コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第373回
2026年4月16日更新

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
ストリーミングが地上波テレビに戻りつつある「理由」

写真:AP/アフロ
かつてテレビと動画配信との最大の違いはCMだった。
Netflixが登場するまでは、テレビで放送される映画やドラマにCMはつきものだった。もちろん、レンタルされているDVDやビデオにもCMがなかったけれど、DVDの郵送レンタルから配信サービスに舵を切ったNetflixが新しい視聴体験を提示してくれた。観たいときに観たいだけみられる。しかも、CMに中断されることもない。Netflixがなければ、ぼくはあそこまで「ブレイキング・バッド」に没頭することもなかったかもしれない。
その後、さまざまな動画配信サービスが生まれた。いずれもNetflix同様、高価なオリジナルコンテンツを比較的低額で提供していた。アメリカでは、長らくケーブルテレビや衛星放送の契約がテレビ視聴の標準だった。毎月100ドル近い請求書に頭を抱えていた家庭も少なくない。動画配信の拡大とともに、「コードカッター」(ケーブルテレビを解約する人)が続出したのももっともだ。良質なコンテンツをCM抜きでみることができるのだからあたりまえだ。
しかし、これも過去の話となりつつある。どのサービスも広告付きのプランを主軸にしており、定額料金を払ってまでCMをみせられるという、かつては考えられなかった状況になっている。
先日、モルガン・スタンレーが発表したレポートによると、2025年の米国でNetflixとディズニープラスが獲得した新規加入者は、その100%超が広告付きプランに集中していたという。つまり、広告なしプランの加入者はむしろ減少に転じ、広告付きの増加がそれを補って純増を生み出していたわけだ。広告付きプランの比率も、Netflixが前年の20%から30%へ、ディズニープラスが39%から50%へと一気に跳ね上がった。ストリーミングはいま、広告付きプランだけが伸びるフェーズに突入しているのだ。
米国での料金体系を並べてみると、その理由はすぐにわかる。Netflixの広告付きプランは月額7.99ドル(約1270円)、広告なしは17.99ドル(約2870円)に跳ね上がる。ディズニープラスやHuluはいずれも広告付き11.99ドルから広告なし18.99ドルと、価格はほぼ倍だ。HBO MaxやPeacockもほぼ同じ構造になっている。Netflix、ディズニープラス、HBO Max、Peacockを広告なしですべて揃えると毎月およそ75ドル(約1万2000円)、広告付きなら40ドル(約6400円)で済む。差は毎月35ドル、年間にして420ドル(約6万7000円)にもなる。これでは、ほとんどの家庭が「広告ぐらい我慢するか」と流れてしまうのも無理はない。
また、配信会社にとってみれば、広告付きプランのほうがユーザーあたりの収益、いわゆるARPUが高い。そのため、広告なしの月額をじりじりと釣り上げて利用者を広告付きへ追いやっているわけだ。

Photo by Mario Tama/Getty Images
時代の流れといえばそれまでかもしれない。かつては会員からの料金だけで成立していたストリーミング業界が、広告に依存するモデルへと舵を切っただけだ、と。だが、この変化はCMによる中断という視聴体験の劣化にとどまらない。もうひとつ、もっと根の深い変化を呼び込みかねないリスクをはらんでいる。
Netflixの共同創業者リード・ヘイスティングスは、広告を頑なに拒みつづけた経営者として知られていた。株主や取締役から何度も広告導入を提案されても、「Netflixは広告主の顔色を見ない会社だ」と突っぱねてきたのだ。それは単なる経営哲学ではなく、サブスクという新しいビジネスモデルそのものの宣言でもあった。視聴者から直接お金をもらうからこそ、視聴者のために作品を選べる。広告主を喜ばせる必要はない。だから、麻薬カルテルを率いる男の物語も、ホワイトハウスの陰惨な権力闘争も、誰の顔色もうかがわずに描くことができたのだ。
だが、その約束はいま、静かに撤回されつつある。広告主が戻ってくるということは、彼らが嫌がる題材に対して、配信会社が慎重にならざるを得なくなるということでもある。そうなれば、CMによる中断という形式の問題だけでなく、コンテンツの中身そのものまで、かつての地上波テレビと同じように、無難な題材ばかりへと寄っていくのかもしれない。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi









