コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第159回
2026年10月1日更新

アカデミー賞フランス代表はシャブロル「不貞の女」をロシア舞台にリメイクしたアンドレイ・ズビャギンツェフ監督作

来年のアカデミー賞を睨んで、国際長編映画賞に向けた各国を代表する映画が続々と発表になっている。日本は8月末に早々、濱口竜介監督の「急に具合が悪くなる」が選ばれた。本作はフランスが製作のマジョリティであるゆえ、ニュースを聞いたときは、「日本映画の対象になり得るのか」と驚いたが、どうやら製作費の割合の基準はそれほど厳格ではないようだ。ではフランスを代表するのはどの作品か?
結果から言うとアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の「Minotaure」に決まった。今年のカンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた作品である。
「Minotaure」はクロード・シャブロルの「不貞の女」(1968)のリメイクであるものの、舞台はロシアのとある街。ロシア人俳優によるロシア語の作品で、ズビャギンツェフもロシア人(現在はパリに亡命している)。つまりこちらは製作のマジョリティがフランスであるというCNC(フランス国立映画映像センター)の条件で、フランス映画の代表に選ばれた。昨年選ばれたジャファール・パナヒ監督の「シンプル・アクシデント 偶然」と同じパターンである。しかし今回は昨年以上に業界の反発が大きい。「フランスらしさがない」という理由はもちろん、「もっとも賞を狙えそうな作品を選ぶべきではないか」といった意見まで出ている。
本作は不貞のテーマに加えて、ロシアの格差社会と経済問題を入れ込んだ内容だ。妻の不倫を疑う夫は大企業に勤め、家族に裕福な暮らしをさせているが、政情の不安定により最近は業績が思わしくない。ストレスが加速するなか、自分を顧みない妻の冷ややかな態度に不満が募り、ついに不倫相手の追及に乗り出す。
カンヌで受賞するぐらいであるからもちろん見どころはあるものの、ストーリーテリングにややツッコミどころがある印象も拭えない。素直に感動的であったり、強いメッセージを持つわけではないゆえに、アカデミー会員にどこまで訴えかけられるかは疑問がある。

Andreï Zviaguintsev - copyright Anna Matveeva
では他にどんな候補があったのかといえば、最終リストに残っていたのは4本。アルチュール・アラリ監督がレア・セドゥを主役に据え、カンヌのコンペティションで披露された「L’Inconnue」、カンヌのある視点部門で審査員特別賞を受賞した、ルイ・クリシーのアニメーション「Le Corset」、カンヌの批評家週間部門で披露され、一部で絶賛されたマリーヌ・アトランの「La Gradiva」、ド・ゴール将軍を描いた伝記映画のパート1「La Bataille de Gaulle - L’Âge de fer」。こちらはパート2と合わせると5時間以上のスペクタクル巨編である。国内で310万人を動員した上、「これぞフランス近代史」といった内容であるゆえに、業界内ではこちらを推す声が多かったようだ。もっとも、パート1の終わり方は一作で完結しているというより、いかにも「途中で切りました」感が拭えない。またハリウッドのアクション大作のような趣もあり、ド・ゴールの物語ということを除けば米アカデミー会員にとってはあまり新鮮味がないかもしれない。
アラリ監督作はコンセプチュアルでやや難解であるし、アトランは批評家には受けはいいがアカデミー賞の器には欠ける印象。かといってアニメーションでは、アニメ部門があるので不利と見られたのだろう。引き算で残ったのがズビャギンツェフだったと言えなくもない。こうしてみると、強烈な候補作に欠けていたというのが正直なところだ。

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ちなみにこの段階で上がっているヨーロッパ各国の代表作をみると、オーストリアはザンドラ・ヒュラーがベルリン国際映画祭で女優賞に輝いたマルクス・シュラインツァーの「Rose」、ベルギーはカンヌで男優賞をさらったルーカス・ドンの「Coward」、ブルガリアはカンヌの審査員賞を受賞したヴァレスカ・グリースバックの「The Dreamed Adventure」、ポーランドとスペインはカンヌで監督賞を分け合ったパベウ・パブリコフスキの「Fatherland」と、ハビエル・アンブロシ、ハビエル・カルボの「La Bola negra」、ドイツはサンドラ・ウォルナーの「Everytime」、ハンガリーはイルディコー・エニェディの「静かな友人」といった具合。やはりヨーロッパはアートハウス寄りの作品が多い。
今後、まずは集まった作品のなかからショートリストが12月15日に発表され、最終ノミネートの選出は来年1月27日。その後3月14日のセレモニーで受賞作が発表される。果たしてフランスの選択は吉と出るか否か、結果次第で再び論争を呼びそうな気配だ。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato









