サンキュー、チャックのレビュー・感想・評価
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圧倒的なポジティブ・メッセージを放つことの難しさ以前の問題
某人気評論家の本作の低評価の☆に対し、本作をとても気に入ったのであろう人が、ネガティブなコメントを入れているのを見た。コメントを入れるのは自由だが、その評価の低さに、文句を言うこの人は本作の「圧倒的なポジティブ・メッセージ」を受け止めたにもかかわらず、そのコメントを書いたのだろうか。
監督は「ドクター・スリープ」でスティーブン・キングのお気に入りのマイク・フラナガンか。「ドクター・」は面白かった。キングとキューブリックの橋渡し的な、一応は両者が手をつなぐような作品となっていた。
キャリア的には、フランク・ダラボンの後釜ということを狙っているのかという感じか。だが、今回ご指名いただき、ちょっとキングの顔色うかがいすぎたか。
それともホラー上手に、ハートフルな作品は難しいものなのか。
怖い映画とハートフルな映画を上手く撮った監督っていうと、まず浮かぶのはロバート・ワイズってことになるか。そしてスピルバーグ。(早くいわゆる「ホラー映画」は撮っててほしい!)。そしてダラボン。あとはライミ、ティム・バートン、デル・トロあたりか。と意外と少ないように思う。(邦画だと三池さんと矢口さん!)
「サンキュー、チャック」
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僕には生きる価値がある。その究極は全世界、全宇宙の肯定。
(とはいいつつも、まだ39歳なのに、と悲しむ息子に看取られながら死ぬ。)
僕の死は、全宇宙の終わり。ありがとう、僕。
(とはいいつつも、「僕の中の無数の人」は不安と恐怖でいっぱいだ。)
3章のネットのエロ動画の話とか、宇宙の終わりに離婚か、復縁かの話など、「本人」には関係ないくだりを入れたり、少年期と時代設定が39歳から逆算すると全然おかしいのは「ばあばから教わったクラシック・ダンスの世界線」で意図したものだろうが、そのせいで、少年期、青年期の物語がぼんやりしている。第1章でキーとなる楽曲「Gimme Some Lovin'」の回収も、はじめの第3章では、ただなんとなくカーステで流れるだけ。
べらべらべらべらべらべらと、登場人物、ナレーターが「らしき」ことを説明しまくる。途中から「ウォーリーを探せ」と、大して意味のない鑑賞方法を強いられる。投げっぱなしジャーマンと説教臭さのバランスが居心地悪い。
大御所に比べて、という気はないが、あの部屋のラスト・カットは一番の決め所なんだけど、あの構図でエンドロールとは、うーーーん、もう少し何とかならなかったものか。
すまん、期待値が高かった分、そんなところだ。
私はとても好きな映画でした。
作家スティーブン・キングが2020年に発表した短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」を、「ドクター・スリープ」のマイク・フラナガン監督が映画化したヒューマンミステリー作品。
今年初の星5かもしれません。
好みが分かれる作品かもしれませんが、私はとても好きな映画でした。
この世の終わりに絶望する人たちと、人生の終わりを静かに受け止めようとするチャックとの対比が、時系列を遡る構成で見事に描かれていて、なぜ「サンキュー、チャック」なのか、その意味が朧げに見えてきます。
ダンスシーンも見どころ。
さすが「ラ・ラ・ランド」の振付師さん再来。自然な入り方がとても好きでした。
もし自分の人生の終わりが分かっていたとしたら、チャックのような心境でこの世の終わりを迎えられるだろうか――。
そんなことを考えながら、映画館を後にしました。
文句なしに、もう一度観たい映画です。
そして何度でも味わい、考えたくなる作品でした。
余白の多い映画がお好きな方には、とてもおすすめの映画です♪
優しくあたたかく染み渡らせる人生讃歌
じわじわと、時間が経つにつれてどんどん感動が胸に広がってくるような作品だった。
3章、2章、1章と、時間軸が戻っていく構成のため最初は謎が多く、3章の時点はわからないことが多い。
しかし2章以降に、3章の種明かしをされ、なんて素敵な描き方をするんだと、胸がいっぱいになった。
ネタバレなしでこの感動を味わって欲しいので、多くは語れないが、チャックという人物の人生を見て、自分もあんな生き方をしたいと思った。
人生は生まれた時点で終わりは決まっていて、その終わりに向かって歩むわけだけれど、その間に関わる人や出来事によって、自分の中の宇宙は広がっていくんだよな。
2章に約5分半にもわたる、とっても素晴らしいダンスシーンがでてくる。
主演のトムヒドルストンは、ダンス未経験というから驚きだ。あのダンスシーンだけでも何度だって見たくなる。
しかも『ラ・ラ・ランド』を手掛けた著名な振付師マンディ・ムーアの振付と後で知り、ダンスであそこまで人生の喜びと輝きを表現できるのはすごいと思った。
日常の些細なことの積み重ねが、自分の人生を彩ってくれる。1日1日を大切にしたくなる。
なんて素晴らしい人生讃歌なんだろう。
多幸感で満ち溢れる作品だった。
映像向きの原作にさらに豊かな奥行きを与えたチームに拍手!
