プラダを着た悪魔2のレビュー・感想・評価
全842件中、1~20件目を表示
時代の変化と向き合う大変さ
前作を予習して劇場へ向かいました。
観終わった後、時代の変化と真剣に向き合う社会人に惹かれてました。
雑誌業界を経験してない私でも、紙の媒体が生き残る難しさを感じ取れました。デジタルが当たり前になった現代、過去のやり方が通用しなくなった企業がどう生き残るかを模索する点が、今の日本社会にも通じて興味深かったです。
ジャーナリストとして活躍するアンディは、ランウェイの悪評を払拭するため、どんな発信をすればよいかで悩む姿に共感できました。私も発信を続ける立場として、情報の取り扱いについて考えさせられました。
昔は雑用ばかりだったアンディが、責任ある仕事を任されるようになり、20年で彼女が大きく成長したことに感心しました。イタリアに行ったときも、これまでのキャリアを活かして困難を乗り越えていく姿勢が素敵でした。
ミランダも相変わらずボスのオーラが漂っていました。前作と比べると性格が少し丸くなっていましたが、他人に対する厳しさは健在でした。そして今回も、"That's all."を聞けたのが個人的に嬉しかったです。
1作目が好きな人はもちろん、仕事で悩んでいる社会人にも刺さる作品でした。
20年ぶりにスターたちが勢揃い。変わらないもの変わったこと。
本作は、アメリカの小説家ローレン・ワイズバーガーの同名ベストセラーを原作とする2006年の大ヒット映画「プラダを着た悪魔」の20年ぶりとなる続編です。
事前にDisneyプラスで復習してからの鑑賞。ミランダ役のメリル・ストリープ、アンドレア役のアン・ハサウェイ、エミリー役のエミリー・ブラント、ナイジェル役のスタンリー・トゥッチら、前作のメンバーが豪華再結集!!
まず驚くべきは、20年という時を全く感じさせない役者たちの美しさよ😳なんなら、「若返りましたか?」と問いたくなる役者さんもいて、自分の20年前と現在の劣化を思うと少し切なくなりました…😅
反対に、大きく変わったのは“時代”。
この20年でIT化は大きく進み、出版業界は電子化の波に飲み込まれ、かなり厳しい変化を要求されるようになりました。
日本においても然りで、私は美容院でファッション誌や女性誌を読むことを楽しみにしていたのですが、年々そのページ数も少なくなり、厚くて重い雑誌を買うこと自体がオシャレだった時代は過去のもの。最近は、付録に頼った雑誌販売に変わってきているように思います。
映画のストーリーもそんな時代背景を受けて、一流ファッション誌「ランウェイ」の存続の危機からはじまります。
記者として名を挙げたアンディが再びランウェイに戻ってきて、彼女らしさで会社を救う様がテンポ良く、痛快に描かれています。
敵なのか味方なのか?エミリーとの関係にも注目。お美しさも健在、やっぱりこの人憎めないキャラですね。
胸熱なのはこの人、ナイジェル。いつも変わらずそこにいて、ひっそりと支え続けてくれる人、ホンマに貴重です。服を貸したり、いつもアンディのことを気にかけて世話するナイジェル、ナイジェルの大切さをメリルにそれとなく伝えるアンディ、グッジョブ👍固い信頼で結ばれた2人の関係性は健在で、とても素敵な師弟関係です。
できれば、
10年後にさらに続編を希望します🥳
10年後の社会はどう変わっているだろう?美魔女たちの変化は??
そして、自分は…。
どなたが見ても、元気をもらえる映画です。できれば、1作目を観てからの鑑賞をオススメします♪
時代の変化の中で、それでも仕事を愛し続ける人たち
映画 プラダを着た悪魔 の続編。
前作から20年という長い年月が経ち、その間に世の中は大きく変化した。
発売日に紙媒体を買いに走っていた時代から、情報は一瞬で届くデジタル社会へ。
かつて憧れの象徴だったハイブランドの価値観も変化し、人々の“憧れ”そのものの形も変わってきている。
さらに現代では、自分の発言や振る舞いが誰かを傷つけていないかを常に気にしながら生きる時代になった。
積み上げてきた歴史。
築き上げてきた文化。
長い年月をかけて磨き続けてきた技術。
それらでさえ、“需要がない”と判断されれば、無慈悲なほど簡単に切り捨てられてしまう。
この作品は、そんな時代の変化もリアルに映し出していたように思う。
その中で特に印象に残ったのが、ラスト近くのミランダとアンディが車の中で語り合うシーン。
普段は完璧で隙のないミランダが、まるで少女のようなキラキラした目をして発した一言や、その姿がとても素敵だった。
時代が変わっても、世間の価値観が変わっても、
ミランダにとってファッションは単なる流行ではなく、“人生”なのだと思う。
だからこそ彼女は、あれほどの重圧の中でも第一線で立ち続けられるのだろう。
その姿を見ながら、私は「自分も今の仕事をそんなふうに愛せているだろうか」と自然と考えてしまった。
また、ずっと裏方として支え続けてきたナイジェルの展開もとても心に残った。
華やかな世界の裏で、評価されなくても積み重ねてきた時間。
その姿がどこか自分自身と重なって見えて、嬉しかった。
誰かに才能を見つけてもらえること。
努力を見続けてくれている人がいること。
それは、人が働き続ける上で、とてつもなく大きな力になるのだと思う。
華やかなファッション映画でありながら、“働くこと”や“好きなものを貫くこと”について深く考えさせられる作品だった。
衰え知らずのメインキャストに驚愕、ランウェイのサバイバルミッション
この映画の一番のインパクトは、何といってもメインキャスト4人の ”現役感” だろう。
いやいや、前作は20年前ですよ? 生馬の目を抜くハリウッドに20年もいれば、4人のうち誰かしらその後の活躍がなくフェードアウト状態になっていたり、そうでなくても加齢でネガティブな容貌の変化が目につくようになっていても全く不思議ではない。これだけブランクのある続編、あるいは長期続くシリーズものでもいいが、キャストが20年も続投すれば得てしてどこかに「無理して頑張ってる感」が出てしまうものだ。
ところがこの4人には、そういう残念な衰えが皆無。むしろ脂がのっている。俳優としての彼らは前作以来活躍し続けているので、別に20年ぶりに見たというわけでもないのだが、前作の役柄に戻った姿を見ると、その雰囲気の変わらなさに改めて驚いてしまう。予告映像の段階で、誰もがそう感じたはずだ。
この驚きと、終始スクリーンを彩る華やかなファッション。このふたつだけで、既に結構満足度が高い。久しぶりにキラキラしたハリウッド映画を楽しんだ、という気分だ。
物語の方は、前作がとても綺麗に終わっていたので、今回は同窓会的続編をやるための設定ということで正直あまり期待していなかった。なになに、ミランダとナイジェルに危機が訪れたところに、報道記者をやっていたアンディが舞い戻るとな……これだけでどういう流れか何となく予想がついてしまう。
実際、展開にハラハラすることはほとんどなかったが(どうせアンディが解決するから……)、前作のエピソードを想起させるやり取りがちょいちょい入ったり、出版業界の苦境やパワハラに厳しい目が向けられるようになった社会情勢を反映した描写が多く取り入れられて、退屈することはなかった。
