アン・リー はじまりの物語

劇場公開日:2026年6月5日

解説・あらすじ

18世紀に「シェーカー教団」と呼ばれるユートピアを築いた実在の宗教指導者アン・リーの波乱万丈な人生を、「マンマ・ミーア!」「レ・ミゼラブル」のアマンダ・セイフライド主演で映画化した伝記ミュージカル。

18世紀のイギリスで、貧しい鍛治職人の家に生まれたアン。信仰心の厚い女性として育った彼女は、4人の子どもを授かるも全員を亡くすという悲痛な体験を経て、自らが「キリストの女性の姿の生まれ変わり」だという啓示を得る。性別や人種の平等を説く彼女の生き方は多くの人々をひきつけるが、その一方で反感や警戒を感じる勢力から迫害を受けるようになる。やがて彼女はわずか8人の信徒とともにアメリカへ渡り、性別・人種の平等信仰をもとにした理想の生活を実現するユートピアを求めるが、その先にも困難が待ち受けていた。

共演は「トップガン マーヴェリック」のルイス・プルマン、「ラストナイト・イン・ソーホー」のトーマシン・マッケンジー。「ブルータリスト」でパートナーのブラディ・コーベット監督とともに脚本を手がけたモナ・ファストボールドが監督を務め、ファストボールド監督とコーベットが共同で脚本を担当。2025年・第82回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。

2025年製作/137分/PG12/アメリカ・イギリス合作
原題または英題:The Testament of Ann Lee
配給:ディズニー
劇場公開日:2026年6月5日

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第83回 ゴールデングローブ賞(2026年)

ノミネート

最優秀主演女優賞(ミュージカル/コメディ) アマンダ・セイフライド
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映画レビュー

2.0 その教義なら減るの確定ですね…

2026年6月6日
Androidアプリから投稿

単純

難しい

驚く

18世紀にアメリカでキリスト教プロテスタントの一派の「シェーカー教団」と呼ばれる宗教共同体を築いた指導者アン・リーの話。

儀式らしき踊りから、ナレーションベースで生い立ちをみせ始まって行く。

その後は章立てて進行して行く流れで、マンチェスターでのシェーキング・クエイカーとの出会いなんかは、そのエレクトをみてハマるんですか!?

そして4人の子どもをと説明してからの死産なんかもみせるから更に子どもを?と思ったら、あらためて4人のことをみせただけって…くどい。
ただでさえミュージカルだし、変化の少ない曲で同じフレーズを繰り返すのが多いし…。

そして渡米と布教という流れになって行くけれど、良くこの話しに食いつく人いるよなという…まあ、カルトなんかみんなそんなものかと思いつつも、やはり日本人では理解できる人はマイノリティですよね。

信仰やシェーカー教団自体に何か物申すでも勧めるでもなく、特に何かの功績を示すでもなく、結局のところなんでこれを今作ったのかも良くわからないし、自分にはハマらず…まさかLGBTQを謳いたいわけじゃないですよね…。

エンドロールの最大信徒数と現在の情報が興味深かった。

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Bacchus

3.0 喜びに包まれて産まれ、哀しみに包まれて逝く

2026年6月6日
iPhoneアプリから投稿

ミュージカル作品であるが実際の動きとダンスがうまく融合されている。新天地での一発逆転を狙う、生きようとする力強さが見える。
礼拝シーンは信仰の強さと怪しさが同居している。恍惚とした表情にそれが表れる。