まず原作が、映像化を想定していたとしか思えないほど映像的に描かれていて、それがちゃんとした監督によって映画化されたことを喜びたい。そしてちょっとした映画版におけるアレンジが、さらに深みを増している。例えばマーク・ハミル演じるお祖父さんが語る数学と会計の話は映画オリジナルで、チャックの人生が能動的な選択であったことを示すひとつのヒントにもなっているのが上手い(必ずしも人生を能動的であれと思っているわけではないけれど)。ああ、こういう構造の話なのかということはわりと中盤くらいで想像がつくと思うし、オカルトっぽい要素をまぶしてツイストを加えていても、最後のくだりがいささか凡庸な結論ではある。ただ、ポジティブなメッセージ性と同じくらい構造を愛でる映画だと思っていて、三部構成をまったく別の作品のように演出しつつ、全体を違和感なくまとめたフラナガンの手腕に拍手を送りたい。あと、終末に向けて諦念しか感じさせない最初のエピソードの全出演者たちの佇まいと演技は、勝手にアンサンブル賞を贈りたいくらい素晴らしい(そして昨今の世相では空恐ろしいくらいリアルに感じる)。でも、だったら中盤の3人にだってなにか賞は贈りたいな。
人生は喜びと悲しみと、少しの奇跡で構成されている
世界が終わりを迎えようとする時、街のあちこちに"ありがとう、チャック"という謎の広告が掲げられている。そこから時は遡り、チャックなる人物が短かった人生の旅の途中で、どんな出会いに恵まれ、それを記憶に刻み、さらに時代は巻き戻って、彼が少年時代に何を見て、どう生きようと心に誓ったかという人生の起点にまで巻き戻る。
そんなチャックに対して、"ありがとう"とは一体どういう意味なのか?計3幕形式で構成される映画は謎の究明に向けて一気に遡っていく。
これを時系列通りに描いていたら、単に運命をまっとうした男の劇的なライフストーリーになっていたかもしれない。ところがどうだろう?時系列を逆にしたことで生きることの喜びと悲しみと、少しの奇跡が胸に染み入って、困難な時代を生きる人々の福音書になっているではないか!?
ベースになっているスティーヴン・キングの短編小説も同じく、チャックの人生をリバースして綴っている。小説でも映画でもこの手法はよく見かけるが、最後にこんな感動がもらえる作品は珍しいと思う。心から、正直に好きと言える本年度前半を代表する映画だ。
特殊な物語形式を複数組み合わせ、巧みな構成と印象的な謎解きで楽しませる
原作小説の邦訳「チャックの数奇な人生」を先月出版した文藝春秋のサイトで〝泣ける方のスティーヴン・キング〟のフレーズを見てちょっと笑ったが、そう、本作はホラーの帝王キングによる怖い方じゃない、感動的な小説群(映画化されたものの邦題で並べるなら「スタンド・バイ・ミー」「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」など)のラインに連なる。ストーリーテリングの点では、キング原作映画の中でもとりわけ技巧的な構成を持つ1本でもある。
大まかに言って、2つの特殊な物語形式を組み合わせている。ネタバレにならない範囲で触れるなら、まず、第3幕、第2幕、第1幕とタイムラインをおおまかに逆行する形式になっていること。映画の有名どころでは「メメント」「アレックス」「エターナル・サンシャイン」などが近い。
もう1つの形式については、ちょっと触れるだけでネタバレになる(当サイトのレビュータイトルだけでばらしてるのもあるけど!)のでぼかすが、第3幕の「ありがとう、チャック」の広告の謎が第2幕で明らかになる、その仕掛けに関するものとだけ記しておこう。似た映画の題を挙げるだけでも、そうかあの仕掛けね、とわかってしまうほどかなり特徴的な物語形式だが、ともあれこれら2つの物語形式を精妙に組み合わせた点にキングの老練を思うし、マイク・フラナガン監督による映像化も的確で伝わりやすい。
躍動的なドラムのグルーヴに乗ったトム・ヒドルストンの素晴らしいダンスシーンもある。人生と記憶について、物語の成り立ちと効用について、そして映画で人生と物語を観ることについて深く考えさせてくれる。ストーリーテリングの技巧が際立つが、自我、世界認識、宇宙の歴史と生命といった哲学的な思索につながる深みも併せ持つ好作だ。
あまり情報を入れず、ニュートラルな感覚で臨むべき一作
スティーヴン・キングの中編小説をベースとする本作は、あらすじを読んだだけでは予測がつきにくい。始まりは世界の終焉。そこからスケールの異なる3章構成で時間軸が遡っていく。はたして全てが明らかとなったとき、私たちはどんな感情でいられるのか。あくまで私の実例で言うと、最初の一章が終わる頃、ああそういう作品なのね、とようやく理解が追いつき始め、その後の一章でヒドルストンのダンスに魅せられ、さらにその後のノスタルジックな少年物語が組み合わさる時、何か得体の知れない余韻と深遠な感動に呑みこまれた。印象に残るホイットマンの一節。謎めいた部屋。人の生涯。今この瞬間の跳躍。なるほど「グリーンマイル」のような長編とはまた異なり、こんなに余白の多い構成で主人公の人生を浮かび上がらせ、全てを観客の解釈に委ねる手法もあるのか。多くは語るまい。フラナガンの筆致が心地よく沁み渡り、頭での理解以上に感覚を突き動かす一作。
死や人生の無意味さを優しく包む
死や人生の意味を扱った、よくできた感動作だと思います。第3章、第2章、第1章という逆順の構成で、最初は終末のような世界から始まり、やがてそれがチャックというひとりの人間の内面世界の終わりだったのだと見えてきます。ひとりの人間が死ぬということは、その人の中にあった世界が消えることでもある、という発想はわかりやすく、構成も丁寧です。
トム・ヒドルストン、キウェテル・イジョフォー、カレン・ギラン、マーク・ハミルといった俳優陣も印象的で、ひとつひとつのシークエンスはよくできています。終末の不穏さ、街中でのダンス、少年時代の記憶、開けてはいけない部屋など、場面ごとの見せ方には惹かれるものがありました。
ただ、全体としては少しきれいにまとまりすぎている印象もありました。死や虚無を描いているようで、最終的にはそれを受け入れやすい希望や感動の形に整えているように感じます。映画に救いや光を求める人には強く響く作品だと思いますが、虚無そのものに深く踏み込む作品というよりは、死や人生の無意味さを優しく受容するための物語という印象です。
悪い映画ではありませんし、感動する人が多いのも理解できます。ただ、自分にはテーマも構成もやや既視感があり、感情が大きく動くところまではいきませんでした。よくできた作品ではありますが、個人的には少し距離を置いて見てしまいました。
鑑賞方法: 4K UHD
評価:50点
世界の終わりとは?
見逃さなくてよかった~!東劇さんありがとう!そしてサンキュー!チャック!
