コラム:若林ゆり 舞台.com - 第136回
2026年8月25日更新

「脱ぐ」より難しい!? 山本耕史が英語で挑む、日米合作ミュージカル「フル・モンティ」

撮影:若林ゆり
山本耕史が、またしてもとんでもないことに挑戦している。2024年の日米合作ブロードウェイミュージカル「RENT」に続き、今度は「フル・モンティ」。ブロードウェイで活躍する俳優たちに交じり、全編英語で歌い、演じる。しかも単独主演だ。
1997年に公開されたイギリス映画「フル・モンティ」は、鉄鋼業の衰退によって職を失った男たちが、一攫千金を狙って一夜限りの男性ストリップショーに挑む姿を描いた社会派人情コメディ。失業、貧困、離婚、男性としての自信の喪失といったシビアな問題を描きながら、情けなくも愛すべき男たちの奮闘を笑いに変え、最後にはなんともいえない幸福感を残した。その映画をもとに、テレンス・マクナリーが脚本、デイヴィッド・ヤズベックが作詞・作曲を手がけ、2000年にブロードウェイで初演されたのがミュージカル版だ。

撮影:若林ゆり
舞台はイギリスのシェフィールドから、かつて製鉄業で栄えたアメリカ・ニューヨーク州バッファローへ。ロバート・カーライルが演じていたガズはジェリーという役名にチェンジ。映画で既成のヒット曲が絶妙なタイミングで使われていたのに対し、ミュージカル版は全曲オリジナル。アメリカに舞台を移したことで、より陽気で賑やか、ミュージカルらしい高揚感を持った作品に生まれ変わっている。映画版にあった、どうしようもない生活の重さやイギリス労働者階級独特の湿り気はかなり薄くなっているので、映画を愛する人には少々軽く感じられるかもしれない。それでも「ビリー・エリオット」や「キンキー・ブーツ」のように、社会の片隅に追いやられた人たちが仲間と出会い、自分自身を肯定していくミュージカルが好きな人なら、きっとハマるはずだ。
個人的には、この作品にはちょっとした縁がある。「舞台.com」の連載第1回で取り上げた作品が、2014年に上演された日本版「フル・モンティ」だったのだ。主演は山田孝之、演出は福田雄一。ブロードウェイ版をそのまま持ってくるのではなく、日本の観客にどうすればこの笑いが伝わるかという工夫が、そこかしこになされていた。

撮影:若林ゆり
一方、今回の公演は山本耕史とゆりやんレトリィバァという日本人俳優が参加してはいるものの、全編英語のブロードウェイ版。演出も2024年の「RENT」に続いてトレイ・エレットが手がけ、彼ら以外の主要キャストにはブロードウェイで活躍してきた俳優たちがずらりと顔をそろえる。そんな今回の舞台には、笑えるコメディでありながら、12年前の日本版以上に、映画版に通じる哀愁が漂っている。
主人公ジェリーは勤務していた鉄工所の閉鎖で失業中。養育費を払えず、別れた妻からは息子ネイサンに会わせてもらえなくなりそうになっている。プライドはズタズタ。親友デイブも職を失って意気消沈、太った体型へのコンプレックスから妻との関係までぎくしゃくしている。やがてジェリーは町の女性たちが男性ストリップショーに熱狂するのを目にし、「自分たちも脱げば金になるんじゃないか」と考える。
そんなジェリーを演じる山本耕史を見ながら、つくづく思った。この人、きっとマゾッ気があるに違いない。もちろん妙な意味ではない。自分を極限まで追い込み、「そんなこと、できるの?」という課題をクリアすることに無上の喜びを感じるタイプなのではないか、ということだ。そうでなければ、日本人俳優がブロードウェイで活躍する俳優たちの真ん中に立ち、膨大な英語のセリフと歌詞を覚え、そのうえ発音やリズムを崩さず、そこに感情まで乗せて演じるなどという芸当をできるはずもない。それも、二度も。

撮影:若林ゆり
「RENT」でも驚いたが、今回も山本の英語にはほとんど「日本人が英語で演じています」という引っかかりがない。相手のセリフを受け、間を取り、感情を動かしながらネイティブの発音で会話を成立させている。そのこと自体が、まず恐ろしくハードルの高い仕事である。
ただし、問題がひとつある。山本耕史、ジェリーを演じるには、あまりにもカッコいいのである。
職はない。金もない。元妻には見放されかけ、愛する息子まで失いそう。人生の崖っぷちに立たされている男の焦燥や苛立ちは表情にたっぷりにじませている。それでも、どうにも「しょぼくれた男」に見えない。なにしろ山本といえば、日頃からトレーニングを欠かさない筋肉男としてつとに知られる。衣装を着ていても、その下にモリッとぎっしり詰まっている気配があるし、動けばキレキレ。本人はこの役のためにかなり筋肉を減量したそうだが、それでもあまりに立派である。

撮影:若林ゆり
この物語の面白さのひとつは、容姿にも肉体にも自信のない普通のおじさんたちが、「こんな俺が人前で裸になるなんて!」という最大級の羞恥心を乗り越えていくところにある。ところが山本が終盤、「みんなに笑われる」と土壇場で尻込みしても、
いやいや、その身体なら大丈夫でしょう。
と、つい思ってしまう(笑)。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka









