「何でもない日常だけれど、これこそが多くの人々にとっての普通の日常」生きているんだ友達なんだ Tofuさんの映画レビュー(感想・評価)
何でもない日常だけれど、これこそが多くの人々にとっての普通の日常
何となく息苦しさを感じながらも人生なんてこんなものだと諦観しながら送る地方の小さな町での日々。生活を変えようと一度、都会に出てはみたものの、やはりそこが自分の居場所だとは感じられない。そんなどこにでもありそうな、でもだからこそリアルな、若者の生き様を描いた作品。
個性的な石井は自宅ではレコードでベートーヴェンを聴き、仕事の合間に読む本はフランクルの『夜と霧』だ。生活の息苦しさを表現するために使われているのだと思っていたのだが、監督によればむしろ逆で、どんな過酷な状況におかれていても人間は人生に意味を見出すことができるというポジティブな捉え方の表象として使われていたそうだ。
作中で明示的な説明はないが、優実も恐らく幼い頃からヤングケアラー的な役割を担わされていて、大人になった現在でも母親の依存から抜け出すことができずにいるのだろう。そんな閉塞感の中で生きていても順応してしまう人間はやはり逞しいというべきなのだろうか。
何でもない日常だけれど、これこそが多くの人々にとっての普通の日常なんだろうな、とも思わせる。
なお、本作の本編はなんと39分。テレビの50分の放送枠で、CMを抜いたらこのくらいかな、という長さだ。せっかくシナプスとしては面白いものを持っているので、できれば人物像や関係性を掘り下げてもう少し詳しく描いた90分くらいの拡大版を作って欲しいと思った。上演後のトークショーに登壇していた監督に直接そんな要望を伝えさせてもらったのだが、是非やりたいとのこと。
でも、どうやら上野詩織監督が書いた脚本を伊参スタジオ映画祭というコンペに出したのだが、10分以内の短編部門、4〜50分以内の中編部門などに分かれていて、この中編の部門で大賞を獲得したことで映画化が実現したというのが本作の尺の理由だそうだ。
そして、本来は別の人が監督をするはずだったのができなくなり、脚本家自身が初めて監督することになったために映画学校で編集などを学んでから撮り始めたというエピソードも意外だった。