スティーヴンキング原作とはパンフレット購入後に知った
それで妙に納得した
そうか、どうにも説明のつかない「懐かしさ」や
映画を通して感じる「居心地の良さ」は、あの名作
「スタンドバイミー」に通じるからなんだと
第3章から始まる世紀末の予感 なぜ3章から?という疑問は最後にわかる
この章は何とも言えぬ静かな「終わり」を描く
そして2章、1章に続く伏線がふんだんに散りばめられる
物語の中はすべてが静かに失われていく恐怖がにじむのだが
それでもそこにはやはり居心地の良さ、安らぎが根底に横たわる
ただし、あの夜空の星がひとつづつ消えていく描写は秀逸だった
強烈な恐怖感を植え付ける 「あぁ、世界は確実に終わる」
トム・ヒドルストンが演じる会計士がまだ元気なころ、それでも余命9か月のその日
街頭ドラムにあわせての唐突のダンス、名も知らぬ通りすがりの彼女とのダンスセッションから皆が一瞬の間に心を通わせお互いの癒しになるプロットが好き
同じキング作「ロングウォーク」では残念な役どころだったマークハミル「じぃじ」は本作では最高の演技をする
数学の面白さを語り「数学は宇宙だ」という説明が聞いていて楽しかった
もっと彼の語りを聞いていたいという心境になった
開かずの部屋の秘密が最後にわかるとき、あぁ、皆が部屋の中で見つけたものは
そうだったのか 「待っている時間が一番つらい」とはそういう事か
伏線はすべて回収され、やさしい日差しの差し込むその部屋を、今はもう解放されたままのその部屋をずっと映しながらのエンドロールが気持ちよかった
この映画に出会わせてくれて、「サンキューチャック!」
以下、完全にネタバレするがこの映画に出会えた最高な思い出を文章にまとめたのでその記録をここに残すことにした
映画館を出たあと、「もう一度観たい」と思う映画は少なくない。
しかし『サンキューチャック』は少し違う。
「もう一度、最初から確認したい。」
そんな衝動に駆られる映画だった。
第3章。
世界の終わりは、隕石でも津波でも、爆発でも始まらない。
夜空を見上げると、一つ、また一つと星が消えていく。
北極星が消える。
金星が消える。
そして、あの耳に残る不気味な音。
"ブツッ"
まるで宇宙そのものの電源が切られるような音。
あの瞬間、私は映画の中の登場人物と同じ恐怖を覚えた。
「確実に、この世界は終わる。」
理由も説明もない。
だからこそ恐ろしい。
スティーブン・キングは怪物を出さなくても、人間が抗えない「終わり」だけで、これほどの恐怖を描けるのだと知った。
ところが映画は、その極限の恐怖から一転して、第2章では街角のドラムセッションへと飛ぶ。
物語だけを追うなら、あの場面はなくても成立する。
それでも、あのダンスセッションの5分間が、この映画の心臓だった。
音楽に合わせ、知らない者同士が笑い、踊る。
世界を変える出来事ではない。
人生を左右する事件でもない。
けれど、人生を振り返ったとき、人は案外こういう午後を思い出すのではないだろうか。
何の意味もない。
だからこそ、かけがえがない。
終わりを知っている観客だけが、その時間の尊さに涙してしまう。
第1章では、その答えを祖父が静かに語っていた。
「数学は宇宙だ。」
「数学は何でもできる。」
「でも、嘘だけはつけない。」
私はこの台詞を聞きながら、「もっと聞かせてほしい」と思った。
数学の授業ではなく、人生の授業として。
数学とは、感情では曲がらない世界だ。
人間は嘘をつき、自分をごまかし、記憶を書き換える。
しかし数学だけは、宇宙が始まった日から終わる日まで、真実を裏切らない。
だから祖父は数学を愛した。
そして、その"嘘をつけない世界"の中で、チャックという一人の人間の人生を見つめていた。
この映画には、もう一つ忘れられない言葉がある。
「待っている時間が一番つらい。」
初めて聞いたときは何気ない台詞に思えた。
しかし開かずの部屋の秘密を知ったあと、その意味はまるで変わる。
映画は最初から答えを置いていた。
私たちが気づかなかっただけだった。
だから二度目に観ると、この台詞はきっともっと胸に突き刺さる。
人間は結果そのものより、来ると分かっている出来事を待つ時間に最も苦しむ。
世界の終わりを待つ時間。
死を待つ時間。
扉が開く瞬間を待つ時間。
そして人生そのものもまた、「終わり」を待つ時間なのかもしれない。
私は、この映画は「世界の終末」を描いた作品ではないと思う。
終わりを描くことで、生きている時間の美しさを描いた映画だ。
だから、第3章から始めなければならなかった。
世界の終わりを先に見せるからこそ、街角で踊る数分間が奇跡になる。
祖父母と過ごす何気ない午後が宝物になる。
開かずの部屋の意味が、人生そのものになる。
すべての章が、最後に一本の線でつながる。
見終わったあとに残るのは、恐怖ではない。
幸福でもない。
少しだけ寂しくて、でも不思議と温かい気持ちだ。
『スタンド・バイ・ミー』を見終えたあと、子ども時代を思い出すように。
『ショーシャンクの空に』を見終えたあと、人を信じたくなるように。
『サンキューチャック』は、「人生は長さではなく、積み重ねた一瞬でできている」と静かに教えてくれる。
そして二度目は、一度目とはまったく違う映画になる。
あの星が消える音も。
祖父の数学も。
「待っている時間が一番つらい」という何気ない一言も。
すべてが、最初からそこにあったことに気づく。
だから私は、この映画をもう一度観たい。
答えを知るためではない。
一度目には見逃してしまった、人生の小さな奇跡を拾い集めるために。
もう一度映画館にいく理由ができた。
人の右耳と左耳の間には人それぞれの宇宙が広がってる? アメリカ的価値観? かなりうまい映画だと思うけど あざとさも感じて評価が難しい 第2章でいっしょにダンスするのは祖母? 妹?