ミランダのパワハラキャラが(でも魅力的なんだけど)前回と同じ扱いということはないだろうなあとは思っていたが、会議でアシスタントに発言をチェックされたり、コートを自分でハンガーにかけていたりといった様子を見て「あのミランダが……時代だな」とつい遠い目になった。
ランウェイのオフィスに彗星のように現れたアンディが軽くやらかしたりしながらもいい仕事をやってのける、というざっくりした構造は前作と同じだ。
一方前作では、若いアンディの目覚ましい成長と共に、仕事に夢中になるほどプライベートの人間関係に軋みが生じるという板挟みも描かれ、その悩みを彼女が自力で消化してミランダの元を巣立つというラストが、物語に単純な成功譚にとどまらない深みとリアリティを与えていた。
それに比べると、本作でのアンディの描写はやや単調だ。冒頭で元々いた職場をクビになるものの、ランウェイでの仕事もミランダに褒められないだけで概ねそつなく、時に期待以上にこなすし、しっかり彼氏もできるし(物語上影が薄くて、いなくてもいいような彼氏)、凡人の私から見ると若干ファンタジックでさえある。
むしろ、コンプラと資金難の大波に晒されて色々慣れないことをやらされているミランダや、大富豪にがっちり食らいつくエミリーの方に親近感を覚えた。
(エミリーは前作でも一番面白くて好きなキャラ。ラストで彼女が「シェアすれば0カロリー」とサンドウィッチマン伊達のネタを披露したのには笑った)
パーティーやショーの場面では多分本職の方がたくさん出てるんだろうなーと思いながらも(エンドロールでも「as themselves」のリストに数十人分の名前があった)、観ている間はほぼわからず(泣)。そんな私でも、さすがにガガ様はわかりました。これはテンション上がるサプライズ。ファッションショーであんなふうに歌われたら、モデルじゃなくてガガばかり見てしまいそう。
ヒュー・ジャックマンは、名前だけフェイントで出されたものの出てこず(笑)。
公開直前にアジア人キャラ描写で炎上した件は、作品を観終えた後の印象としては、正直なところ言うほど気にならなかったかな……ステレオタイプだとかネーミングの問題とかあるようで確かに設定に突っ込みどころはあるが、全部見たら普通にいい人という感じだったし、ルーシー・リューはあんなカッコいい富豪として描かれてたし、個人的には心配したほど嫌な印象は受けなかった。
20年前にミランダの元を巣立ったアンディが、今回は戻ってきてランウェイにとどまるという前作と対を成すようなラストで、続編としてはとてもきれいな終わり方。
出版不況の時代を映しつつも過剰に辛気臭くなることなく、希望を感じさせる業界讃歌、そして働く全ての人々へのエールとして仕上げられていた。そのためか、余韻は前作同様爽快。楽しい映画を観たなという気分にさせてくれた。
服が変わるたび気持ちが上がる
あれから20年ですか。。。
いや~美しいっ、
大好きなアン・ハサウェイもメリル・ストリープも、そんな時の流れを感じさせない美しさだった!
社内のクローゼットやディナーテーブルウェア等やミラノのドゥオモ等女子なら絶対トキメク所を抑えてくれて眼福🥰
個人的には前作が好みドンピシャでしたが、今回も働く女性をキラッキラな目にさせてくれたのではないでしょうか。
ヴォーグやっぱいいし、
ガガ様の出演や曲も良かったです。
滅多に付けない L'OCCITANEのクリームを付けて、普段使わないアロマビーズでお洗濯をしてきてぐっすり寝て映画に臨みました。
映画館シアターに入ったら女性が多いのか、皆の香水や柔軟剤でいい香りがしました。
こんな事初めて…皆、楽しみにしてたんですね。。。
映画館でお花畑体験は初でしたが、レビューとしては
That's all !!
20年の重みと苦々しさを噛みしめる
あれから20年、本来志望していたジャーナリストの道を突き進んだアンディと、ファッション界のカリスマとして君臨し続けるミランダが再会するわけだが、この20年間の現実の変化を反映したおっそろしい話になっていた。
地道に足で稼ぐ調査報道も、かつてはファッション界のトレンドセッターだったファッション雑誌も、インターネットとタイパの時代に追いつけずにすっかり時代遅れとんらい、アンディはリストラ、ミランダすらその地位は安泰ではない。雑誌はネットでビューを稼ぐためのお飾りとなり、かつての理念や栄光はもはやない。
かつては若者と大人として対峙したアンディとミランダも、ともに時代遅れの中高年でしかなく、自分たちが愛し、信じた世界が消えていくことはわかっている。それでもなお、自分たちがまだ現役なうちは少しでも延命させよう!という、ファッション界のキラキラ感とは真逆の世知辛さ。そして、市場の原理に翻弄される雑誌を救ってくれるのは、良識と財産のある富裕層というのも容赦なく夢がない。
まあ実際問題、理想に持続性をもたせるにはこの手しかないのでは?という問題提起は、ハリウッドエンタメとしてどうなのよと思う一方、いま描ける夢物語を模索した誠実さゆえだったとも思う。
前作は華やかな世界を舞台に、働く女性の自立がテーマとなっていたが、...
前作は華やかな世界を舞台に、働く女性の自立がテーマとなっていたが、今回はよりシビアなメディアの生き残りという題材に挑んでいる。画面に映る華やかなファッションはそのままだが、雑誌という旧式の媒体を取り巻く環境は大変厳しい。あれだけえらそうだったミランダも、頭を下げねばいけない。
前作はワンマンなミランダにアンディが振り回される状況を面白く描いたわけだが、いまやミランダもデジタル資本の論理に振り回される側となっている。
独立し、ジャーナリストとなっていたアンディもメール一本で解雇される。メディアを取り巻く環境は厳しい。
厳しいけれど矜持は失ってはいけないということだけが守られる。メディアを存続させるには、良識ある資本家に頼るしかないという結末に達するわけだが、実際問題それしかないのが現実でもある。
全体的にいまひとつピリッとしないのだが、メディアを取り巻く現状が本当にピリッとしないので、正直になればこういう映画になるよね、という作品だった。アンディの恋愛要素は本筋にあまり影響していなかったが、半端に描く必要はあったのか。
物語と衣装の連動は引き継がれた
前作からしばらく時が過ぎ、今は調査報道記者として働くアンディが、記事の炎上案件が原因で危機に陥った古巣の雑誌"ランウェイ"に戻ってくる。そこでは、買収や新たなデジタルツールの台頭に抗うミランダと、側に寄り添うナイジェルがいた。
そんな設定を基軸にして始まる続編は、必然的にアンディのシンデレラ物語でもなく、ミランダの悪魔ぶりがことさらに強調されるでもなく、急変するメディア業界に対して『この仕事が好き』という気持ちだけで対抗する人たちのスピリットにフォーカス。だからその分、ドラマはより力強く、ファッションは見た目よりディテールを重んじている。形は変わっても、物語と衣装の連動はしっかり引き継がれているのだ。
空前のヒットから洋画復活の声も飛び交うが、映画通も映画通じゃない人も、とりあえず観て語り合い、各々の視点から賛否の評価を下すという、健全な映画鑑賞の時間が戻ってきたことが大きいと思う。
華やかな絵面を楽しむ映画
三幕構成ドリル
みんな歳取らないね
直前に前作予習して続けて鑑賞、
20年経ってるのに、みんな見た目が大きく変わってない、すごいわ。
でもその間に紙媒体はすっかり衰退、
ファッションの潮流や市場規模も縮小されてるんだろうな、
ランウェイのような伝統と格式があるモードファッション誌って、雑誌というかある種の写真集みたいなものだから、スマホの小さい画面で観るとなんかその服や写真の魅力が充分に伝わらず味気ないような気がするな、
まぁ興味ないから知らんけど。
とは言え伝統と格式を守るのは大事だとは思うけど、同じ人間が20年以上もトップに居座ってるってなんか不健全な気がするし、それこそ滅び行くものにしがみ付いて足掻いてるだけのように思えた。
登場人物の内面も、ミランダは多少はコンプラ意識しつつも相変わらずだったけど、
アンディもエミリーも20年経ってるのになんか内面が成長してない感じだったのが、なんか残念、コメディだから仕方ないか。
引き際の話をしてたから、事態収束後にナイジェルに立場を譲るのかと思ったら、譲らんのかーい。
知らんけど!
20年という月日の経過をリアルに物語に反映させている作品
2006年にヒットした前作から、約20年ぶりの続編という事でどんな感じの内容になっているのかと期待して鑑賞しました。
今作では、一流のファッション誌「ランウェイ」を取り巻く環境も大きく変わり、雑誌もデジタル化していて読者を確保する難しさなど、今の状況を上手く物語に取り入れている。
登場する主要な人物も、前作のメンバーが引き続き出演していますが、その人物たちも今の複雑な社会環境の中で戸惑いを感じているように思った。
特に、ファッション業界のカリスマ編集長であるミランダは、ハラスメントを意識し過ぎて発言が上手くできない、またアンドレアは報道記者として賞をとるほど活躍していたが、メール1通でリストラにあうなど厳しい環境にある。
そんな環境のなかで、アンドレアは久しぶりにファッション誌「ランウェイ」に復帰するのだが、20年という時代の流れをリアルに映画へ反映されているからこそ、理想(華やかな世界)と現実のギャップが上手く表現されていたように感じた。
なかなか、意味が深い映画だと感じた作品でした。
『プラダを着た悪魔2』考察――なぜアンディはハイヒールを脱がなかったのか?
『プラダを着た悪魔2』のテーマは、「変わること」と「変わらないこと」をどう両立させるか、ではないだろうか。
その象徴が、アンディのハイヒールだ。
前作でアンディが初めてジミーチュウのハイヒールを履く場面は、単なる変身シーンではない。
あの靴は、ランウェイという「悪魔の世界」と契約を結ぶ象徴だった。
実際、彼女はそこからミランダの価値観やプロフェッショナリズムを受け入れ、仕事人として急速に変わっていく。
しかしラストでアンディはミランダのもとを去りながら、ハイヒールまでは脱がなかった。
ここが重要だと思う。
彼女は悪魔との契約そのものからは降りた。
しかし、そこで身につけた能力やプロとしての姿勢まで捨てたわけではない。
ミランダの価値観に支配されることは拒みながら、悪魔の世界で得た力は自分のものとして引き受けたのである。
そして『2』では、この構図が反転する。
前作ではアンディがランウェイという未知の世界に放り込まれ、変化を迫られた。
今作では逆に、ミランダとランウェイそのものが、出版不況、デジタル化、金融資本主義という新しい時代から変化を迫られる。
そこで浮かび上がるのが「再生」というテーマだ。
物語の冒頭、アンディがジャーナリストとして表彰される記事には「再生する力」という言葉がある。
さらに、新しい恋人ピーターは、歴史的な建物を壊すのではなく、その外観や記憶を残しながら内部を現代の暮らしへとリノベーションする建築家として描かれる。
この二つは偶然ではないように思う。
本作における「再生」とは、すべてを壊して新しくすることではない。昔の姿に戻すことでもない。
残すべきものを見極めながら、新しい時代に生きられる形へと変えていくことだ。
それはピーターの建築にも、ランウェイにも、ミランダにも、そしてアンディ自身にも重なっている。
アンディがハイヒールを脱がなかったように、人は過去をすべて捨てなくても前へ進める。
何を変え、何を残すのか。
『プラダを着た悪魔2』は、その選択を描いた「再生」の物語として見ると、前作とのつながりが鮮やかに見えてくる。
これからの時代の
待望の続編!RUNWAYがスクリーンに帰ってきた!
「それでも私は仕事が好き」
▼感想
映画館で鑑賞!待望の続編…めっちゃ面白かった!
