、そんな人に仕事を任せられるか否かを4人で話し合っていたシーンがあったが、どこまでがOKかの線引きのスケールにお国柄が出ていた(映画ではヘロイン吸引シーンなんてよく見かけるが、やはり薬物中毒者なんて忌避されるのね)
映画自体は、とにかく疲れた
主人公ふたりが疑心暗鬼になっていき、日常業務にも差し触るほど悩む姿が描かれる…そりゃあそうだよね。しかし、これから一生を共にする決断を公にするイベントはどんどん近づいてくる
本国でも、どこまでなら許容範囲なのか論争を巻き起こしたらしいし
エマのしでかしそうになったコトがそれほどセンシティブな事か、日本だったらあまりにも絵空事すぎて、ふーんという感じかもしれない
更に当時の彼女の心境を詳しく聞いたら、多少は同情できるかもしれない
(わたし個人的には、レイチェルとチャーリーがしでかしたことの方がよっぽど拒絶感がある、一歩間違えてたら死者が出てたかもしれないことだ)
しかし銃社会アメリカで、ソレが常に身近にある恐怖として暮らしている身ならば、感覚が異なるかもしれない
そしてラスト
映画評では前向きに解釈しているものが多そうだが、私なら全て破綻しているとしか思えない
この映画の翌日に中野量太監督作品『わたしは あなたを 知らない、』を観たが、その心境で“知らない人”として知り合うことはできるかもしれないが、そこから恋が生まれるかは大いに疑問。前にも触れたように、恋は盲目、脳内お花畑状態にはもう二度と陥ることはないはず
おまけに周囲にもふたりの顛末は共有されていて、ゼロリセットではなく、マイナスリセットの関係しか築けないと思う
現実的に色々考えさせられて、疲れた映画だった
良いエンディング
見ようか見まいか迷っていた作品。結果見て良かったです。小作品でクスッとするところもあり、見た後気持ちいい映画です。途中までは冗長に感じますが、これは後半への種蒔きなんでしょう。退屈な程順調な結婚への流れが、あるアクシデントから不穏な空気に変わる。A24なんでグロテスクな展開も想像してしまいましたが、そうはなりません。男性主人公が混乱を極め、そうはしないだろうという行動に突き進むのが、哀れで正直可笑しい。テンポも良いです。最後カフェテリアで女性主人公が男を救ってやるシーンが、同じ情け無い男として、自分も救われた気持ちになりました。最後ブチっと終わる所も良かった。
女友達が酷いヤツと聞いて観に行きました。レイチェル最高!
日本人にはわかりにくいことでピンと来ないところもあるのかも知れませんが、エマの過去については、なぜそんなことをしようと思ったのかが一番大事だと思う。
婚約者であれば、友人であれば、なおさらそこに思いを馳せるべき。だけどなんせタイミングが悪過ぎる。
そしてなにより、彼らは意味が分からないのでは?と思いました。恐らく彼らは生まれながらにとても恵まれた環境で生きてきてきていて、エマの辛い過去が理解できなくて、そんな感情があることも考えたことがないのかも。彼らはやる方であってやられる方ではない。いじめで相手を引っ越しさせる。森に置かれたクローゼットに閉じ込めて鍵をかけて放置する。野良犬の盾にする。全然酷い。多少盛っていたとしても、酒の肴にする話ではないのにわかってない。悪人ではないけど困った人たちです。
エマの失敗は15歳の過去ではなく、そんな彼らを信用して話したことでした。
何と言っても結婚式の直前という焦りのせいで、ふたりとも余裕がない。普段なら色々な問題を笑って解決できていたのに今回は全くうまくいかない。いつもの「はじめからやり直し」も「ズボンを脱がす」も功を奏さず。
そしてそのまま結婚式。式中に過去が明されるのではないかと疑心暗鬼になったエマが騒ぎを起こす直前に、チャーリーがめちゃくちゃにしてしまう。エマが壊す前にチャーリーが壊す。ヨカッタヨカッタ。
その夜のダイナーでは、なんだかんだ、とにかくふたりは大丈夫だと思えるラストに一安心です。どうぞお幸せに。
友人レイチェルも最後の修羅場で盛り上がってましたよね。もう彼女のターゲットはエマから「チャーリーがキスした女性の彼氏」に移っているのかも。明日にはその話題でエマに連絡ありそうな勢いでした。レイチェル最高!