冒頭では第3章であることが示され、いきなりクライマックスを迎えたかのような、この世の終わりみたいなシーンが展開されてゆきます。どうもこの第3章の最後では宇宙が終わるようですが、終末を迎えようとするこの世界は “CHARLES KRANZ 39 GREAT YEARS! Thanks Chuck!” 「チャールズ•クランツ 素晴らしい39年間 ありがとうチャック」という広告で埋め尽くされます。あなたはここで「これは……」と違和感を感じ始め、この物語が宇宙の終わりを扱った擬似イベントSFなどではなく、違う種類の宇宙の終末の物語であることを予感し始めます。
続く第2章が秀逸です。いかにもアメリカの地方都市といった感じの街角でドラムを演奏するストリート•パフォーマーの黒人の少女。そこを通りかかるビジネスマン然とした主人公のチャック(演: トム•ヒドルストン)。彼はドラムの前で立ち止まり、少女の叩くドラムに合わせてキレのいいダンスを始めます。街角で始まったドラム演奏とダンスのパフォーマンスに道行く人たちが足を止めて観衆の輪ができます。観衆の中のひとりだった若い女性がドラムに合わせて身体を揺らし始めます。彼女に目を止めたチャックは彼女を招き入れてふたりでダンスを。周囲の人々はやんやの喝采です。ハリウッドのミュージカル映画の名シーンのようなカタルシスを感じます。これはチャックにとって人生最良の出来事だったのでしょうか……
そして第1章。あなたはこれがチャックの人生の物語であることに気づき(まあ原題が “The Life of Chuck” なのであたりまえと言えばあたりまえなのですが)、時を遡って彼の生い立ちを見ることになります。少年時代のチャックは学校でアメリカの国民的詩人であるホイットマンの詩について習ったりします。印象的なシーンだったのは、彼の学校の教師がそのホイットマンの詩について語りながら、彼の両耳あたりを彼女の両手で押さえて、「世界はあなたが経験したことや愛した記憶によってできている。そしてそれはあなた自身の宇宙になる」と言うのです。まるで、彼の右耳と左耳の間に広大な宇宙が広がっているかのように。真の宇宙の歴史をたどる「宇宙カレンダー」のスケールから見ればほんの一瞬の39年間ですが、チャックにとってのかけがえのない宇宙は確かに存在したのだと思います。
彼は幼い頃に両親を交通事故で亡くしており、祖父母によって育てられました。この祖父母というのが対照的なふたりで、彼は祖父の宇宙は数字によって構成されているという教えを聴き、祖父と同じく会計士を職業として選んだのですが、ダンスを愛した祖母から、ダンスをする楽しさを知りました。このあたりの設定が見事です。教師が引用したホイットマンの詩の一節によれば “Do I contradict myself? / Very well then, I contradict myself. / I am large, I contain multitudes.” 「私が自己矛盾してるかって? / よかろう、私は自己矛盾している。/ 私は大きな存在である。私にはいろいろな面がある」(ネット検索で、たぶんこの一節だろうと。字幕がどうだったか忘れましたので拙訳にて失礼します)。つまり、一見すると矛盾するような祖父の教えも祖母の教えも彼の宇宙の中では共存しているということだと思います。
あと、ストーリー展開でうまいなあと思ったのは、事故で同時に亡くなった彼の両親のうち、母親のほうが妊娠していて、チャックの妹になったであろう小さな命が、誕生というビッグ•バンを迎えることなく、宇宙カレンダーの一瞬に登場することもなく、消えていることです。第2章でチャックといっしょにダンスを踊ったのは、彼にダンスの楽しさを教えた祖母の若き日の姿だと思っていたのですが(彼女のファッションが微妙に古風だったので)、誕生を迎えることなく去っていた彼の妹が彼の宇宙の終末に現れたのではないかとも思っています(いずれにせよ、この第2章は現実のこの宇宙での出来事ではなく、チャックの宇宙のなかで起きたのだと私は考えています)。
