道行きのレビュー・感想・評価
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中尾監督にしか成し得ない独創的な愛すべき作品
かつてPFFグランプリを受賞した『おばけ』が忘れられない。世の中に数多くの物語や映画が存在する中、あの作品は中尾監督にしか成し得ない唯一無二の独創性を持った作品だった。次回作も必ず観たい。観なければ。その思いは6年の月日を経てようやく『道行き』として叶うことに。列車、時計、街、歴史、そして人。本作にはストーリーの枠組みを超越して、モチーフとなる領域、概念、心象世界をゆったりと逍遥(気ままにぶらぶら歩く)するかのような趣きがある。不意に記憶が遡る。懐かしいあの人の匂いや表情が心に蘇る。列車は進む。ともに座席に腰を下ろしていた人たちもいつしか手を振りながら各駅で降りて去っていく。それが人生なのだと言わんばかりに。おそらくどんな街にも、人にも、同じような歴史や足並みのリズムが刻まれているのだろう。ドキュメンタリーとも見まごうようなナチュラルなタッチで紡がれる80分。日常の見方を変えてくれる一作。
唐突な終わり方に驚き
特段何も起きずにただ徒然に昔話を語るだけ
ただ観ている方達に笑い声の上がる場面もあったので自分の感じ方の違いなんだろうとおのれに言い聞かせる
あんなスパッと終わる感じってのは初めて体験した
しばらく本当にこれで終わったのか確信が持てなかった
起承転結の無い映画
ああ、ここはええ空気してますなあ。
『京の着だおれ、大阪の食いだおれ、大和の普請だおれ』とまで言われた、城下町のできた400年前と町割りがまったく変わらない御所の街。
廃れていく街並み。
朽ちていく家々。
去っていく住人たち。
終始モノクロで、現代的な色彩を映し込まないことで、過去と現在が混在している感覚に襲われる。それがどことなく心地いい。そんなスクリーンの中に登場してくる、家主役の勘十郎さんをはじめ、この土地に留まる老人たちにはなぜか悲壮感はなく、それがまた対比として物悲しくもある。そして過ぎゆき時間ともとれる、タイトルの意味するところを思うと無常観が募る。
当初、御所と聞いたので、かつて特定の職種に従事していた方々の話を織り込むのかと思ったがそうではなかった。ちょっと地域も違うようだし。令和の現代、いずれにしてもそういう歴史は風化していくのだろう。
苦手
あらゆるものは通り過ぎる
鑑賞中はただただ静謐なモノクロームの映像の美しさに魅了されていました。
効果的に挟まれる野原に立つ一本の木。まるで日時計の針のように1本すっくりと立つ木。
そして主な舞台である。奈良県の古民家。
四季を表す欄間の透かし彫り、梅型の窓、小さな中庭に降りしきる雪。
過つてその家の主であった時計職人の記憶のような姿。
古民家が建っている奈良県の町に住む老人たちとの対話で町と家とそこに暮らす人々に流れた時を感じさせる対話が示され、翻って樹齢1500年の桜の老木が有名な町のローカル鉄道の鉄道員と時を正確に捉えて次の瞬間へとつなげることの人生における価値を対話します。
1500年と比べるとほんの一瞬の様な人生。しかしその1500年ですら悠久の時と比べるとほんの一瞬。
タイトルは、どこかへ向かう移動の「道行き」と人生の「道行き」を重ね合わせているのかな、と思いました。
ある人にとって人生の道行きは一本道のように見えても、例えば古民家という舞台には過つてこの家で人生の道行きを往った人々の「時間」が幾重にも重なり積もっていて、列車や古民家の様な「場」が異なる時間の流れを繫いでいるのだと。
だから、古民家を解体することは家が一件無くなるだけでなく、その家に積み重ねられた時間もその瞬間に消滅するのかもしれない。
それを惜しむ映像作家がなんとか町の時間をそこに留めようとする熱意を伝えたかったのだ、と受け取りました。
作家の思いはぜんぜん違うかもしれません。
こういった作品は難しいです。
途中で結構意識が飛びました(笑)
動かぬ時計ならユリ・ゲラー
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