コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第374回

2026年5月29日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。


「映画館の救世主」IMAXが売られるという衝撃

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近年、映画の見方がすっかり変わってしまった。映画館から足が遠のき、ほとんどを自宅で観ている。ながら見もすれば、退屈だと早送りもするし、最後まで観ずにやめてしまうことさえある。さすがにTikTokで動画をスワイプするほどではないけれど、映画の世界の片隅に身を置かせてもらっている人間として恥ずかしい話だ。はっきりいって作品への向き合い方がものすごく雑になった。

これは、サブスクに切り替えてから音楽への態度が変わったのと、よく似ている。アルバムを最初から最後まで腰を据えて聴く習慣がいつの間にか消えて、アルゴリズム任せのプレイリストを流しているだけになってしまった。

でも、IMAXだけは別だ。あの巨大スクリーンと爆音に包まれていると、かつて自分が映画館に抱いていた畏怖にも似た感情が、呼び起こされる。先日観た「スター・ウォーズ マンダロリアン・アンド・グローグー」も、あそこまで物語世界に没頭できたのは、IMAXあってのものだったと思う。

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実際、IMAXの業績は絶好調だ。スマホや家庭ではどうやっても再現できないプレミアム体験を、世界中の観客が求めている証拠だ。2025年のチケット売上は13億ドル(現在のレートで約2000億円)で過去最高を記録し、2026年は14億ドルを目標に掲げている。同社のスクリーンは91カ国に1865館しかない。世界に約20万あるスクリーンのうちわずか1%にも満たない数で、これだけの売上を叩き出しているのだ。

そんななか、IMAXが売却を検討中というニュースが飛び込んできた。絶好調なのに、どうして売却なのか。

最大の理由は、株価が業績を反映していないことにあるようだ。時価総額は約21億ドル止まりだ。投資家はIMAXを斜陽産業である映画館というカテゴリーに入れて、ほかの劇場チェーンと一緒くたに過小評価しているのだ。いまの株価では割に合わないから、いったん非公開化して仕切り直したい、というのが本音らしい。

加えて、グローバル展開を本気で加速するには、潤沢な資本を持つパートナーの力がいる。さらに、リチャード・ゲルフォンドCEOはすでに30年以上の長期政権で、業績がピークのいまこそ売り時だと判断したのかもしれない。

報じられる買収候補は多様だ。スタジオ系ではソニーやディズニーの名前が浮上し、ストリーミング企業ではNetflixやAmazonが候補に挙げられている。さらにライブエンターテイメント企業や投資ファンドも、買い手の可能性として取り沙汰されている。

しかし、どの候補にもひっかかるところがある。

そもそも、IMAXがここまで特別なブランドになれたのは、設備の優秀さだけが理由ではない。

クリストファー・ノーラン
クリストファー・ノーラン

鍵を握っていたのはクリストファー・ノーランだ。8歳のとき、父親に連れられてロンドンで観た70mmフィルム版「2001年宇宙の旅」で大型フォーマットのスケール感に圧倒され、16歳のときにはシカゴの博物館でIMAXドームに釘付けになった。この二つの原体験が、彼の「いつかこの規格で物語映画を撮りたい」という執着につながったという。

「ダークナイト」
「ダークナイト」

その夢が結実したのが「ダークナイト」だ。大ヒットした「バットマン ビギンズ」の続編として動き出したこの企画で、ノーランは「一部をIMAXフィルムで撮影したい」と申し入れた。スタジオからすれば、おそらく「監督の道楽」程度の感覚だっただろう。わざわざ特殊なフォーマットで撮ろうというのだから、コストも跳ね上がる。それでもワーナーがゴーサインを出したのは、ノーランをつなぎ止めておく必要があったからだ。

結果、本編152分のうちIMAXフィルムで撮影されたのは、わずか28分にとどまった。それでも、ジョーカーの銀行強盗で幕を開けるオープニングや、ゴッサムを俯瞰でとらえたショットの迫力は、観客の脳裏に強烈に焼きついた。世界総興収は前作の約3倍にあたる10億ドル(現在のレートで約1500億円)を突破し、IMAXというフォーマットが監督のクリエイティビティを満たすばかりか、観客動員にも直結することが証明されたのだ。

その後ノーランは「TENET テネット」「オッペンハイマー」と作品ごとにIMAX撮影の比率を増やしていき、彼に続く作家たちも次々と現れた。ドゥニ・ビルヌーブの「DUNE デューン 砂の惑星」シリーズや、トム・クルーズ主演の「ミッション インポッシブル」シリーズもまた、IMAXでの体験を前提に作られるようになった。

IMAXがここまで成長できたのは、特定のスタジオに肩入れせず、中立的な立場でどの作品とも組んできたからだ。それが、どこかのスタジオ傘下に入った瞬間、ライバル作品をフェアに扱えるのかという疑念が一気に噴き出すだろう。配信ファーストで映画館産業を疲弊させてきたAmazonやNetflixが買い手になるというのも、なんとも皮肉な話だ。さらに投資ファンドの手に渡れば、短期利益を追ってコスト削減でブランドが摩耗していくシナリオも容易に想像がつく。

ぼくは悲観的すぎるのかもしれない。

それでも、IMAXは昔ながらの映画ファンにとって最後の砦だ。この場所が残ってくれることを、心から願っている。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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