アン・ハサウェイ、メリル・ストリープを始めとしたオリジナルキャストが再集結!アン・ハサウェイ演じるアンディは登場した瞬間から美しい!前作とは違う自信に満ち溢れた姿に成長を感じた。ミランダに意見をぶつけるシーンでは「あのアンディがこんなに立派になって…」と親心を感じていた。笑
冒頭からメインキャラの4人が会議室に集うシーンもありテンションが上がった。4人の中でも今作で特に印象的だったのはミランダ。20年の時が流れて、働き方やファッション誌のあり方など色んなものが変わった。その変化に嘆くのでもなく、抗うのでもなく上手く付き合っていくミランダはさすがカリスマ編集長。そして、そんな中でも仕事やファッションへの情熱を絶やさないミランダは本当にかっこよかった。
今作ではミラノが舞台になっていたが、街並みに負けないくらい各キャラクターのファッションが美しい!お馴染みの挿入曲に合わせてファッションが切り替わっていくシーンは、なんと今作は4人バージョンで大盛り上がり!全体を通して前作ファンへの愛に溢れるシーンが多かった。
前作の完璧な終わりから20年…。20年が経ち色んなものが変わり続編の意義を感じた。各キャラクターの成長や変化に心を動かされる、完璧な続編だった!最後のアンディのニットの色に注目!
▼お気に入りのシーン
アンディ、ミランダ達のファッションが挿入曲に合わせて変わるシーン!
どのドレスもワンシーンには勿体無いくらいゴージャスで素敵だった!
前作の公開後、このパターンを真似た映画やドラマが全世界にどれほど溢...
前作の公開後、このパターンを真似た映画やドラマが全世界にどれほど溢れたか。日本のドラマにも、高飛車な女上司と健気で熱心な秘書(的役割)、嫌みな前秘書というライバル、の3人の女が織り成す人間関係という設定は、ひところもう枚挙にいとまが無かった。その黄金パターンを作り出した「プラダを着た悪魔」の続編が、なんと2026年にお目見えするなんて、ちょっと信じられない出来事だ。
しかしメリル・ストリープもアン・ハサウェイも全然乗り気でなかったというのは、もはや公に知られている事実であり、本人たちも隠さずそうコメントしている。
そんな背景を知ればこそ、この映画は奇跡のような出来映えだと思う。エミリー役のエミリー・ブラント、ナイジェル役のスタンリー・トゥッチが揃ってくれたのも大きかった。
前作からかなりの歳月を経ているので、マスコミを取り巻く事情が大きく変わっているとか、社会の何を風刺して何をテーマにしているのかとか、いろいろ難しいことが取り沙汰されるだろうが、正直「プラダを着た悪魔」はそんな難解な話じゃないと思う。華やかなファッション誌とファッション業界という舞台で、庶民派主人公であるアンドレアの一途で泥臭い頑張りが、上流階級であるミランダやエミリーも瞠目せざるをえない大活躍と太成果につながり、その都度アンドレアが認められてのし上がっていくという、トンチとサクセスストーリーの結合体である。つまり「一休さん」プラス「梨泰院クラス」、「刑事コロンボ」プラス「ウルフ・オブ・ウォールストリート」である。それが小坊主やムサい男ではなく、華やかなファッション業界の美女たちが織り成す世界だからこそ、新しくて魅力的なものになっていた。
誰しも超富裕層に対し、庶民ならではの強みを信じたいものだ。「プラダを着た悪魔」は、それをいちいちミランダの無理難題という形で「出題」し、エミリーが同じ富裕層ならではの発想で解決しようとする「回答例」を見せている間に、庶民であるアンドレアと我々観客に考える時間を与える。そしてアンドレアが見事、意表を突く解決を行うことに、我々観客も驚きと爽快感を覚えるのである。「プラダを着た悪魔」の原作はどうなのか知らないが、少なくとも映画はそういう短いエピソードの連続体であり、そこで勝ち上がっていくアンドレアの爽快な活躍ぶりと、それでも決して他人を蹴落とそうとせず、ミランダともエミリーとも仲よくしようと善に徹する彼女の人格に魅了されるのである。これは「正義は勝つ」の連続物をそのまま知恵の勝負とサクセスストーリーに置き換えたものと言っていいだろう。