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ななな

3.5 なぜに今、『アン・リー』なのか

2026年6月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

難しい

驚く

18世紀半ばにイギリスからニューヨークに移住し
「シェーカー」を起こした『アン・リー(アマンダ・セイフライド)』の一代記。

もっともその宗派は
彼女の死後に最盛期を迎えたものの次第に衰退。
六千人ほどいた信者も、
今では数人を残すのみと言う。

が、衰退は当初から想定されていたこと。
教義として独身主義を提唱しており、
信徒が子供を望まなかったことが大きな背景。

ある意味、「独立戦争」時のアメリカで咲いた
徒花と言えるかもしれない。

特異な教義と共に、
集会時に歌ったり、踊ったり、行進したりの特徴もあったよう。

それが故に、本作は{ミュージカル}の体裁を採用。
劇中では主人公を中心に歌い踊るシーンが幾度となく挿入される。

もっともオープニングでのそれはかなりおどろおどろしく、
ゾンビが得物をめがけて進んでいるようにも見える。

それが終盤では洗練され、整然と行われる形に変容する。

前半部では『アン・リー』が啓示を受けるまでが描かれる。

四人の子供をいずれも幼いうちに亡くし悲嘆に暮れるなか、
自身を「キリスト」の生まれ変わりと称し、
最初は親族から、やがて周囲へと思想を拡げて行く。

我々は前段として彼女の不幸を見ているので、
そうした変容にも、ある種のシンパシーを持つ。

もっともそれを知らぬ人々は
彼女らを異端として迫害する。

新天地であるアメリカに向かう決断をしたのは、
そうした仕打ちも背景にあったろう。

アメリカでの布教も前途多難。
先に挙げた情勢下の不安定さも要因となったかもしれない。

日々の安らぎに満ちた生活と、
新たな布教時の先鋭的な活動が繰り返し描写され、
ストーリーにめりはりを生む。

一方で主人公たちの言動は
あまり共感を持てるものではない。

布教とは当初からそうしたものかもしれないが、
自身を聖人と同列にするスタンスには鼻白む思いだ。

『アマンダ・セイフライド』の熱演は買う。
碌に資料も残っていない女性の半生を、
もしかしたらこうだったかも、と思わせるカロリーで演じる。

とは言え、行き過ぎると
現実から遊離した造形になるのが難しいところ。
観ていて共感を持てぬ主人公ほど、辛いものはない。

本作はそもそもの制作意図も含めて、
『アン・リー』の生き方が半ば狂気にしか見えぬのが、
最大の失点だろう。

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ジュン一

4.0 重厚な歴史考証を経た佳作

2026年6月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

いろいろな意味で非常におもしろく、興味深く鑑賞した。
本作のバックボーンが文字通り非常に骨太だと感じられたのは、恐らく徹底的な歴史考証が為されているからであろう。

オリジナル脚本を担当したのは、監督も兼任したモナ・ファストボールド。1981年にノルウェーのオスロで生まれ、幼少期にニューヨークに渡って映画を学んでいる。
どうやら歴史小説家並みに膨大な史料を読込み、重厚なストーリーに仕立て上げるが得意なようだ。

18世紀以降に英国から新大陸アメリカに逃れ、実在したマイナーなキリスト教宗派の”シェイカー”、正しくは「キリスト再臨信仰」の指導者、アン・リーの生涯を描いたドラマである。
作品を鑑賞する前は「クエーカー」と勘違いしていたが、本来は内なる霊性への気づきを求めて静かに祈るクエーカーの在り方と異なり、礼拝時にトランス状態になって身体を震わすクエーカー(シェイキング・クエーカー)信徒たちがクエーカー派から分離独立して「シェイカー」になったことを初めて知った。

シェイカーは、礼拝時にキリスト教で言う「聖霊」が下りてきて一体化し、霊感を得、歌い、踊り、叫び、恍惚としながら激しく信仰を表現する。
その一種狂信的な祈りからクエーカーのみならず他の主流派から激しく攻撃され排除された。
本作も見事なコレオグラフィと歌唱が披露されるミュージカル版として再生されているが、これ、何かドラッグでもキメてるんじゃないか?と思えるほどの恍惚ぶりにはちょっと引いてしまう人もいるかも知れない。

しかし考えてみれば宗教の原初は、死や病い、別れなどのこの世の耐え難い苦しみから逃れ、来世の幸せを願うために歌い踊るものが多い。
なにもドラッグがなくても、シェイカーのあの単純に繰り返される強烈なリズムと激しい踊り、そして「はっはっ」とリズムに合わせて激しく呼吸する方法は恐らく過呼吸状態を作り出し、容易にトランスに到るだろう。
古代から中世、ルネサンスを経て儀式や偶像や宗教美術に洗練され過ぎてしまった主流派への反発とともに、こうした先祖返り的な熱狂が生まれても不思議ではない。