クリストファー・ボルグリ監督の過去作
「シック・オブ・マイセルフ」
「ドリームシナリオ」
私はこの監督が好きみたいです。
ラブコメとして観たのが大正解
結婚一週間前って、結構ナーヴァスになるもんだと思う。その雰囲気が楽しかった。人ごとで。
他の人の感想の中に、「ジャンルとしてはウディ・アレンの映画みたい」というのを読んで、見る気になった。
小品だけど、キレのいい小品で楽しめた。ただ、ウディ・アレンの映画とは違う。ウディ・アレンの方が品がいいし、えげつないし、深い。
でも、なかなかいい映画で面白かった。
監督がシナリオも編集もしている。そのせいか、映像や編集が無駄がなく、テンポがいい。編集は、時間が前後したり、けっこううまいと思った。そんな演出技術が楽しめた。
それに話は、なんか身につまされるというか、こういうのってあるような〜と思って楽しめた。結婚一週間前って、結構ナーヴァスになるもんだと思う。新郎新婦とも。その雰囲気が楽しかった。人ごとで。
石原慎太郎がなんかのエッセイで「新婚の時に後ろをついてくる妻の足音を聞いてゾッとした」的な話を読んだことがあるけど、「一人」に決めるってのは、かなりゾッとすることかもと思ったり…。結婚してからなんとなくわかる気がした。そんなことを思い出した。彼も急に決められなくなったんだね。それでもラストは…。
よくできた話で、うまい演出で、映像も良かったし、満足の映画でした。
主役のゼンデイヤとロバート・パティンソンも良かったし。ラストも良かった。
深淵はやはりのぞいてはいけない
ふとした発言によりその人の見えてはいけないものが見えてしまった時。これが赤の他人ならいいが、よりによって結婚しようとしている相手だった。そんな時どうする?
観終わった後に語り合いたくなる映画やった。これは感想でその人の価値観が見えそうやなと。
人生の中で悪いことを発表し合おうというのがまず最初の過ち。お酒の入ってるところでする本音話は経験上碌なものではない😅
今の彼女を信じたいけど信じられない。疑心暗鬼になっていく。その様子をロバートパディンソンが熱演。イケメンなんやけど、ちょっとなよっとした男が何故かとても似合う。
ぎゅうぎゅうの靴を黙って履いているあたりで彼の性格がよく表れており妙にこの演出に納得してしまった。
最後はリスタート。でも、ここからもし本当に関係をやり直すことができれば正真正銘のベストパートナーになれるのでは?というA24にしては珍しいハッピーエンドやと私は思った。
ここからは私の主観。
レイチェルはエマをめちゃくちゃ批判してたが、あんたは実行に移してかつ黙ってたんやで?そっちのほうがかなりタチ悪いやろなんて思ってしまった。しかも閉じ込めた彼が言えないことまで見越してたのでは?と。結婚式であえて嫌味なコメントをする時点でこの人自身は成熟した大人にはなれなかったんやろうなと思ってしまった。
私が彼氏の立場ならどうするか…これもあくまでも自分の身に起きていないので実際のところ別の行動を取るかもしれないが、思いとどまった過程を掘るかな…。今現在のパートナーがどうなのかが大事。そこは見極めるしかない。
海外の価値観とはだいぶ違うのかな。そんなことを感じた映画だった。
最初からもう一度
なんで??
15歳のときなんて程度の差こそあっても闇を抱えてるものなのに、それも理解できないような男と結婚したいかな?
彼が彼女を理解できないことが理解できなくて、ずっと????でした。天使だとでも思ってた?
引き返せたならいいじゃん。そんな人無数にいるんだよ。どうして引き返せたのか考えたら、もっとたくさんの人を救えるよ。悪魔化してなんの意味があるのか。
あのときほんの些細なことで引き返して、そして人生を立て直して、僕と出会ってありがとうだろうが!!!人は些細な理由で変わるんだよ。
そういう、人の心の暗い部分を分かろうともしないで、美術の仕事なんてできるわけ??
それにラスト、新しく出会い直してたけど、そうじゃなくて過去も含めてきちんと受け止めなよ。過去があって今の彼女がいるんだよーー!!
とムカついたけど映画は楽しめました。ミーシャとばっちりすぎる。
白い嘘としてのドラマ
夫婦間には一切の秘密はない、と胸を張って言えるカップルがどれくらい存在するのだろう?ここでの「秘密」は不倫だの内緒の借金だのといったエグいレベルのことばかりではなく、他人に言うまでもないかなと思う他愛もない内容や、二人が出会う前のトラウマ的な出来事で他人には語りたくない等の話も含めれば、基本的に自分自身を100%開示している人間なんて、ほぼいないはず。
本作は、そんな秘密の告白がキッカケで引き起こされる悲喜劇だ。
人間誰しも自分の脆さや弱さを開示することは怖いし、いったん開示してしまえば、「いま言ったことは忘れて!」などと言ったところで相手の記憶には確実に残り、取り消すことはできなくなる。
だからこそ、100%の自己開示なんて必要ないし、言いたくないことは言わない方がいい。そして、それを秘めているからと言って、こいつは嘘つきだなどと非難する資格は誰にもない。
ましてや、「良い子ぶっていないで最悪な話をしなさいよ」と話すことを強要しておいて、実際には最悪な話をすると手のひらを返したかのように「アンタなんて最悪!」と相手を罵るのは絶対に無しだ。
でも、そうやってネガティブなことを知ってしまったが最後、その人物に対する悪い方向の妄想は果てしなく広がり、はじめは半信半疑でも次第に自分自身の中の確信に変わっていき、自分の思想を支配し始める。
こんな書き方をするとSFか風刺話のようにも見えるが、現代社会で世界中の信じられない数の人々が陰謀論などに絡め取られられて、一度も会ったことすらない他人を口汚く罵り、誹謗中傷しあっている様は、まさにこんなプロセスで起きているのではないだろうか?