非常に年数が経っているぶん、アンドレアも新聞社に移っていて記者として活躍し、評価されているという変化がまず紹介される。しかし記者が全員リストラという昨今の厳しい実情が語られたのち、あれよあれよという間に、また「ランウェイ」誌のオフィスを舞台にした、前と同じ構図へと戻るのである。この勢いは素晴らしく、かとってあまり強引にも感じさせない手法は見事だ。エミリーがディオールに移っていて、ミランダとバチバチの関係にあるのも面白い。
アンドレアがミランダの暴露本を書くかどうかという話が出てきて、それがミランダに見つかって大目玉みたいな展開だったらテンション下がるなと思ったが、さすがそんな安っぽいストーリーにはならない。雑誌存続の危機に弱みを覘かせるミランダと、アンドレアの距離も縮まり、そこにエミリーの野心の発覚が加わって、いい具合に二転三転してくれる。アンドレアの思いつきや行動力は前作同様に何もかもうまくいくが、これはそういう映画だからという理由だけで腑に落ちる。アクション映画の主人公に弾がかすりもしないのと同じである。そこを楽しむリアリスティックなファンタジーだという捉え方が正しいと思う。
エミリーが完全な悪者にされてしまった感があって残念にも思ったが、その後のシーンでアンドレアと友情(?)を深めるくだりもあるので、そこは微笑ましく見守った。総じて「プラダを着た悪魔」に求められた面白さを、これほどの歳月を経ていながら、しかも「やりたくない」と言っていた主演女優ふたりをキャスティングしながら、何の違和感もなく再度描き切った手腕は見事という他はない。この映画に限っては、最近のハリウッドが失ってしまった映画の品格や個性、ブランドへの信頼度を、揺るぎなく維持している気がして、なんとも嬉しくなってしまう。
なおファッション誌というのが「沈み行く船」でしかないので、その延命を図っただけでしかない結末は、救いになっていないという捉え方もあるだろうし、実際にミランダも終盤で自虐的にそう言っているのだから、映画の作り手がそこに無自覚なわけではないのだろう。
しかし、少し前にはロボット技術の台頭でブルーワーカーが仕事を失うと言われていたのが、今度はAIの台頭でホワイトカラーが仕事を奪われ、本当に強いのはブルーワーカーだと言われるようになったように、マスコミの動向も分かりはしないのである。電子書籍と動画に押されて、紙媒体のファッション誌など絶滅必至と言うが、ひょっとしたらその価値観の逆転はまた起こりうるのである。例えば映画の配信が主流になった今、ディスクのソフト販売がもう時代遅れでいずれ消えゆくと喧伝されても、事実として現代の世にLPレコードのコレクションが広まっているのを見れば、これも鵜呑みにはできないと分かるだろう。何より映画というもの自体、基本はリュミエール兄弟の発明した形のままの古色蒼然とした媒体であり、何度も絶滅を叫ばれてきたではないか。雑誌もまた、新しい生命を得て、再び揺るぎないものになりうる可能性を秘めており、何よりミランダやアンドレアは終盤の自虐的なやりとりの裏に、その可能性を信じているという思いを覘かせていたと感じる。
だからこの映画は、不確かで曖昧な未来の可能性を信じるという、非常に現代的にポジティブな作法だと思えた。前作から20年も経って、過剰に悲観的にもならず、同じ華やかさと希望を描くとは、これぞまさしくハリウッド映画だと喜ばせてくれる。アンドレアに以前と変わらない純朴な感じと、社会に揉まれた経験値の蓄積を同時に感じさせるアン・ハサウェイの芝居も、かなり卓越している。これは演技として相当難しかったと思う。それを演出し切ったデビッド・フランケル監督の手腕もたいしたものだ。
商売のためだけに強引な続編をでっちあげて非難囂々という顛末はよくあるが、これはもう見事な「プラダを着た悪魔」の後日譚。見てよかった。映画って本当にいいもんですね。
全842件中、1~20件目を表示