上記のホイットマンの詩に関してはノーベル文学賞に輝く(笑)ボブ•ディランも引用していて、”I Contain Multitudes” というタイトルの曲もあります。この考え方というのはアメリカの建国の精神とか価値観に通じるものではないでしょうか。現在、彼の国の大統領が多様性とは相反する排他的な方向を示しているのは嘆かわしいことではありますが。また、この作品、根底には人間讃歌というか、人間中心主義というか、それこそルネッサンス以降の西洋思想の根本みたいなものが流れているのかなとも感じました。
ということで、これはかなりの傑作だと思うのですが、何かため息が出るぐらいよく出来た映画なので、作り手側のあざとさを感じてしまったりもします。完璧な構成にいかにも頭の中で考えて作りましたという感触を持ってしまうし、映画を作ってゆく上での技法上の巧みさが、作り手の映画で何かを表現したいという渇望みたいなものより、はるかに大きい気がして、私にとってはなんだか「感心すれども感動せず」という映画になっています(今のところですが)。スティーヴン•キングの原作も読んでみたいですし、また、間をあけて再鑑賞したいと思います。
深い愛情の現れ
両親が、もう直ぐ生まれてくる筈だった妹が突然この世から消えた。
幼かったチャック(ベンジャミン・パジャック)にダンスの楽しさを教えて、一緒にミュージカルを楽しんでいた祖母のサラ(ミア・サラ)も突然この世を去り、残されたチャックに数学の大切さを教えた祖父(マーク・ハミル)も息を引き取った。
一人残されたチャック(ジェイコブ・トレンブレイ)が、それ迄固く鍵で閉ざされた部屋で目にしたものは右手の甲に傷が…
子供の頃は人前に立つ事が出来ない臆病だった自分が祖父母の深い愛情の下で育てられてたと気付いたチャック(トム・ビドルストン)には、もう何も怖いものは無くなっていた。
街の片隅で黒人の女の子がひとり叩くエネルギッシュなドラムの音に導かれる様に、人目も気にせず軽快に踊り始める。それを観ていた女の子も一緒に踊ろうと手招きして、一瞬のうちにその場はミュージカル会場と化した。
チャックが居なくなったから、世界が軸から外れて終わりを迎える事になったのかは定かでは無いが、例え世界の終わりが来ようとも、例え短い一生だとしても愛があれば何も恐れる事は無いと言う事を感じた。
ややこしくならない素敵なエピソード
ちょっと話題になってたから観てみたが… 正直つまらない 万人にウケ...
ちょっと話題になってたから観てみたが…
正直つまらない
万人にウケる作品ではない
簡単に説明すると哲学的ファンタジーみたいな作品?かな
トム・ヒドルストン目当てで観ると肩透かしをくらう
3章からなる構成は最近よくまた観る様になった布石を打って後からなるほど〜と思わせるやり方
肝心なトム・ヒドルストンは2章(メイン)と1章(少し)に出てるのみで脇役?の登場シーンが多い
売りになってるトム・ヒドルストンのダンスシーンは確かに圧巻
使われてる音楽も良い(マイ・シャローナ、ギミー・サム・ラヴィン等々)
ただ印象に残るのはこの程度
高評価が観終わっても理解出来なかった
マーク・ハミルはこの作品の前に観たロングウォークの
ちょろっと出て来る大佐役より叔父役での出演の重要な役だった
何気にキャストが豪華
ダンスシーンだけでも映画館で観る価値あり
五月病に効く
泣ける映画ではない。怖い映画でもない。
映画館を出て落ち着いたあと、あるいは翌日になってからジワジワと良かったなと思えるような、そんな沁みる作品だった。
誰にでも訪れるような大道芸人サイコーの瞬間を思い出させてくれる映画。
一言で言うなれば、キング節の君たちはどう生きるか?
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