ちなみに、英語の表現に "white lie" (白い嘘)というものがある。これは「他愛もない、罪のない嘘」のことだ。
現実ではないけれど、勝手に作り上げた物語かも知れないが、それによって人の心の機微が描かれたものを「ドラマ」と呼ぶのならば、真実をぶつけ合って傷つくよりも、ドラマの虚構の中で互いに笑い合い、笑って忘れて許すことで人は幸せになれるのかも知れない。
八つ目の大罪があるとしたら、愛。
30代にしてはなかなか痛い飲み会の中、事件発生。
日本人からしたら冗談で済みそうなエピソードトークだが、社会が、国が違えばそんな訳にもいかないのだろう。でも自分で振っておいて最後まで長引くブチギレはあんまりだ。
昨今のポリコレ云々はどうなったのか、直情的側面を全面に押し出し、「黒」歴史に触れた点はかなり挑発的だと思う。
ちょっとアレした人間を複雑にカテゴライズして、ガチガチに区別して自由を得たつもりでいる「かの国」っぽい作品である。
やり直しが効かないのが結婚であるのに、それを何度も反復、修正しようとするなんて、素晴らしい関係性だと思う。お似合い。良かったな!
ようこそ地獄へ。
I don't like m*****s
秀逸な設定から生まれる会話劇はセリフのボクシングさながら ひねりの効いたパンチが飛び交う “The Drama”
「劇」にあたる英単語には “play” と “drama” があります。守備範囲の広い動詞の play は遊ぶということから始まって、ゲームをする、(ゲーム的な要素のある)スポーツをする、楽器を演奏する、録音や録画を再生する、そして、劇を演じるといったように、演劇の外側の世界からやって来て演劇の世界で名詞になったときには「劇」そのものを指すようになりました。対照的に、もともと演劇の世界の言葉の drama は、野球中継で繰り返し使われてきた「いやぁ、野球って本当に筋書きのないドラマですね」のように、演劇の外側の世界にどんどんと守備範囲を拡げてゆきます。英語の drama はドラマ的な何かを指すだけでなく、ドラマ的な人までを指すようになっています。
さて、この映画の原題は “The Drama” です。ああ、いかにも、といった感じですね。ドラマ的な設定のもと、ドラマ的な過去や性格を持つドラマ的な登場人物たちがドラマ的な言動でドラマ的な事件を引き起こす、そして、その基調となっているのはきわめて演劇的な会話劇というわけです。おまけにクライマックスには人生においてもっともドラマ的であると言える結婚式が用意されています。そこでは中心にいるふたりは、いやが応でも新郎と新婦を演じなければなりません。
この映画を鑑賞中にちらっと思い出したTVドラマがあります。最近話題になることの多い『Tシャツが乾くまで』です。このドラマのほうはこのレビューを書いている時点で完結していませんので断定的なことは言えませんが、両者はともにいかにもドラマ的なドラマで演劇的な会話劇を基調にし、ゴシップめいたものをネタにしている点で似ています。セリフのやり取りが言葉のボクシングみたいになっていて、ひねりの効いたパンチの応酬みたいになっているところが似てると言ってもいいのではないかと思います。
ただ、この映画のほうは105分の上映時間を使って一応の着地点に到達しています。終わってみれば、ちょっとビターなロマンティック•コメディといった感じかな。私、個人的には、この映画、そもそもの物語の前提となる設定が秀逸で作劇に成功した秀作だと思ってはいますが、本当に好きかと問われるとあざとさや品のなさが気になって答えに窮してしまうかもしれません。上記に比較対照のネタにあげたTVドラマのほうに関しては、だんだんとセリフのパンチの切れが悪くなってきたような気がしています。でも、次回が待ち遠しい気持ちはまだ持続しているので、最後まで見届けようと思ってはいますが。
壮大なマリッジブルー
期待ハズレ
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