コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第153回

2026年3月30日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime
リチャード・リンクレイター監督「ヌーヴェルヴァーグ」
リチャード・リンクレイター監督「ヌーヴェルヴァーグ」

アカデミー賞国際長編映画部門のフランス代表になったジャファル・パナヒ監督の「シンプル・アクシデント 偶然」は、惜しくも賞を逃してしまったが、今回は本作に続く「フランス映画の国際化」の例として、リチャード・リンクレイター監督の「ヌーヴェルヴァーグ」とレベッカ・ズロトブスキ監督の「A Private Life(英題)」を取り上げたい。

前者はアメリカ人のリンクレイターがパリを舞台に、ジャン=リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ」(1959)ができるまでの舞台裏を描いた、100%フランスの出資による作品。フランスのアカデミー賞と言われるセザール賞では、最多10部門にノミネートされ、監督、撮影、編集、コスチュームの4部門に輝いたが、作品賞、有望新人男優賞(ゴダール役のギョーム・マルベック)などは逃した。もしもリンクレイターがフランス人であったなら、作品賞も取れていたかどうかはわからない(作品賞はカリーヌ・タルデューの「L’Attachement」)。いずれにしても、フランスではこれまで誰もヌーヴェル・ヴァーグについての映画を撮ろうと思う監督が出てこなかったのが興味深い。

おそらく、フランス人監督にとってヌーヴェル・ヴァーグのムーブメントとは、フランス映画史において金字塔であるゆえに、誰も手をつけようとはしなかったのではないかと思われる。ゴダールを題材にするのなら尚更だ。

もっとも、リンクレイターが本作で描いているのは決して、「映画の神」ゴダールではない。時は1959年。カイエ・デュ・シネマ誌で批評を書いていた彼は、フランソワ・トリュフォークロード・シャブロルら、カイエの仲間たちが次々とデビューし、成功を収めていくなか、取り残された気持ちになり焦っていた。そこでプロデューサーのジョルジュ・ドゥ・ボールガールに出した企画のひとつが、トリュフォーが書いた「勝手にしやがれ」のシノプシスだった。ゴダールはさらに、当時アメリカで人気を集めていたジーン・セバーグをヒロイン役に考えていると明かし、ボールガールからゴーサインを得たのだった。

しかしそこはなんといっても初監督作。すべてが初めてで試行錯誤の連続だ。台本が仕上がるのは当日。書けなければ今日は解散という状態である。もっとも、そこには純粋な情熱があり、何事もアイディアと機転で切り抜け、むしろ逆境を武器に切り抜けていった。リンクレイターはそんな「情熱的な無名の映画青年、ゴダール」を描きたかったのである。

ゴダールに扮したギョーム・マルベック
ゴダールに扮したギョーム・マルベック

ちなみにゴダールに扮したマルベック(とジャン=ポール・ベルモンド役のオーブリー・デュラン)は、フランスでもこれまでほとんど知られていなかった新人。マルベック自身、決まったと聞いたときは「僕がほとんど映画に出たことがないことを彼は本当にわかっているのかな」と不安に思ったそうだが、蓋を開ければ声(A.I.ではない!)や話し方、身のこなしまで見事に若きゴダールそのもの。それでいて単なるモノマネには終わらず、その内面の焦燥を繊細に掬いとり、高い評価を得た。

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後者、ズロトブスキ監督作品の場合は、主演がジョディ・フォスターで、フランス映画にハリウッド・スターが参加する形となった。ただしフランス語が上手い彼女は、いかにもフランス的な風景のなかに違和感なく溶け込んでいる。

精神科医のリリアンはある日、自分の顧客だったパウラが死んだことを知る。突然のことで腑に落ちない彼女はやがて他殺ではないかと疑い、パウラの夫や娘のことを独自に調べ始める。その過程で元夫(ダニエル・オートゥイユ)まで巻き込まれ、サスペンスとハリウッド往年のスクリューボール・コメディを彷彿させる洒脱なやりとりが交差する、ユニークな作品だ。とくにフォスターとオートゥイユがレストランでワインを開けながら語り合い、まんざらでもない雰囲気になっていくのは、いかにもフレンチなロマンティック・コメディといった様相。フォスターがまたひとつ新しい魅力を見せた新鮮な役柄である。

国籍や文化が違えば、見方や考え方も異なるものだ。リンクレイターがヌーヴェル・ヴァーグに新しい視点からアプローチしたり、ズロトブスキがフォスターにまだ演じていなかった領域を開拓させたり、国境を越えたコラボレーションがフランス映画にさらなる魅力とダイバーシティをもたらし、業界を活性化させている。フランス映画の国際化は今後もますます進みそうだ。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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