ただしシェイカー自体は最盛期の6,000人をピークにアン・リーの死後衰退し、現在では地球上に2人しか信者が存在しない。したがってかつての礼拝の実態や歌われた歌、踊りが正確な記録として残っておらず、極めて乏しい証言や史料からほぼオリジナルに近い形で創造されたものと思われる。

18世紀に新大陸で発展した「新興」宗教のプロフィールとして、男女同権を謳ったり、神は両性具有であるとした点は驚くべきものだ。
しかし、アン・リーの強烈な幻視や生殖自体を「原罪」とする極端な啓示、あるいは何か国語も話すことが出来たという伝承は、荒唐無稽に神話化されたフィクションというより、実際にそのようなメンタル的な特性を持っていたように思う。
これはアン・リーに限らず、実はキリストもモハメッドもブッダも似たようなものだと思うけれど。

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個人的に「おっ?」と思ったトリビアは、男性シェイカーたちが別行動でニューヨークからハドソン川を遡上して理想の土地を見つけたい、とニューヨークの者に相談した時、「良いオランダ人の船頭が居る。紹介してやろう」と言われるが、実際に会った船頭はアイルランド人(字幕では傍点が付いていた)だった、というくだりだ。
ニューヨークを中心とする東部一帯は、植民地時代にオランダから移住して先に成功している者が多かった。今でも地名や街の由来にオランダ色が残っているところが多い。
ところがアイルランド人は後発組の移民であり、カトリック信仰もあって極めて差別され最下層扱いされていた。いわゆる3K仕事にしか就けなかったし、今でもNY市警にアイリッシュが多いのもその歴史がある。

だから「信頼できる階層のオランダ人を紹介する」と言われながら「最下層の信用ならないアイルランド人をあてがわれた」、という記号性がある。胡散臭い新興宗教にはその程度がお似合い、というわけだ。

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また、一瞬だったが、美しい家具の数々や建物の造作が映し出されたのは感無量だ。
彼らが残した「シェイカー家具」は、シンプルなデザインと機能性で初期入植者のクラフトマンシップを表すものとして、ニューイングランド地方のノスタルジーを掻き立てる。
それをあえて美しく撮ったところに、制作者の感性を感じる。

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アン・リーはアマンダ・セイフライド(サイフリッド)。
『レ・ミゼラブル』のコゼットも今や40歳になったか。それにしては幼女から「成長後」、まだマンチェスターに居た頃に初めて映った時の瑞々しさは驚く。
その後の、新大陸に教会を建設したあたりがタイムラインとしてちょうど彼女の実年齢に近いのかな。

姪のナンシー・リーを演じたビオラ・プレティジョン、きれいだったなー
オデコが清原果耶並みに大きかったw

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邦題に「はじまりの物語」というサブタイトルが付加されているが、原題は"The Testament of Ann Lee"である。
別にここは英語解釈の場ではないので、変に拘るつもりもないが、しかし作品の重要な通奏低音に大きく関わることなのでちょっと立ち止まってみたい。

testamentとは何か。それはもともと神と人との厳かな「契約」を意味する。
キリスト教の旧約聖書はThe Old Testament、新約聖書はThe New Testamentだ。
アン・リーは信徒たちからキリストの再臨として崇められた人物であるため、彼女の言葉や生涯そのものが、新たな「聖書(神の契約)」に匹敵するものだ、という意味か。

あるいはキリスト教の文脈において、自分の身に起きた神の奇跡や自らの信仰を人々の前で証明したり主張したりすることを「証しを立てる(Testify / Testament)」と言うようだ。
劇中で彼女が体験する幻視(vision)や、激しい迫害に立ち向かう姿そのものが、彼女の「信仰の証明、証し」であるという意味にも取れる。

ここで、おそらくtestamentという単語を見てキリスト教圏の人々が無意識に感じるニュアンスや手触りがあるだろう。
それが我々日本人にはピンとこないだろうということで「はじまりの物語」を付加したのだろうが、いっそシンプルに『アン・リー』だけで勝負しても良かったのに。

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LukeMovieCatnaps